「世界は複雑で、だから複雑なものを複雑なまま描きたい」漫画『私と夫と夫の彼氏』作者が語る理由

 「世界は複雑で、だから複雑なものを複雑なまま描きたい」漫画『私と夫と夫の彼氏』作者が語る理由
©綾野綾乃/コアミックス

既存の概念にとらわれない愛の形を描き、SNSでも話題のマンガ『私と夫と夫の彼氏』。ヘテロセクシュアルな主人公とゲイであるその夫、パンセクシュアル(性別にかかわらず人を好きになるセクシュアリティ)でポリアモリー(複数の人を同時に愛するセクシュアリティ)な夫の恋人というセンセーショナルな設定に目がいきがちですが、お互いを尊重しながら、新たな関係を模索する登場人物たちの姿には気づきも多く、ハッとさせられることも。作者である綾野綾乃先生に、その背景や作品を通して伝えたいことなどお話をお聞きしました。

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友人からのカミングアウトをきっかけに

――まずは、『私と夫と私の彼氏』を描こうと思ったきっかけからお伺いさせてください。

綾野綾乃先生:いつかはLGBTQ+をテーマに扱ったマンガ作品を描きたい、とずっと思っていたんです。そのきっかけになったのは、私が上京してすぐのころ、20歳のときに最初にアシスタントで入った現場でミナモトカズキ先生に出会ったことです。今はカミングアウトして、そういった作品も描かれている先生ですけど、当時はカミングアウトもされておらず、その仕事が終わったときに「プライベートで話したいことがある」と呼び出されて、実は……って伝えてくれたんです。

そのときに私、すごくびっくりしたんです。それは、彼がゲイだということに驚いたのではなくて、セクシュアルマイノリティーと言われる人たちが存在していることは知っていて、分かっていたはずなのに、自分の周りにいることが全く想定できていなかった自分への驚きが大きくて。

彼とは恋愛話もする仲でしたけど、完全にヘテロセクシュアルだと思い込んで話していました。「その”彼女”もきっとあなたのことが好きだよ」とか「”彼女”と付き合う気ないの?」って、相手が異性であることが当然のような感覚で話してしまっていたことも、自分のなかでは衝撃的な出来事でした。配慮できてなかった自分が恥ずかしいという気持ちもありましたし。そこから、セクシュアルマイノリティーやジェンダーのことについて考えるようになりました。

――実体験が今回の作品を描くきっかけになったんですね。

綾野綾乃先生:そうですね。この作品は、読者の方に私と似たような体験をしていただきたいと思ったことがベースにあります。なので、主人公の美咲はヘテロセクシュアルの女性で、自分の夫がまさか……というのは想像したことが全くなかった。もちろん、彼女もそういったセクシュアリティを持つ人たちがいる、というのは認識していたはずなのに、一番身近な人が実はそうだったということは、本当に想定外でびっくりだったと思うんですけど、身近な人から告白されないと真剣に考えないことって結構多いと思うんです。

同性愛者はいてもいいけど、自分が知っている人だったらちょっと……という発言を目にすることもありますけど、それって本当の意味でお互いを理解しようとしていないことなのかなと。考えざるを得ない状況だとどうなるんだろう、ということを描きたくて、こういう構造のマンガを描こうと思いました。

綾野綾乃
©綾野綾乃/コアミックス

――ヘテロセクシュアルの女性が主人公で、その夫はゲイ。さらに夫の恋人はパンセクシュアルでポリアモリー。設定だけ聞くと、すごくセンセーショナルに感じてしまいがちですが、本作では3者それぞれお互いのセクシュアルに向き合い、ちゃんと分かりあいたいと思っている真摯な姿が印象的です。

綾野綾乃先生:もちろん商業誌なので、センセーショナルな部分がないとたくさんの方に読んでいただけないなという、一つの戦略としての設定はあるんですけど、今回はさまざまなセクシュアリティを描きたいという気持ちがありました。さまざまなセクシュアリティが世界に存在している以上は、それが同時に絡み合って、ときにはバッティングしてしまうことは十分に起こりうるし、実際にも起こっているだろうなと。

とはいえ、ちょっと複雑にしすぎてしまって、私自身も手に余るところもあったりします。でも、世界というのは実際複雑なものだと思うので、その複雑なものを複雑なまま分かっていただけたらいいなとも思っています。

――登場人物にはそれぞれモデルになるような人物がいらっしゃるのでしょうか。

綾野綾乃先生:モデルにした人物はいませんが、やっぱり私は主人公の美咲と同じセクシュアリティなので、美咲のことはわりと考えやすいですね。でも、美咲の夫である悠生と、その恋人である周平という男性陣2人に関しては、彼らと同じセクシュアリティの方のエッセイを読んだり、SNSを拝見したりして、想像を膨らませつつ、という感じで描いています。

でも、基本的にはそのキャラクターだったらどうするか、という感じです。ゲイの人はこうだろう、パンセクシュアルの人はこうだろう、という考えではなく「周平という人間だったらどうするか」を考えるようにしています。

綾野綾乃
©綾野綾乃/コアミックス

――特に難しいなと思うキャラクターは?

綾野綾乃先生:やっぱり周平は大変ですね。彼は自分の感覚にないものを持っているので、自分が同じ気持ちになる、という意味の共感はできないんですけど、彼はこう考えるだろう、という理解はできるはずなので。自分はこうは思わないけど、彼だったらこうだろう、という感じで、自分の感覚で彼の感覚をねじ曲げないようにというのは非常に気をつけています。

――ほかにも、ストーリー展開やキャラクターを動かしていく際に心がけていることはありますか。

綾野綾乃先生:そのキャラクターらしさを想像して動かしていくと、物語としては都合の悪いところもあるんですね。こういうふうに展開した方が面白いのに、分かりやすいのにとか、ヘテロセクシュアルの読者の方にとっては納得いく答えなのかなと、語弊があるかもしれませんが、多くの方に受け入れやすいものになるんだろうなと思ったときも、キャラクターらしさを大事にすることは意識しています。

都合のいい展開にすることは楽なんです。でも、それはキャラクターの人格を否定することにもなるから嫌だなと。ちょっと困ったなと思うこともありますけど、でも実際の人間関係ってそういうものだよな、とも思うんです。私が神様みたいに彼らを作って動かしていく、というよりは、彼らが本当に存在していたとして、もし隣に住んでいるとしたら?という考え方で進めるようにしています。

――これまでの展開で、一番困ったなと思ったところはどのあたりでしょうか。

綾野綾乃先生:もういつも困っています(笑)。基本的には3人が幸せになってほしいと思っているので、こういう出来事があったらうまくいくはずと、その場を与えたりするんですけど、なかなか幸せになろうとしてくれない(笑)。

お話を引き延ばすために、というわけではないんですけど、なかなかうまくいかないことが多いですね。今も、常にどうやったら3人が幸せになるんだろうと考えながら描いています。

*インタビュー後編では、作者が考える「"普通"とは何か」について伺います。

作品紹介『私と夫と夫の彼氏』

私と夫と夫の彼氏
『私と夫と夫の彼氏』綾野綾乃(コアミックス)

セックスレスに悩む教師の美咲。美咲の夫の悠生は、自身のセクシュアリティに悩みながらも、年下の男性と不倫関係に。そんな夫の不倫相手は、美咲の元教え子だったー。しかもその不倫相手の彼は、かつての先生である美咲のことも、先生の夫である悠生のこともどちらも愛している。夫婦は元の形に戻ることが出来るのか?それとも別れるのか。妻×夫×夫の彼氏といういびつな三角関係が織りなすヒューマンラブストーリー。WEBゼノン編集部にて連載中。

テレビ東京で2023年5月31日(水)スタート(毎週水曜 27:20~27:50)動画配信サービスParaviで1〜5話配信中、4月11日(火)19時から6〜10話の独占先行配信がスタート。

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インタビュー・文/吉田光枝

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ヨガジャーナルオンライン編集部

ヨガジャーナルオンライン編集部

ストレスフルな現代人に「ヨガ的な解決」を提案するライフスタイル&ニュースメディア。"心地よい"自己や他者、社会とつながることをヨガの本質と捉え、自分らしさを見つけるための心身メンテナンスなどウェルビーイングを実現するための情報を発信。



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