「ご主人さまプレイに巻き込まれたくない」と語った友人に激しく同意した話

 「ご主人さまプレイに巻き込まれたくない」と語った友人に激しく同意した話
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エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。

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友人のA子は言った。

「ご主人さまプレイを楽しむのはいいけど、こっちまで巻き込まないでーって思うわ」と。

いわく、最近結婚したA子の友人のB子が夫のことを「主人」と呼び、A子の夫のことも「A子のご主人」と呼び始めたそうだ。

配偶者のことをなんと呼ぶか問題については、日本国民全員でコンセンサスがとれているわけではない。近年、「主人」は、夫婦間に序列をつけているとして敬遠する人もいる。A子もそう考えていたため、配偶者を主人と呼ぶ世界観(ご主人さまプレイ)に友人が浸るのはよいが、自分は巻き込まれたくない、と考えたのだ。

私も「主人」は男尊女卑がすぎる言葉だと考えている。「旦那」も、個人的にはきつい。しかし、ご主人様も旦那様も避けるとなると、目上の人の男性配偶者をどう呼べばよいのか、が悩ましい問題となる。「パートナーさん」と呼んでみたことがあるが、「ぱ、ぱーとなー?」と配偶者を指していることがすぐに伝わらない体験もしたため、年配の人には使えないと感じている。今のところ「ご伴侶」がよいかなとは考えているが、言いなれていないので、発話に少し勇気がいる。

日本社会全体を見ると、主人呼びしている人は少数派ではない。「主人」が古臭いワードだと思われている感じもあまりしないし、「ご主人さまは……」と問うのが失礼という認識もあまりなさそうだ。

「ご主人さまはご不在ですか?」と聞かれる居心地の悪さ

そのため、たとえばマンションの管理会社の人間に、「ご主人さまは不在ですか?」など、なんの悪気もなく聞かれることがある。そんなとき、私はとても居心地悪く感じる。

前述のA子とB子の場合、結局A子はB子に「私の夫のことを主人と呼ばれるのは違和感があるため、やめてほしい」と伝えたというが、これは相当仲が良くないとできないことだと思う。

一回しか会わないかもしれない相手や、目上の相手からの「ご主人さまは~」は、いちいち指摘するのも難しく、また上下関係があり指摘できる間柄でもなかったりするため、スルーしか選択肢がないように思われる。

『良妻の掟』良い妻という役割は時代によって変化してきたが……

カーマ・ブラウン著『良妻の掟』(原題:Recipe for a Perfect Wife 加藤洋子訳 集英社)のなかに興味深い一説がある。

「母は言ったわ。『人生において自らに問いかけなければならないいちばん難しい質問は、”自分とは何者か?”なのよ。自力で応えるのが理想だけれど、油断していると他人があなたの代わりに答えてしまう。そうさせてはだめよ』」(P.305)

『良妻の掟』はふたりのヒロインの妻として生活をリンクさせながら見せる物語だ。ひとりは現代を生きる都会から田舎に引っ越してきたばかりの29歳のアリス。もうひとりは、1950年代を生きる23歳の専業主婦ネリーだ。

良妻の掟
カーマ・ブラウン著『良妻の掟』(原題:Recipe for a Perfect Wife 加藤洋子訳 集英社)

女性にとって結婚と出産がマストであり、女性が経済力を持つことが難しかった50年代のネリーと、広報としてバリバリ都会で働いてきたアリスは、立場も性格も全く違う。しかし、共通している点もあった。それは、良き妻、そして良き母になれというプレッシャーを感じていた点だ。

どういった妻が良き妻なのかは、時代によって多少変わる。本書にちりばめられている、ネリーが生きた時代(1950年前後)には、良妻になるためのアドバイスが書籍や雑誌でたびたび説かれていた。

そのアドバイスとは、「聞き上手になりなさい。彼の悩みを聞いてあげなさい。あなたの悩みなど、それに比べれば些細なものなのだから」「気晴らしを求めてはならない。気晴らしを求めるのは男に任せ、笑顔で迎えること」「夫がたまに小さな過ち(浮気)を犯したら、肝心なのはゆるすこと。忘れることだ。それよりよいのは何も知らないふりをすること。たまに道を踏み外したとしても、彼の愛が冷めたわけではない」といったものだ。

どのアドバイスも、自分よりも夫を優先することを勧め、夫に過失があったとしても責めたりしてはいけない、と諭すものであった。古(いにしえ)のアドバイスだ……と一笑に付すことはできない。現代にだって、「男は浮気するものor狩猟民族、だから浮気を許そう、女の浮気とは違うのだ」「夫が家事をしない場合は、怒るのではなく、褒めてその気にさせよう」「男のプライドを傷つけてはならない。(女のプライドは男のプライドほど大切にされなくてもよい)」そうすることが、良き妻、いい女である、という論調は完全には廃れていない。

前述のセリフは、広報の仕事をクビになり、無職になってから夫との関係が、主従に近いものに傾き始めたことに悩むアリスに、隣人のサリーが送った言葉だ。

アリスは仕事をクビになったことで、これまでの「バリバリ働く仕事のできる自分」というアイデンティティを失う。そして、妻としてのアイデンティティしかなくなったとき、「妻とはこうあるべき」という内外からの期待やプレッシャーから、自分らしさを見失いつつあった。

アリスはサリーに支えられながら、良き妻の役割に押し込められることを拒否し、夫との関係を書き換えていく。そしてネリーもまた、女性の生き方が一種類しかないと思われていた時代に、禁じ手を使って自らの幸せを求めていった。

「ご主人」がはびこる世界で、「ご伴侶」と発話する

「ご主人さまは不在ですか?」「○○ちゃんのご主人は~~?」という言葉は、「自分が何者か、油断していると誰かがかってに答えてしまう」ことの一例かもしれないと、私は感じる。のほほんと平和に暮らしているだけなのに、不意に「ご主人」というワードで刺され、じわじわと、妻という役割に押し込められていくような、そんな恐怖を私は感じる。

誰かに役を押し付けられそうになったとき、ご主人様プレイに巻き込まれそうになったとき、それらがあまりにも日常に溶け込んでいるがゆえに、すべてを拒絶するのは難しい。しかし、受け流すだけでは、永遠にその役を下りることはできないだろう。抵抗が必要だ。伊藤野枝のいう「習俗打破」が。

まずは、習俗に沿って「ご主人(さま)は……」と語りそうになったとき、ちょっと無理をしてでも「ご伴侶(さま)は……」と発話するようにしていきたいと思う。

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AUTHOR

原宿なつき

原宿なつき

関西出身の文化系ライター。「wezzy」にてブックレビュー連載中。



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