様々なセクシュアリティが交錯する漫画『私と夫と夫の彼氏』作者が考える、”普通”とはなにか
今年、ドラマ放送もスタートする話題の漫画『私と夫と夫の彼氏』。ヘテロセクシュアルな主人公・美咲とゲイの夫・悠生、そしてパンセクシュアル(性別にかかわらず人を好きになるセクシュアリティ)でポリアモリー(複数の人を同時に愛するセクシュアリティ)な夫の恋人・周平。新たな関係を模索する登場人物たちの姿には、普通や当たり前、という言葉の意味を改めて考えさせられることもしばしば。「さまざまなセクシュアリティを描くことで、気づきを得てほしかった」という綾野綾乃先生に、本作の反響や先生が考える“普通”について、お話をお聞きしました。
「普通じゃない」とジャッジされない社会だったら、描く必要のなかった物語
――友人からのカミングアウトをきっかけに、いつかはLGBTQ+をテーマに扱ったマンガ作品を描きたい、と思っていた綾野綾乃先生。『私と夫と夫の彼氏』は、そのときの「理解はしていたけど、自分の身近にいるとは思わず、ヘテロセクシュアルだと決めつけて話をしていた」という実体験から、身近にいたら?ということを考えるきっかけになれば、と描き始めたそうですが、連載が始まってからの反響はいかがでしたか。
綾野綾乃先生:この作品は、私がハッとしたことを同じように体験をしてほしいと思ったことがきっかけになったので、最初は主人公の美咲と同じくらいの年齢で、同じセクシュアリティを持つ読者の方を想定していました。でも、連載が始まってからは、自分もセクシュアリティに悩みがある、LGBTQ+の何らかに当てはまる方々も読んでくださっていると聞き、うれしかったです。私は当事者ではないので、描き方の部分では常に不安なので、違和感なく読めたとおっしゃっていただけたことには安心しています。
――印象に残っている感想はありますか。
綾野綾乃先生:すごく考え込んでしまったとか、1週間くらいこのマンガのことで頭がいっぱいでした、というレビューを見たときはうれしかったですね。50~60代の方など「受け入れがたかった」という感想もありますけど、そこで何か感想を書きたくなった、ということは何か心にひっかかるものがあったんだろうなと。
自分も作品の受け手になったときに、心にずっと課題を残されるような、もしかしたら一生この作品を引きずるのかもしれない、といった作品に出会うことがとても好きなので、どなたかにとってこの作品がそんなものになっているのかもしれないと思うと、とてもうれしいです。
でも、「不倫は不倫じゃん」とか「セクシュアルマイノリティーだから許されるのは違うと思う」といった感想も多くいただくので、何かを伝えることは難しいなとも思います。もし、同性婚も認められていて、パートナーを選ぶときに社会から「普通じゃない」とか「規定から外れている」というジャッジを受けないで済む社会だったら、そもそも起こらなかった、描く必要のなかった物語だったのかなとも思うんです。共通認識のような“普通”から外れたらすぐに「違う」となるのは仕方ないのかなとも思いつつ、今も何か考えるきっかけになればいいなと思いながら描いています。
――本作のなかには普通や当たり前、という言葉が多く出てきます。先生が考える“普通”はどんなものなのか、教えていただけますでしょうか。
綾野綾乃先生:多分、一般的に“普通”という言葉が使われるときって、大多数の人が想定する規範から逸脱していないことを指す場面が多いのかなと思うんですね。「普通そうだよね」と言うときって、私は逸脱者ではないです。常識的な人間の感覚を持っています、といったような感じなのかなと。
でも、本当はそういう“普通”という感覚は存在しえないんじゃないかとも感じるんです。“普通”というのは、本来人間の数だけ存在しているんじゃないのかなと。自分にとってはこれが自然、しっくりくる感覚がその人にとっては普通だという考え。一番ナチュラルだと思えることがその人にとっては、普通なのかなと。
この作品では、前者のその大多数の人が想定する規範から逸脱していないこと、という意味の“普通”によって、後者の個人的なそれぞれが持つ自然な在り方という“普通”が否定されちゃうことは、すごく暴力的なんだよ、ということも描きたいと思っています。
――周平の回想シーンでも「普通じゃないと言われ続けるから諦めた」といったような言葉がありましたよね。
綾野綾乃先生:前者のような“普通”でくくられてしまうと、もう「うるさいな」ってなっちゃう感覚だと思うんですよね。自分にとっての“普通”が否定され続けたら面倒くさくなっちゃう。特にマイノリティーが要求されがちですけど、わざわざ説明させられて、そのうえで「やっぱりおかしいよ」と言われる。「分かってもらえないならもういいよ」となることも、全然おかしくない感覚だと思うし、作品のなかでは、それをお互いに理解して尊重する、ということも描いていきたいです。
偉そうに言える立場ではないですけど、今“普通”ではないことに悩んでいらっしゃる方には「大切な感覚だし、誰にも否定されるようなものではないですよ」ということを強く伝えたいですね。
――今、先生の言葉にもありましたが、本作では「相手への尊重と自分を尊重することの折り合いをどうつけていくか」という部分にも踏み込んでいるなと感じています。セクシュアリティに限らず、人間関係すべてに言えることでもあると思いますが、この「お互いを尊重すること」をどう考えていらっしゃるかもお聞かせいただけますか。
綾野綾乃先生:“普通”のお話と同じような感じですけど、やっぱり個人が持つ感覚を否定しないことが“尊重する”ことなのかなと。私は周平の感覚が分からないし、自分がそう行動できるか、といったら難しいですけど、だからといって「おかしい」とは思わない。「あなたはそうなんだね、それはいったいどういう感覚なのか、よかったらもうちょっと話を聞かせてくれない」という感じで、お互いが否定されず、否定されない方法を探し続けることが、お互いを尊重することにつながるのかなと考えています。
でも、それは作品のなかにも出てきますけど、相手に全部合わせることとも違うし、どちらかの意見を採用しようということではないので、面倒くさいし、根気がいること。この作品でいったら、不倫とか人によって絶対に許せない、それだけは譲れないこともあるでしょうし。でも、最初から対話を拒否することはしたくないなと。
お互いにどうすべきか、という答えが見つからなかったとしても、答えを見つけ続けようとする行為自体がすごく尊いことだと思うので、すごくしんどいけど、諦めずに対話し続けることがお互いを尊重することになるのかなと。作品のなかでも、そういったことを大事に3人を描いていきたいなと思っています。
――読んでいると、傷ついてまで相手を理解しようとしなくてもいいのにと思うこともありますね。でも、そこが共感できたり、ストーリー的に面白く感じたりする部分なのかなとも思います。まだ連載は続くと思いますので、最後に今後の展開についてもお伺いさせてください。
綾野綾乃先生:3人がどのように行動して、その結果どのようなことが起こるのか、実はまだ私自身予想できていない部分もあります。もちろんみんなが幸せになる、ということを目指して執筆していますが、結果どうなるのか。そこに至るまでに何か起こるのか。私もまだ分からないところがたくさんあるので、3人がどういう結論を出すんだろうというのをハラハラドキドキしながら見守っていただけたらうれしいです。
作品紹介『私と夫と夫の彼氏』
セックスレスに悩む教師の美咲。美咲の夫の悠生は、自身のセクシュアリティに悩みながらも、年下の男性と不倫関係に。そんな夫の不倫相手は、美咲の元教え子だったー。しかもその不倫相手の彼は、かつての先生である美咲のことも、先生の夫である悠生のこともどちらも愛している。夫婦は元の形に戻ることが出来るのか?それとも別れるのか。妻×夫×夫の彼氏といういびつな三角関係が織りなすヒューマンラブストーリー。WEBゼノン編集部にて連載中。
テレビ東京で2023年5月31日(水)スタート(毎週水曜 27:20~27:50)動画配信サービスParaviで1〜5話配信中、4月11日(火)19時から6〜10話の独占先行配信がスタート。
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ヨガジャーナルオンライン編集部
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