あなたはどう考える?中絶方法・高額な費用・配偶者同意…「日本の中絶の問題点」専門家が解説

 あなたはどう考える?中絶方法・高額な費用・配偶者同意…「日本の中絶の問題点」専門家が解説
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人工妊娠中絶方法・中絶にかかる費用が高額であること・中絶に配偶者の同意が必要とされていることなど、日本の中絶にはさまざまな問題点がある。『日本の中絶』(筑摩書房)の著者で、中絶サバイバーでもある金沢大学非常勤講師の塚原久美先生に話を聞いた。

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※前編では中絶のスティグマについてお話を伺っています

女性の権利が尊重されていない日本の中絶の実態

——日本の中絶の問題点について教えていただけますか。

①中絶方法②配偶者同意③中絶にかかる費用の3つの問題点をお話しします。

まず中絶方法についてですが、私がこの問題に気がついたのは2004年でした。ある勉強会に産婦人科医を呼び、日本の中絶の現状を学ぶ機会があったのですが、そこで「日本の中絶はどういう方法が一番使われているのですか」と質問したら「(子宮内を掻き出す方法である)掻爬法(そうはほう)(D&C)だね」とあっさり仰っていたことが衝撃的でした。

それまで既存研究を勉強してきたなかで、英語の文献では「1970年代に中絶は掻爬法から吸引法に変わった」と判を押したように書いてあったんです。ですので21世紀になってもまだ日本では掻爬法が主流であることに衝撃を受けました。

その後、2010年に金沢大学の先生たちと中絶方法の調査を行いました。その結果、掻爬法が3割、掻爬法と吸引法の併用法が5割だと判明しました。その後2012年に日本産婦人科医会の医師たちによっても初期中絶方法の実態調査が行われましたが、掻爬単独と掻爬+吸引が8割を占めるという結果は同じでした。

なお、WHOは2003年の安全な中絶を示したガイドラインで「安全な中絶は中絶薬と吸引法」と示しており、2022年の『中絶ケア・ガイドライン』ではD&Cを使用しないことが推奨されています。

中絶
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——他に安全な方法があるのに、なぜ掻爬法を続けてきたのでしょうか。

指定医師制度というものがあって、優生保護法(※)の時代から、指定医師でないと中絶手術ができないことになっています。海外では掻爬より吸引の方が安全と言われており、助産師が手動吸引を行っているところもあります。つまり、安全な方法に移行すると医師は中絶を独占できなくなるわけです。

※1948年から1996年まで施行。特定の病気や障がい等を理由に優生手術(強制不妊手術)も行われていた。優生思想に基づく部分が障がい者差別であると批判され、その点を改正し、名称が母体保護法となった。

一方で「掻爬でできるのだから変える必要がない」というのが大半の医者の考えだったのではないかと推測しています。最近でも「日本の掻爬は安全」と真面目に仰っているお医者さんもいます。

——配偶者同意については、相手の男性から同意書へのサインがもらえないため中絶できず、孤立出産し遺棄する件が複数起きたことで問題が顕在化しましたよね。

まず、母体保護法にて中絶できるときの要件が「①妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」「②暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」としており、さらに①については本人と配偶者の同意が必要と定めています。ただし、配偶者が不明・配偶者の意思表示が不可能・配偶者が死亡の場合は本人の同意だけでよいとされています。

母体保護法で規定されている配偶者とは、法的に婚姻関係にある者か、いわゆる事実婚の関係にある者だと考えられていますが、現実には未婚であってもパートナーの同意書を求めているケースが少なくありません。

中絶の際の配偶者同意要件が残っているのは10か国程度です。日本も国連女性差別撤廃委員会から2016年に配偶者同意の要件を廃止するように勧告を受けています。

配偶者同意については「#もっと安全な中絶をアクション」の梶谷風音さんの署名活動を手伝って一緒に記者会見も行いました。印象的だったのは、海外メディアの食いつきが良かったこと。自分の体なのになぜ配偶者の同意が必要なのか、性と生殖に関する健康と権利(SRHR)が進んでいる国からすると信じられないことなのでしょう。

——配偶者同意について、男性の権利を主張する声もありますが、どう考えればいいでしょうか。

話し合いができる関係性であれば、相談して決めればいいだけですよね。意見が異なる場合に、男性に強引に命令されないために、女性の意思だけで決められる必要があります。

日本の妊産婦死亡率は低いのですが、それでも出産という行為は亡くなるリスクもあります。妊娠初期で中絶するよりも、出産する方が高リスクです。自分の体のことですから、女性が決めて当然です。

——中絶費用が高額であることも問題視されていますよね。

中絶が自由診療であることが問題の根幹です。言い換えれば、医者は好きに価格設定ができるのです。私が調べたなかでも、中期中絶で8万円から80万円の幅がありました。高額なところは手厚いプライバシー保護など、何かしらの付加価値があるようです。一方で1万円も払うのが難しく、困っている若者がいるのも現実。中絶は公費負担に、少なくとも低所得の人だけでも公費負担にする制度がなければ不公正と考えています。

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——2021年12月には中絶薬の承認申請がされました。海外での平均価格は約740円で費用が安くなるのではと期待の声がありましたが、日本産婦人科医会が「手術と同等程度の料金設定が望ましい」と示したことに衝撃を受けている声もネット上で多数見られました。

「自由診療だから高い価格をつけられてしまうのでは」という疑念の声もあるのですが、単純な問題ではなさそうです。今回、イギリスのラインファーマ社のミフェプリストンとミソプロストールという2種類の薬を併用する方法が申請されているのですが、ミフェプリストンは完全な新薬として日本に入ってきます。

完全に新成分の薬の扱いとなるため特許が生じ、数年、場合によっては10年近くジェネリックができない可能性があります。そうしますと、ラインファーマ社の独占となるため、それだけ値段が高くなります。

新薬であるため、厳しい治験を日本政府が課しているので費用もかかりますし、当然その分高くなります。安くならないならば、経済的に余裕のある女性しか使えないため、結局選択肢が増えません。ただ、このままでは問題ですので、何かしらアクションを起こすことを検討中です。

「自分の選択を信じて」

——中絶に関して悩んでいる人へメッセージをいただけますでしょうか。

まずスティグマに気がついてほしいです。中絶した際に「私は悪いことをした」「こんなことをした私なんて」と自尊心を低下させてしまう人がすごく多くて。でもそう考えてしまうのもスティグマが原因であって、あなたのせいではありません。

また、私もそうだったのですが「自分で選択したつもりだったけれども、やっぱり苦しい」と言ってる人もいます。選んだ当時の限界はあったとしても、自分なりに考えて出した選択だったはずなので、もっと自分の選択を信じてみませんか、と伝えたいです。

過去を振り返ったとき、「周りに流されて中絶を選択してしまった」と思う方もいらっしゃいますが、おそらく流されるしかなかった力関係や状況があったのでは。そこで過去の自分を責めるよりも、当時の自分を受け止めて、未来を見てほしいです。

あとよく相談者さんにお伝えすることがあって、中絶は二者択一だと思われているので、中絶した人は「しなかったら今頃どんなに良い人生を送っていただろう」と想像しがちなのですが、先のことはわかりませんよね。「自分が選択しなかった道を選んでいたほうが良かったのでは」と、もう一方の道を幻想化してしまいがちで、みなさん悩まれます。

でも現実は全く分からないわけで、産もうと思って妊娠を続けていても流産や死産してしまうこともありますし、元気に生まれて健康に育っても激しい反抗期を迎えて酷いことを言われて「こんな子を産まなきゃよかった」なんて思うこともあるかもしれない。

もう一方の道を理想化してもつらくなるばかりなので、今選んだ道を見ましょう。今、自分がいて、5年・10年先にどうなっていたいのかは今のあなたが決めること。それを考えることで大分変わってくると思います。「変えられない過去よりも先のことを考えよう」というのが今の私のポリシーです。

声をあげていかなければますます酷い状況になる節目に来ていると感じています。現実を変えるために、これから先の人たちが苦しい思いをしないように、一緒に声をあげて日本を変えていきませんか。

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『日本の中絶』(筑摩書房)
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【プロフィール】

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究家、中絶ケアカウンセラー、金沢大学非常勤講師。出産後、中絶問題の学際研究を始め2009年に金沢大学大学院で博士号(学術)、後に心理学修士号と公認心理師、臨床心理士資格も取得。『中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ-フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)/『中絶がわかる本』を翻訳出版(アジュマ、解説:福田和子、監修:北原みのり)、著書『中絶のスティグマをへらす本: 「産まない選択」にふみきれないあなたに』『日本の中絶』(筑摩書房)、Twitter:@kumi_tsukahara

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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