「故郷スコットランドと共に生きる」90年代スーパーモデル、カースティ・ヒュームのカムバック

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「故郷スコットランドと共に生きる」90年代スーパーモデル、カースティ・ヒュームのカムバック

横山正美
横山正美
2022-04-30

子育てに専念するためファッションの第一線を離れたスーパーモデルたちは数多い。が、昨今のファッションシーンには、そんな一時代を牽引したモデルたちが続々とカムバックしている。その中の一人、カースティ・ヒュームは、人間的にもより大きな成長を遂げ、故郷スコットランドに深く根ざした活動に取り組んでいる。

「今ようやくLAを離れる準備ができたので、故郷のスコットランドに帰ろうと考えています。理由は、娘が私が生まれ育った文化を知らずに成長することが悲しいからです」。

イギリスのメディアにこう語ったのは、スーパーモデルのカースティ・ヒュームだ。1976年、スコットランド・エアシャーに生まれ育ったカースティは、長く美しいプラチナブロンドの髪と180cmの長身で90年代のスーパーモデルブームを牽引したアイコンの一人だ。スコットランド初のスーパーモデルとして19歳の時にシャネルの広告に初登場して以来、故カール・ラガーフェルドのミューズとして君臨する一方、ヴィクトリアズ・シークレットの“エンジェル”を務める他、「VOGUE」誌等のメディアを総ナメにし一時代を築いた。

カースティ
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プライベートでは女優のアイオーネ・スカイの兄であり、ロックバンド“ナンシーボーイ”のリードシンガーだったドノヴァン・リーチと結婚したが、2014年に離婚。しかし、スコットランドに帰ることなく一人娘のヴァイオレットとともにアメリカ・ロスアンジェルスに残り続け、20年間を過ごした。

モデルをする以前からもともとショービジネスにこだわりがなく、子供ができたら家庭に専念することが当たり前だと思っていた、と語るカースティ。しかし、2015年にロンドンファッションウィークのランウェイでカムバックを果たすと、イギリスのブランド「Jaeger」のモデルとして本格的にファッション業界に返り咲いた。

 

「私は19歳のときにシャネルの顔になりました。今考えると当時の私はまるで誰か別の人の人生を生きていたかのように感じます。きっとあまりにも別世界に生きていたせいか、自分の人生ではないように感じていたのかもしれません。それでも、ファッションから離れようと思ったことはなかった。今回私は、ある信念を持ってファッション界にカムバックしました。以前と違って、今の私はこれからファッション業界で生きていく覚悟ができています。

そんな彼女がカムバックの仕事の第一弾として「Jaeger」を選んだ理由をこう語る。

「『Jaeger』以外にもオファーがあったのですが、とにかく今回は"これだ!"と思うオファーがくるまで待ちたかった。『Jaeger』を選んだ理由は、『Jaeger』が私のルーツであるスコットランドと繋がっているからです。私はずっとテキスタイルが好きでしたし、このブランドの原点は天然繊維(テキスタイル)にあります。そして製品がスコットランド・エルジンにあるジョンストン社で生産されていることも、大きな理由の一つです。私のファッション業界における歴史は、ある意味、このブランドの歴史と重なる部分があります。だから私は『Jaeger』とともにファッション業界を歩んでいこうと決心したのです」。

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横山正美

横山正美

ビューティエディター/ライター/翻訳。「流行通信」の美容編集を経てフリーに。外資系化粧品会社の翻訳を手がける傍ら、「VOGUE JAPAN」等でビューティー記事や海外セレブリティの社会問題への取り組みに関するインタビュー記事等を執筆中。

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