野生動物の生命と自由のために戦うタチアナ・パティッツの信念
印象的なアイスブルーの瞳とスラリとした中世的なイメージで、90年代スーパーモデルブームを牽引したモデルで活動家のタチアナ・パティッツ。現在カリフォルニア州マリブで、子供の頃からの“パートナー”だった馬の保護活動に尽力している。
「私は現在も現役モデルとして活動しています。ですがいまはもっと作品を厳選して、自然や動物を守る活動とモデルの仕事を両立させています。若い頃と違って、やりたいことを両立させることができる余裕がある今は、とても嬉しいことです」
ドイツのデジタルメディアにこう語ったのは、スーパーモデルのタチアナ・パティッツだ。タチアナ、といえばシンディ、ナオミ、クラウディアらとともに90年代に一斉を風靡したモデルの一人でもある。1966年、ドイツ人の父とエストニア人の母の間にドイツ・ハンブルグに生まれた彼女は、ジャーナリストだった父の仕事の都合上、幼少期は世界中を転々とする生活を送っていた。
彼女がモデルのキャリアをスタートしたのは1983年、17歳の時にモデルエージェンシー「エリート」主催のコンテスト“エリート・モデル・ルック”で3位に輝いた時だ。直後に契約を結び、パリへと渡った彼女は瞬く間に売れっ子となり、デビューから2年後には英「ヴォーグ」のカバーを飾った。そんな彼女の才能を見抜き、デビュー以来30年以上も仕事をともにしている巨匠フォトグラファーのピーター・リンドバーグは彼女との出会いについてこう振り返る。
「タチアナはこの世界にあって絶対に自分を見失わない女性。そういうところは本当に尊敬します。一見物腰は柔らかいのですが、芯はとても強く、自分の考えを貫く術を心得ています。それに、一緒にいると心がとても満ち足りてくるのを感じる。彼女を尊敬せずにはいられないし、どんなに時を経ても恋せずにはいられない。タチアナ・パティッツとは、そんな存在です」
さらに、リンドバーグを始め、パトリック・デマルシェリエら数多のアーティストを魅了した彼女の最大の魅力は、何と言っても佇まいの美しさと、その“眼”にある、とも。
「身長180センチ弱。ありえないほど青く澄んだ瞳は、まるでリンクスキャットのようであり、シベリアンハスキーのようでもあり、不思議な野性味を感じさせる。まさに唯一無二の魅力です」
7歳の時にスペインのマヨルカで乗馬を習い始めたタチアナの日常には、いつも馬がいた。そして現在も、カリフォルニア州マリブに住まい、モデル業の傍ら環境問題などに取り組む彼女の傍には馬がいる。
「私は、小さい頃から馬に乗っていました。馬に乗っていると、自由を感じると同時に馬とのつながりや彼らの献身を感じます。それに、心配事や悩み事があったときでも、馬に乗ればすぐに忘れてしまう。特に私がプレッシャーや緊張を感じているときは、馬は私をリラックスさせてくれます。私にとって馬とは、本当に純粋でスピリチュアルな存在です」
そんな彼女が特に尽力しているのが「アメリカン・ワイルドホース・キャンペーン」だ。現在アメリカ西部(アリゾナ、カリフォルニア、コロラド、アイダホ、ワイオミングほか)の公有地“群管理地域(HMA)”には、約8万頭の野生馬・マスタングと野生牛が生息している。しかし、米国内務省の一機関である土地管理局(BLM)は、毎年8000万ドル以上を投じ、ヘリコプターを使って彼らを政府の保有施設や狭い放牧地に追いやり、閉じ込めて管理する政策を講じている。その一部は牧場などに引き取られる場合もあるが、ほとんどは狭い牧草地にとどまったまま自由を失う一方、最悪屠殺という事態も待ち受けているのが現状だ。それを憂いた彼女が尽力する「アメリカン・ワイルドホース・キャンペーン」とは、そんな政府の政策から野生馬と牛の自由を守り、抗う活動に取り組んでいるNPOだ。そんな彼女は、この取り組みに参加するようになったきっかけをこう語る。
「息子のジョナの誕生は、私の中に大きな変化をもたらし、それ以降これまでとは違う目で世界を見るようになりました。そんな時、新聞の記事でアメリカに生息する野生の馬のことを知ったのです。そこには、野生の馬の生息地はますます狭くなり、人間が保護しなければ絶滅してしまう、とありました。人の手で飼育されている馬は野生の馬よりも多いのが現状です。ですが飼育されている馬たちですら、大地を自由に駆け巡ったり、寿命を全うできるものは本当に少ない。それはとても恐ろしく、悲しいことです。そんな野生の動物の生息地と自由を守りたい——それが、私が『アメリカン・ワイルド・ホース・キャンペーン』に参加した理由です」
自身の人生において、大自然とそこに生きる動物たちは常に心の拠り所。だからこそ、自分の子供とこの価値観を共有したい——そんな想いも、この活動を続ける大きな理由の一つだとタチアナは続ける。
「外見を美しく見せることは可能でも、内面を美しく見せることは難しい。私にとっての美しさとは、内面的に良い人であることや、人のためになることをすること。その人となりを築き上げたすべてのものが"美しさ"であって、外見のことだけではないのです。例えば、私の顔のシワ一つ一つは、私が作ったものであり、私のもの。年を重ねることは美しいことであり、より賢く、より成熟した人間になったことの証です。だから私にとって、この“贈り物”を消したり変えたりすることは、選択肢にはありません。だから、一連の活動を通じてそんな私の想いも、息子に伝わってくれることを願っています」
AUTHOR
横山正美
ビューティエディター/ライター/翻訳。「流行通信」の美容編集を経てフリーに。外資系化粧品会社の翻訳を手がける傍ら、「VOGUE JAPAN」等でビューティー記事や海外セレブリティの社会問題への取り組みに関するインタビュー記事等を執筆中。
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