50代に突入したクラウディア・シファーから、次世代へのメッセージ

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50代に突入したクラウディア・シファーから、次世代へのメッセージ

横山正美
横山正美
2021-09-30

あらゆる世代からリスペクトされ、輝き続ける90年代のスーパーモデルたち。中でも現役として常に輝き続ける“ブリジット・バルドーの再来”クラウディア・シファーが、自身の人生を振り返って今思うこととは。

「私が初めてカバーを飾ったフランス版『ELLE』が駅の売店に並んだ時から、全てが一変しました。その時、私は17歳でパリに住んでいました。でも、もしモデルになっていなかったら、獣医になっていたと思います。私は動物が大好きで、子供の頃は犬のサルタンとセキセイインコのパッキー、そしてネズミのニキーマといつも一緒でしたから」。

2020年の自身の誕生日に、デジタルメディア「AnOther」でこう人生を振り返たのは90年代を一世風靡したスーパーモデル、クラウディア・シファーだ。

1970年8月25日、ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州ラインベルグに弁護士の父・ハインツと母グドルンの間に生まれ育った彼女は、シンディ・クロフォード、クリスティ・ターリントン、リンダ・エヴァンジェリスタらとスーパーモデルブームを牽引した立役者の一人だ。

ティーンの頃はシャイで夜遊びもしなかったという彼女の人生が一変したのは17歳のとき。たまたま訪れたデュッセルドルフのナイトクラブでパリの大手エージェンシーのスカウトに合い、まるで運命付けられていたかのようにトップモデルへと躍り出た。

その後の活躍は周知の通り。100を超える雑誌のカバーを飾ったことでギネスブックに認定され、メディアには「ブリジット・バルドーの再来」「生きたバービー人形」等、彼女を形容する様々な言葉が踊り、シャネルの故カール・ラガーフェルドからは同じドイツ出身ということもあって、長きにわたり彼のミューズとしてインスピレーションを与え続けた。また、ナオミ・キャンベルやエル・マクファーソンらとともにNYでレストラン「Fashion Café」を経営するなど、スーパーモデル兼実業家のパイオニアとしてもその頭角を現す一方、1994年からは映画「Richie Rich」をはじめとする作品で女優としても活躍している。

人生を変えた「GUESS」ガールの舞台裏

そんな彼女の名を一躍世界に知らしめたのが、「GUESS」ジーンズの一連の広告だ。シリーズを撮影したトップフォトグラファーのエレン・フォン・アンワーストの思い出をこう語る。

「あの広告の撮影が行われたのはパリです。と言っても、実は撮影の目的は全くのテストシュートで、広告のためではありませんでした。エレンはパリのポンピドゥーセンターで私服の私に、終始笑顔でとにかくおどけて、はしゃいでみて、と言ったのです。そうして撮影した写真を「GUESS」のブランドディレクターのポール・マルシアーノに送ったところ、すぐに私の広告への起用が決まりました」。

その後ギリシャのミコノス島からアメリカ・テネシー州ナッシュヴィルまで世界中を巡って撮影された一連の広告は世界中で大反響を呼んだ。モノクロ映画のワンシーンを切り取ったかのような写真は彼女自身もいたく気に入っており、大手化粧品会社「レヴロン」を始め、様々なブランドを惹きつけ、キャリアが一気に花開いた。

「「GUESS」が初めて香水をリリースした時、私はプロモーションでアメリカ中のデパートを回ってサイン会をしました。現場はもう本当に“カオス”状態。息もできないほど人で溢れかえっていました。プライベートでは道端ではもちろんのこと、NYのアパートでエレベーターを待ってる一瞬の間でも「あなた、「GUESS」の広告の子でしょ?」と何度言われたことでしょう(笑)」。

しかしそんな彼女が、モデルのキャリアでただ一つ後悔していることがあるという。それはーー。

「ただ一つだけじゃありません。たくさんありますが、一番の後悔はエルメスから私の名前をつけたバッグを出したい、という申し出を断ってしまったことですね。あれは今でも後悔しています」。

3人の子供の母として思うこと

そんな彼女は、1997年からは国際ユニセフ親善大使に就任し、アフリカの飢餓に苦しむ子供達のために尽力すると同時に、2006年からはアメリカでHIV関連の啓蒙活動に取り組んでいる。

「子供ができた時、私は自分自身が常に健康でいようと決心しました。健康であることこそ、自分が一番気分良く毎日を過ごすための秘訣です。そのため、ワークアウトをしたり、テニスやヨガをしたり、映画を見ながらトレッドミルで軽くランニングしたり。スキンケアも、オーガニック製品を中心に使うようにしています。特に好きなのがエプソムソルト。就寝前はキャンドルを焚いて瞑想したり、読書をして心を整えています」。

オフではクレメンタイン、カスパル、コジマという自身の3人の子供達に“唯一上手に作ることができるお菓子”と言うパンケーキをよく振る舞うと言うクラウディア。そんな彼女にとって、自身の子供達は“誇り”そのものなのだと言う。

クラウディア・シファー
2003年には第一子カスパル・マシューを、2003年には第二子クレメンタイン・ド・ヴィア・ドラムンドを出産。2010年には第三子となる女児を出産した。
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「子供の目を通して見る世界はまさに“ありのまま”。偏見と言うフィルターのない彼らの目に映る世界は、本当に濁りがありません。そしてその心の中には、ただこの地球をより良いものにしたい、と言う純粋な思いが宿っています。子供は、私の誇りそのものです」。

50代に突入し、さらに美しさを増す現役スーパーモデル、クラウディア・シファー。そんな彼女は、自身の子供を含めた次世代を担う若者たちに、あらゆるチャンスを掴む秘訣を伝授してくれた。

 

「1年1年積み上げたものは、必ず自信に繋がります。間違いを犯したら、そこから学び続けることが成長に繋がります。他人と比較してはいけません。誰も完璧ではないし、一人ひとり違う美しさを持っています。ですから、自分のコンプレックスを受け入れ、愛することを学び、それを自信に変えることが大切です。常に幸せで、健康でいることだけに集中していれば、自ずと道は開けます。チャンスをつかむためには、粘り強く、直感に従うこと。そしていかなる仕事もプロ意識を持って地道に取り組むこと。いつも誠実で、時間を守ること。人生において自分が何を欲しているか、どこに行きたいかなど内面を把握し、物事をできるだけ長期的に見ること。そして何事も、決して諦めてはいけません」。

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横山正美

横山正美

ビューティエディター/ライター/翻訳。「流行通信」の美容編集を経てフリーに。外資系化粧品会社の翻訳を手がける傍ら、「VOGUE JAPAN」やデジタルメディア「VOGUE CHANGE」等でビューティー記事や海外セレブリティの社会問題への取り組みに関するインタビュー記事等を執筆中。

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