華やかな活躍の裏にあるもの|元祖世界トップYouTuberが抱えた光と影
今や子供達の「なりたい職業」の上位に位置し、タレントやモデルとしてTVをはじめ様々なメディアに引っ張りだこ、当たれば億単位の収入も夢ではないYouTuber(ユーチューバー)の世界。そんな数多のユーチューブスターの中でも、早い段階から美容チャンネルを立ち上げ、米「フォーブス」誌の「世界のトップビューティーヴロガー」の常連としてトップを独走していたのが、ミッシェル・ファンだ。そんな彼女は2016年に突然活動を停止し、現在再びカムバックを果たすなど、そのキャリアは波乱万丈だ。そんな彼女が語る、YouTuberの光と影とは。
アメリカ・ボストン出身、現在33歳のベトナム系アメリカ人であるミッシェル・ファン。彼女は、日本ではあのヒカキンが「僕がYouTuberを目指すきっかけを作ってくれた人」と公言し、ブレイク前にはYouTuberとして成功を収めた彼女の講演会にも駆けつけたという、まさにユーチューブ界のスター中のスターだ。
「ユーチューブを続けてきたのは、ただ単に映像の編集作業が大好きだったから。編集作業には何かセラピー的な作用があるみたい。一番最初に動画を投稿した時は、誰がこれを見るんだろうと思ってました。そうしたら予想をはるかに超えるレスポンスがあって、その時『大丈夫、これなら行けそう』と思いました」。
と直近の米メディアでこう振り返る彼女。2006年にチャンネルを開設し、メイクアップチュートリアルを投稿し続け、その動画がビューティーブランド「ランコム」の目に留まり、22歳の時に同ブランドのオフィシャルビデオメイクアップアーティストに抜擢された。続く2013年にはロレアルのバックアップにより自身のブランド「EM cosmetics」をローンチ、同時に様々な賞を獲得したり、ファッションメディアでビューティーコラムを持ったりと、その躍進ぶりは目覚ましく、それと比例するように収入も倍増し、生活が一変したと言う。
しかしながら、人生は良いことばかりではなかった。成功への階段を駆け上がるにつれ、彼女が直面したのはチャレンジとプレッシャーの連続だったのだ。
成功と引き換えに見舞われた“異変”
そのキュートなルックスも相まって、彼女の元には毎日のように様々なブランドのとのコラボの話やPRの契約が舞い込んできた。そんな自分を誇らしく思い、嬉しかったと言う彼女だが、ある時点を境にその心境に変化が生まれたという。
「いつからだったかしら、宣伝契約を交わすたびに、心の中がだんだん荒んでいく自分がいることに気づいたんです。心の奥底で、ああ、私の能力を求めているんじゃない、私は歩く広告塔でしかないんだ、と」。
上昇する生活レベルと認知度。しかしその一方で、いつしか心に闇が生まれ、あんなに楽しかった動画の編集作業すら嫌になったという。
「そんな毎日がずっと続いていたある日、ふとデジタルなものから一切離れたほうがいいかもしれない、と感じ始めたんです。もちろん、デジタルコミュニティには愛着があるし、そこと離れることは寂しかったけれど…でも、息切れしている自分に気がついたから、一旦更新をストップして親元に戻ろうと決心したんです」。
その直後、毎日のように更新し続けてきた彼女のチャンネルは、前触れもなく一切の活動を停止。ユーチューブ界に大きな衝撃が走り、ファンの間では様々な様々な憶測が飛び交うと同時に、「ミッシェル・ファン死亡」説までが囁かれたほどだった。しかし、その時の心情を彼女はこう語る。
「チャンネルが毎週更新されているなら、その人は眠っていないということ。ほとんどの人は、YouTuberは皆睡眠時間を削って作業していることを皆さん知らないだけなんです。手軽にお金を稼ぐことができるんだろうと。でも、チャンネルを運営するということは、コンスタントに撮影して、編集して、アップして、そしてまた新作を作って…の繰り返しなんです。いくら自らが望んで始めたこととは言え、それを毎日続けるのはしんどいことです」。
「“好き”を“仕事に”」とはよくいうが、好きなことが流れ作業に感じるようになると、さすがに疲弊してしまうものだ。
「頭の中は、毎日毎日次の動画のことばかり。でもやっと作った動画の再生回数が少ないと、また違うプレッシャーが生まれてくる。そうすると次に考えるのは『どうやって再生回数を伸ばそうか?』ーーこれを考え出したら、ある意味もう終わりなんです。自分のポリシーに対する妥協の連続が始まりますから」。
そんな理由から、彼女は更新ストップを決意した。と言うより、心の中に様々な葛藤を抱えていた彼女は、強制終了するしか他に術がなかったのだという。
デジタルデトックスで“心の洗濯”
もう一つ彼女を苦しめていたのが、世間が求める“ミッシェル・ファン”像と、実際の自分とのギャップだ。YouTuberとしての認知度が上がるにつれ、実生活でも「ビューティーヴロガーのミッシェル・ファン」を演じていないといけないのだという暗黙の“掟”に、長いこと苦しめられたという。そんなことから、本当の自分を見失いそうになるほど崩壊寸前のメンタルを抱えた彼女は、活動を強制終了してひとりアメリカを離れ、当てもなくヨーロッパへと旅立った。
「カンヌ(フランス)に行った時、時間がゆっくり流れている感じがして、ヨーロッパの人は本当に人生を楽しむことを知っているんだと感じました。アジア圏では、メンタル面の不調を訴えると恥ずかしいと思う風潮があります。ですが、私は10年以上も自分の心を省みることなく、ただエネルギーを燃焼し続けてきたんです。それが沸点を超えてしまった」と語る。そして、フランスを皮切りに、スイス、エジプト、オランダ、中国…頭の中を完全に“デジタル”から切り離し、様々な国で異文化体験をしながら当てもなく旅していたという。
「夜空の星を眺めたり、ヨーロッパの大自然と繋がったとき、久しぶりに本来の自分と繋がる感覚がしたんです。そしてエジプトのピラミッドを観た時、思ったんです。“これはファラオのために造られたもの。でも、それを造った人もファラオも今はどこに行ったの?”と」。
文明は外からの侵略でいとも簡単に滅んでしまうもの、と思った時、ふとある“気付き”が訪れたという。
「永遠に続くものなんてない。良い事も、悪い事も、長くは続かない。だったら、ストレスで悩む悩まないは自分の心次第じゃないの?人間の心にはストレスに支配させないようにするパワーが備わっているのだからーーそんなことがふと頭をよぎったんです」。
——そしてその時、何故か急にLAに戻りたくなった自分を感じたという。
自分の人生を、自らの心が求めるままに
その後アメリカに帰国し、再び活動を再開した彼女は、2017年にロレアルから「EM cosmetics」を買収して完全なオーナーとなり、音楽サイト「THEMATIC」を新たに立ち上げ、自身のユーチューブチャンネルもリフレッシュした。今回は、第三者の広告塔としてではなく、自らの足で自らの道を歩む“起業家”としての再起だ。
「周りは何も変わっていなかったけど、私の内面は以前とは違っていました。物事の捉え方も変わっていたし、もっと自信を持てるようになりました。そして、自分が進むべき方向性も明確になりました」。
その言葉通り、現在は以前とは違う視点からのビジネスプロジェクトで頭がいっぱいだというミッシェル。
「今年は仕掛けのあるアイシャドーパレットとか、色々なアイテムのローンチを控えています。ビューティーチャンネルにしても、求められているのは“エンターテイメント性”だと思うんです。皆さん、いろんな人のメイクアップが見たいですしね」。
自身のビューティーチャンネルを「THE NEW HOLLYWOOD」と呼び、高いプロ意識を覗かせる彼女。人生の新たなステージへと昇った現在は、“自分軸”を第一に、ビジネスとのライフワークバランスを取るよう心がけていると言う。
「やっと“普通の人”の感覚を取り戻した感じ。これからは自分を大切にしなくてはね」。
ライター/横山正美
ビューティエディター/ライター/翻訳。「流行通信」の美容編集を経てフリーに。外資系化粧品会社の翻訳を手がける傍ら、「VOGUE JAPAN」やデジタルメディア「VOGUE CHANGE」等でビューティー記事や海外セレブリティの社会問題への取り組みに関するインタビュー記事等を執筆中。
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