【多様化するアメリカのヨガ文化】新しい時代に引き込み、変化をもたらす「ヨガの変革者たち」

サラ・キング博士（自称・女性）／カリフォルニア州ロサンゼルス

科学とヨガと社会正義を結びつける
「心と精神と体をケアしなければ、地域社会で社会正義を実現することはできない。その逆もまた然りです」とサラ・キング博士は言う。
キングは神経科学、言語学、政治学、アフリカ系アメリカ人研究、教育学のバックグラウンドを持ち、ヨガと瞑想を実践している。彼女はヨガや他の身体的、瞑想的な実践を用いながら、人々が社会正義と解放の感覚を体現できるようにサポートし、世代を超えたトラウマを癒している。そしてそれをあらゆる方法で応用している。
2021年の夏には、「Embodied Social Justice Certificate」プログラムの共同ディレクターであるエンジェル・キョウドウ・ウィリアムズ師とリー・ジョンソン博士と共に、制度的な抑圧が人々に生理学的、感情的、心理的にどのように影響するかを３カ月にわたって700人以上の学生に教えた。
キングはオレゴン健康科学大学の神経学の博士研究員として、差別意識や慢性的な痛みに対するヨガと瞑想の影響を研究している。また、ニューヨーク近代美術館での「Artful Practices for Well-Being（幸福のためのアートフル・プラクティス）」の取り組みを通じて、没入型アートとマインドフルネス体験が個人や集団の意識に与える影響にも研究の焦点を当てている。さらに彼女はコンサルティングパートナーのテルコ・ミツハラ博士とともに、グーグルクラウド社と協力して、次のレベルの多様性、公平性、インクルージョン体験を生み出している。従業員たちはマインドフルネスとムーブメントをベースにした３カ月間のプログラムに参加し、自身の体で自由や力強さを実感する体験をしている。

トリスタン・カッツ（自称、ノンバイナリー※１）／オレゴン州ポートランド

開かれたヨガ空間をつくる
トリスタン・カッツが2015年にヨガティーチャートレーニングを受けた時、カッツの世界は思いがけない形で開かれた。
まず、性別という概念に疑問を持ち始めた。「私は女性を名乗っていたけれど、クラスの他の女性たちと同じとは思えなかった」とカッツは言う。「ノンバイナリーというものを理解したとき、自分は女性性に適合していないとようやくわかったんです。それ以前もずっと」
カッツはまた、自分にはヨガやウェルネスのビジネスに活かせるスキルがあると気づいた。父親が経営する建設教育事業で教育コンテンツの販売や企画を手伝っていたが、それはまさにヨガ講師やスタジオが必要としているものだった。
さらにミシェル・カサンドラ・ジョンソン（前ページ参照）の下で学んでから、カッツはより強く社会正義を意識するようになった。自分自身、ヨガ、仕事について行っていることや学んでいることのすべてがひとつにまとまり始めた。自分にぴったりの仕事だと感じたカッツは「正義のためのマーケティング」と名付けた。
2018年には「Tristan Katz Creative」を設立した。これは、組織が誠実さと社会正義の観点で自らを売り込めるように支援するコンサルティング事業だ。ヨガ講師と生徒が、2SLGBTQIA+コミュニティを肯定するスペースをつくるための後押しをし、さらに彼らとレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、クィア、クエスチョニング※2、インターセックス※3、アセクシャル※4、トゥースピリット※5など、あらゆる自己認識を持つ人々とのコミュニケーションをサポートすることに焦点をおいている。
カッツが提供するサービスへの需要は、ここ２、３年で大きく伸びている。「人それぞれのアイデンティティへの認識が不足したまま、マーケティングでのスペースを占有すると有害になり得ることを目の当たりにしてきました」とカッツは説明する。カッツは「Accessible Yoga」の理事のほか、ローレン・ロバーツと共にポッドキャスト「All The F*ck In」のホストも務めている。
「私はヨガやウェルネスの人々に、より深い気づきの意識を持ちながらビジネスを成長させ続ける方法を教えています」。マーケティングとは取引やSNSの「いいね！」の数で成功を測るものではなく、関係性を築くことだとカッツは伝えている。

※１男女の区別をしない（どちらにも属さない）という性自認。※２自分の性自認をしていない人、性的指向がわからない人。※３性器や生殖体などが通常の男女に分類できない状態のこと。性分化疾患。※４他者に性的欲求を持たないこと・人。※５男性的、女性的精神を持ち合わせる人（一部の先住民文化で使用する言葉）

クエンティン・ヴェニー（自称・男性）／メリーランド州ボルティモア

マインドフルネスを身近にするために
12年前、クエンティン・ヴェニーは、うつ、不安症、そして処方薬やアルコールへの依存症に苦しんでいた。自殺願望があり孤独だった彼は、代替医療で癒す方法を調べ始めた。まずは新鮮なジュースを飲み始めた。それからYouTubeでタラ・スタイルズの動画を見つけ、ヨガを探究し始めた。体調は次第に回復してきた。「どん底にいた時に、ヨガが僕を見つけてくれたんだ」と彼は言う。
ヴェニーはヨガティーチャートレーニングを受けたが、自分は講師に向いていないと気づいた。「それよりも自分が橋渡し役になって、同じような境遇の人たちがこの癒しの実践をより身近に利用できるようにしたいと思ったんだ」。ヴェニーは2019年にヨガアライアンス協会の副会長になった。
『Strong in the Broken Places: A Memoir of Addiction and Redemption Through Wellness（故障に強い：ウェルネスで依存症を克服した記録）』の著者であるヴェニーは、自身のソーシャルプラットフォームやポッドキャスト、そして不安のない家庭づくりについて執筆した近刊を通じて、メンタルヘルスに関する会話が日常的に行われるように取り組んでいる。
最近では、お茶を扱う「equiTEA」社を新たに設立したり、自宅や学校でガーデニングを行うマインドフル・ガーデニングのプログラム作成にも力を入れている。「外で10分間、日光浴をするだけで考え方が変わるんだ」と彼は語る。
ヴェニーはどの仕事においても、人々が困難な感情に気づき、それを乗り越える手助けをすることを基本にしている。「今この瞬間に存在し続けていれば、不安もうつもない空間を生み出せるんだ」と彼は言う。

ヘイリー・ラフター（自称・女性）／ニューメキシコ州ギャラップ

先住民ヨガ講師のための組織づくり
1960年代、何千人もの先住民の子どもたちが家族から引き離され、全寮制の学校に入れられた。それは先住民としてのアイデンティティを奪うための政策だった。ヘイリーのナバホ族の両親もその中にいた。ラフター自身はアルコール、混乱、家庭内暴力と共に子供時代を過ごした。「私は両親のトラウマを受け継いだの」と彼女は説明する。今彼女は、自分と同じような経験をした先住民の人々を癒そうとしている。
2011年にヨガティーチャートレーニングを修了し、「Four Corners Yoga スタジオ」を開設した後、ラフターは2015年に非営利団体「Hozho Total Wellness」を設立した。オフィスを定めないこの組織は、ニューメキシコ州の保留地から保留地へと移動し、ヨガ哲学と、自然とつながる知恵などの先住民の伝統を組み合わせたワークショップやイベントを開催している。「どのクラスも私にとっては儀式なの。だからクラスの終わりには“ホジョナハスディリ（Hozho Nahasdlii：私たちは美を取り戻した）”と唱えているわ」
彼女が「Hozho Total Wellness」を始めたとき、先住民コミュニティの多くの人は、ヨガが自分に合っているのか疑問に思っていた。ラフターは彼らに、ヨガと自分たちの伝統にはつながりがあることを伝えている。「私たちの祖先もヨギだったのよ」と彼女は言う。「だって、儀式を用いてチャクラシステムを調整したり、本来の能力を発揮する道や、真の自分の神聖さを見いだしているじゃない」
彼女がヨガを始めた頃、ラフターを含む先住民のヨガ講師はほんの一握りだった。今では指導者コミュニティは約25人にまで増えた。彼らを組織化し、経験を共有するために、ラフターはフェイスブック上で「Indigenous Yoga Instructors Association（先住民ヨガ講師協会）」を設立。今後は先住民のためのヨガティーチャートレーニングや、「先住民のためのヨガの日」を企画する予定だ。
「私の使命はヨガを通じて人々を癒し、結びつけることなの」とラフターは言う。