国家公務員だった私が今、福島でサスティナブルな化粧品を作る理由
国家公務員という仕事を辞め、福島と東京の二拠点生活を始めた女性。しかも、その地で放棄されていたものを活用し、女性の体にやさしいデリケートゾーンケアのブランドを立ち上げた。生き方、働き方、そして持続可能な社会に向けての思いとは。
2021年3月、アメリカで初めて、カリフォルニア州ペタルマ市が新たなガソリンスタンドの新設や改修、移転を禁止することを発表した。すでに、イギリスやデンマークでは2030年までにガソリン車・ハイブリッド車の新車販売禁止に踏み切っており、化石燃料からの脱却に向けてそれぞれの国で対策が進んでいる。日本政府も「2050年カーボンニュートラル」に向けて、2020年12月には「純ガソリン車の新規販売を2030年代半ばまでに終了する方針」を打ち出している。
このように世界が急速に持続可能な社会に向けて変化していくなか、2021年1月に「サスティナブルコスメアワード2020」の受賞コスメが発表された。このアワードは「SDGsの理念のもと、人にも地球にもやさしいコスメを応援する」ことを目指し、2019年に始まった。数多くのエントリーコスメのなか、シルバー賞を受賞したのは2020年1月に誕生したばかりのデリケートゾーンケアブランド『明日 わたしは柿の木にのぼる』のフェミニンオイルだった。審査員の一人、サスティナブルファッションに関する情報を発信している一般社団法人unisteps代表・鎌田安里紗さんは「循環型ものづくりの仕組み、ローカルでの雇用創出、女性のエンパワーメントなど、ひとつのアイテムから複数のよいエネルギーを生み出していることが素晴らしいと思います。まだまだ日本では一般的ではないデリケートゾーンケアですが、カジュアルで魅力的なパッケージと商品名で、新たな使用者の後押しをすると考えられます」とコメントしていた。
男性並みに働くことが「やりがい」だと思っていた。でも、それは働くロボットだった
『明日 わたしは柿の木にのぼる』を作ったのは、小林味愛さん、34歳。コスメ業界で経験を積んできた、オーガニック業界で働いてきたというキャリアではなく、社会人としての一歩は国家公務員だった。
「大学に入学したときは、受験勉強じゃない、社会についての学びができるというのが楽しくて、毎朝5時に起きて大学に通い、教室の一番前の席に座り、1限から授業を受けるという学生でした。漠然とですが、将来は社会の役に立つ仕事をしたいと考えていました」
そして、国家公務員を選んだ。「利益とかではなく、人の役に立てる仕事が自分に向いていると思った」のがきっかけだったが、採用人数はごくわずか。配属されたのは、衆議院調査局。
「2年後に異動になり、経済産業省に。ちょうど民主党政権から第二次安倍政権に移ったばかりのときでしたから、本当に忙しくて。帰るのは毎日深夜、泊まり込むこともありましたし、毎日の睡眠時間は2~3時間くらいでした。今思うと、よく生きていたなと思うほど」。
小林さんは「24時間ほとんど仕事をしていたから、いろんな人と会って話をするとか、家族との時間を過ごすとか、自分をケアするとか、心のゆとりとかも全くありませんでした」と振り返る。
「睡眠時間を削ってでも働いていたのは、男性がそういう働き方を当然としている世界で認められるには、同じことができないとダメと思っていたからなんですね。男性と同じように働き、いかに男性と同じと思われるかということをずっと考えていて…頑張ることが美徳という世界でしたから、体調が悪くて病院に行くのも、隠れて行くしかなかったし、休むなんてできませんでした」
それを「やりがい」と思い、自分が社会で役立つためにはそういう働き方をするしかない、だから男性並みに働くのだと、自分を納得させてきた日々だった。それを小林さんは「ロボットだった、ちょっとした感情をはさむとやっていけなくなるから、ロボットが正しいと思うしかなかった」と語る。
5年足らずで転職。今度は心が苦しくなる仕事に疑問が
しかし、体は限界にきていた。
「ちょっと気を抜くと、体調を崩す。寝ている間もずっと気を張っていなければいけない状態で、足掛け5年ですが、その年月の2倍、10年は働いた感覚でした。仲間も大好きだし、仕事がいやになったわけではないけれど、もう無理するのはやめようと思って、民間のコンサルタント会社に転職しました」。
転職後は、全国各地で地域活性化事業に携わることになった。これは、小林さんが「人の役に立ちたくて公務員になったのに、現場を知らな過ぎて、役に立てないと実感していたから、現場に近いところで働きたい」と望んだからだった。
「ちょうど地方の人口減少が言われ始め、地方創生が言われ始めた頃でした。全国いろんなところを担当して、そのなかに福島もありました。それぞれの土地にいろんな課題があるけれども、まず福島のことをやらないで、今の日本をどうにもできないと思うようになったんです。というのも、計画やプランを提案するコンサルタントはあくまでも外部の存在であり、福島の人にとっては"外から来た人"でしかなかったんですね」。
そこには、どうしても壁を感じないではいられなかった。
「私が出会った福島の人は嘘をつかない、純粋な人たちでした。その人たちを前に、言葉で東北のために・福島のためにと言っていても、私はどこまで今の暮らしぶりや、人々が困っていることを知っているのだろうか?それに根差した計画を提案できているのだろうか?と考えると、だんだん苦しくなってきて」。
今度は、心の限界だった。
「福島の人口は限られていて、農村では60代が若手と言われているのが現実。今の暮らしのその先を、若い私たちが考えないと、後継者がいなくなる、農産物も作れなくなる。それを解決する人がいないとわかり、ここで福島にお金を生み出す事業を始めないと、私は後悔すると思ったんです。そのためにはまず、福島に住んで、日常の会話のなかで本当に困っていることは何かを知ってから始めよう、と」。
福島へ移住。日常の風景から、柿の持つパワーにひらめく
2017年夏、小林さんは福島県国見町に住民票を移し、福島県の中通り北部にある、人口約8600人の町で暮らし始めた。国見町を選んだのは、コンサルタント時代に訪れたとき、直感で「いい町だな」と思えたことと、まだ外から入ってくる若い人がいなくて、頑張れば何かできるかもしれないと思えたからだった。
「最初は壁のようなものはありました。いきなり東京から来て、農作業しているところに行って『勉強させてください』って言うんですから。でも、だんだん仲良くなって信用してもらえて、いろいろ話を聞くことができて。桃の収穫の季節には、規格外の桃の扱いに苦労している話を聞いて。箱詰めすると傷むし、コストもかかるから、もったいないけど廃棄している話を聞いて、だったら、コンテナで出荷し、箱詰めは必要なときだけやればいいという提案をしたり」。
そうこうしているうちに冬になり、特産品のあんぽ柿の製造が始まった。
「顔見知りになったばあちゃんが毎日、ものすごい量の柿の皮を畑に捨てに行くのを見て、大変だなあと思いながらも、柿の皮って捨てるしかない? 何かあるのでは? と思い、国会図書館に行って柿についての勉強をしたんです」。

実は、柿は縄文時代や弥生時代の遺跡から種の化石が発掘されており、奈良時代には日本の各所に流通していた、日本人にはなじみの深い果物。小林さんはさまざまな文献を調べ、昔から伝えられてきた食以外の柿の活用法や、柿の持つ成分やその効果効能についても調べた。
「国見町に住み始めたときから、豊かな自然や丁寧に育てられた植物を見て、なんとなく、何かコスメを作れたらいいなとは思っていたんです。柿について調べていくと、渋柿に含まれるタンニンが消臭、収斂作用があることをがわかり、役に立たないわけがないと、確信のようなものを持ったんです」。

失敗を繰り返し、ついに天然成分のデリケートゾーンケアのブランドが誕生
これがデリケートゾーンケアブランド『明日 わたしは柿の木にのぼる』の始めの一歩だった。2017年末、日本ではまだ「フェムテック」という言葉は広く知られてはいなかった。
「当時は私自身も、フェムテックという言葉は深く理解していませんでした。ただ、コスメを作るなら、女性の人生やライフスタイルに寄り添えるブランドでありたいと思っていたし、使ってくださる人には自分の体や心を大事にして欲しいと思っていたので、自然とデリケートゾーンケアの商品開発に導かれていきました」。
ここからのスピード感は、5年で10年分働いた小林さんならではだった。知人の伝手をたどり、植物由来の成分を処方する専門家に連絡し、「どうせ売れないから」と断られても頼み込み、相手が根負けするまでアタックした。試作品が完成しても、なかなか納得のいくものができず、数えきれないほど試作を繰り返した。
「デリケートゾーンのph値を踏まえて、菌のバランスを崩さず、しかもふわふわの泡が立つウォッシュにしたいと考えたのですが、泡のふわふわ感を天然成分だけで作るのはなかなか難しくて。成分は納得できるものだけにしたいと、また一から作り直したり」。
『明日 わたしは柿の木にのぼる』が安心であることを証明する検査も必要だった。
「あるアンケートで約8%の人が福島県産のものは買いたくないと答えていたという現実が、まだあるんですね。デリケートゾーンに使用するものなので、表示や公表の義務はあませんが、放射能検査も残留農薬検査もしました。表には出ないけれど、自分のプロダクツは心から安心して伝えたいから、そうした検査は徹底的に行いました」。
こうした試行錯誤の繰り返しで約2年、2020年1月、ようやくデビューにこぎつけたのだった。
持続可能な社会のために、福島に根付いて、活動を続けたい
実はブランドデビューまでの間に、小林さんは出産も経験している。
「東京で働いていたとき、妊娠した先輩にみんなが『おめでとう』と表では言いながら、裏では『一人減って大変』とか言っているのを聞いて、当時は妊娠が怖いと思っていたんです。だから、今後手伝えなくなると思うと、最初は妊娠したことを町の人に言えなくて、しばらく黙っていたんです。そうしたら、農家のじいちゃんに『わかっぺ~』と言われて、それからは『俺がやるから』と重いものを持ってくれたり、仕事を手伝ってくれたり。子供を産むことが歓迎されて、助けてもらえて、すごく幸せでした。それは農家の人だけでなく、あらゆる人がいろいろ助けてくださって」

1歳の誕生日には農家の人たちが一生餅を用意してくれ、子供に背負わせる行事もしてくれ、その後も畑に連れていくと一緒に遊んでくれたり、収穫した野菜を分けてくれたりと、「こんなに子供が歓迎されるなんて、考えてもみませんでした」と小林さん。個人として受け入れられただけでなく、少しずつではあるが、事業者としても受け入れられている。
「福島県の中通りで若者がやりがいをもって働けるところは少なく、限られているのが現実です。東京の大学を卒業し、地域のために働きたいと思っても、その知見を生かせる仕事がないんですね。でも、そういう人が働きたいと問い合わせをくれるようになったんです。まだまだそういう人を全員雇えるわけではありませんが、戻ってきたいと思う人を受け入れられる会社になりたいです」。
会社は今年、5期目に入った。国見町で収穫されながらも出荷できなかった果物を未利用資源として購入し、コンテナで出荷する事業では生産農家の収入を助けている。また、コスメの植物原料である柿の皮を購入することでも生産農家の収入につながっている。最初は「そんなことではビジネスにならない」と言われたこともあったが、小林さんには揺るがない思いがあった。
「地道に人との信頼関係を積み上げていくなかで事業がしたかったし、目の前の人が少しでも喜んでくれることを毎日積み重ねて、ここまできたと思います。これからもそこは譲らず、ちゃんと福島の産業の一つとして利益を出していけるようにしたい。そして、若い人たちを受け入れて、これまで頑張ってきた農家さんの世代交代ができるようにして、持続可能な活動にしていきたいですね」。
自分の意志で人生を歩む、すべての女性に寄り添っていきたい
時代が小林さんの思いに追いついたかのように、『明日 わたしは柿の木にのぼる』の商品の売り場が増えている。百貨店でのフェムテックをテーマにしたポップアップストア、フェムテック専門店での展開、さらにはユニークなイベントを実施している東京都の銭湯でも購入できる。助産院での取り扱いも始まった。最近は全国の下着ショップ、コスメのセレクトショップなどからの問い合わせも多い。
この背景には、世界的な動きを受けて、日本でもようやくフェムテック市場が注目されてきたためと思われる。欧米ではさまざまな企業がフェムテック市場に参入し、世界レベルでは2025年にこの市場は5兆円規模になるとも言われている。
と同時に、雑誌、ウェブサイトなどで、これまで語られてこなかったデリケートゾーン関係の記事が増え、ヨガジャーナルオンラインでも「更年期を境に乾燥が気になる理由」という記事が多くの人に読まれた。
「それでもまだ、フェムテックと言われても自分のヘルスケアの問題ではないと思っている人は多いのではないでしょうか? フェムテックに限らずSDGsについても、まだ自分とは遠いところの事のように感じている人も多いのでは? サスティナブルなコスメは原料の調達などの関係で大量生産ができません。ボトルなども環境に配慮したものを選んだりして、こだわって作っていくと、どうしても価格が上がってしまいます。それでも買ってくださる人たちと、これからも出会いたいですね」。
5月には『明日 わたしは柿の木にのぼる』の新製品、フェミニン セラムが発売される。年齢を問わずデリケートゾーンのケアで、大切なのは保湿。フェミニンセラムは特に気温が上がる春夏に、オイルよりも軽い使い心地ながら、しっかり保湿してくれるアイテムである。
最後に、このユニークなブランド名『明日 わたしは柿の木にのぼる』の意味を小林さんに聞いた。
「私たちの世代って、『いつやるの? 今でしょ!』と、今、今、今をずっと繰り返してきた世代なんですよね。でも、それをしていたら自分を大事にする時間なんて、なくなっちゃうんです。私もずっとそれをやってきて、自分を大事にできていなかったし。強がっていたけど、あのとき、誰かに『明日でもいいよ』と言われていたら、自分がどんなに救われていただろうと思うんですよね。だから、使ってくださる人に『明日でもいいんじゃない?』ということを伝えたいと思って『明日』という言葉を入れたんです。そして、『明日』の後に半角、ちょっとスペースを入れたんです。これは、心のゆとりとか時間のゆとりとか、一人一人が息つぎする間、一呼吸する間をイメージして」
その後の『柿の木にのぼる』にも小林さんの思いが込められている。
「子育てをしていると、ダメな私って思う瞬間が誰にでもあると思うんです。でも、そんな自分を卑下したりせず、上を向いていたいというニュアンスを込めたんです。ほら、木に登るときって、上を向いて登るから。登るのも一歩だし、休むのも一歩だし、それを選ぶ意志の大切さも込めたかったんです。女性が自分の意志で、自分の人生を歩んでいく、そういう女性たちに寄り添うブランドであり続けたいと思っています」。
プロフィール:小林味愛(こばやし・みあい)
株式会社陽と人、代表。東京都生まれ。大学卒業後、国家公務員として衆議院調査局、経済産業省などで勤務後、民間のコンサルタント会社に転職し、地域活性化、地方創生関連を担当。2017年、福島県国見町に株式会社陽と人を設立。出産後、福島県と東京都の二拠点生活を送りながら、『明日 わたしは柿の木にのぼる』ブランドの商品開発など、地域の農産物の価値を広く伝える事業に取り組む。2021年3月、復興庁「復興推進委員会」委員に就任。
※2021年4月19日(月)21:00〜ヨガジャーナルオンラインのインスタライブ「忙しい女性にこそフェミニンケアが必要な理由 トーク」に出演。新作の紹介、実施中のフェミニンセラムのクラウドファンディングについても説明。
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