小さなキズは"問題"か?「適正な品質」に向き合うNO PROBLEMが目指す寛容な社会
私たちが目にする製品の裏側で、傷や歪みなどがあったモノは規格外として扱われるB品もたくさん生まれていることを、ご存じでしょうか? 機能的には問題ないのに、ちょっとしたキズで品質基準からは外れてしまうB品たち。そんな背景に違和感を持ち、普通に使うぶんにはまったく問題がないB品を定価で販売している「NO PROBLEM」プロジェクト。モノづくりの背景やB品というモチーフを通して、もっと寛容な社会に……そこにはモノの適正な品質と向き合う、真摯で温かなマインドが流れていました。
どんなモノでも、お店には外見も中身も綺麗で完璧なプロダクトが並んでいて当たり前の日本。それは、生産や流通の過程で行われる厳しい検品があってこそ。検品でB品となったものは製品としては認められず、一般流通には乗りません。しかし、そのB品の中には機能的な欠陥品から、使用上は問題ないけれども微細な傷がついているだけのものや、パッケージだけに傷があるものなど、様々なグレードのB品が含まれています。そして海外ではちょっとのキズなら受け入れてもらえるけれど、とりわけ日本は検品基準が厳しい傾向にあるといいます。海外ではOKでも、日本ではNG……もちろん、品質を決める基準はメーカーそれぞれ違いますが、検品ではじかれてしまうB品の中には、日常で使うぶんにはまったく問題なく、A品と同様に使える立派なプロダクトも多く含まれているのが現状。そんなモノの「適正な品質」にまっすぐ向き合う「NO PROBLEM」(以下、NP)は、傷モノだからと安売りするのではなく、「No Problem!(問題なし!)」のNP品(NO PROBLEM品)として定価で販売しています。それは本当のモノの価値を理解して大切にする心を広げながら、作り手、売り手、買い手のみんなが笑顔になるプロジェクト。活動をスタートしたきっかけや思いを、代表の小沢朋子さんに伺いました。
"たった7%"のために生まれる莫大な労力とコスト
ーープロダクトが作られる背景でB品がたくさん生まれているなんて、あまり知られていないと思いますが、小沢さんはどんなきっかけでこの背景を知ったのですか?
「私は2013年から夫と2人で、インドのビジョングラスを輸入販売しているんですが、そのグラスを検品する際に、品質問題に直面したこときっかけだったんです。もともと、新婚旅行で行ったインドでこのビジョングラスに出会い、シンプルなデザインと直火にも使える耐熱性を兼ね備えたこのグラスにすっかり惚れ込んでしまって。買ってきたビジョングラスを日本で使っていくうちにどんどん惹き込まれて、一生使っていきたいと思ったんです。でも当時は日本でまだどこにも売っていなくて。だったら思い切って自分たちで輸入しようと考えました。といっても私も夫も、輸入販売や物流の仕事なんてやったことがないので右も左も分からず、ただ『このグラスを一生使って広めていきたい』というグラスへの愛情を原点に、2年の準備期間を経て始めたんですね。そうしてインドから最初の入荷製品を見たとき、傷入りのグラスがあまりにも多くて愕然としたんです。届いたうちの4~5割、半分以下のグラスしか製品としてお店に並べられず、半分以上はキズや歪みのあるB品に。私たちも1万個入荷したら1万個全部を、一つ一つ手作業で検品していたんですが、検品も大変な労力。それにB品といっても大きな欠陥があるわけでもなく、日常で使うには十分に使えるので捨てるわけにもいかなくて。そんな状況が続いて、倉庫や自宅にまで、B品が詰まったダンボール箱が山積み状態になっていって、これはどうにかしないと、と思ったんです」
ーービジョングラスの場合、インドでの生産工程や運搬中に、キズが入ってしまう状況だったんでしょうか?
「理由はさまざまあるんですが、ビジョングラスの原料となる筒状のガラス管が製造される段階ですでに傷があったり歪んでいたり、加工する段階でチリが入ってしまったり。私たちもこのままB品を増やすわけにはいかないと思い、毎年インドのメーカー工場に行き、日本人が求める品質についてのミーティングを重ねたところ、入荷するグラスの品質が良くなってきたんですね。それで喜んでいたんですが、製品そのもののクオリティが上がった変化も多少はありますが、実は日本向けにだけ特別厳しい検品をしてくれるようになった、というんです。つまり、生産されたグラスの中から上質なものだけを選りすぐって、その割合がなんと100個中7個、全体のたった7%しか日本向けに送れない、というんです。たとえば1万個を注文したら、実際には10万個以上のグラスの中から1万個のきれいなグラスだけを選んで日本に送ってくれていると。7%を厳選する検品にもものすごい労力と時間がかかっている……それを知ったときはとても複雑な気持ちになりました」
安売りではなく定価で販売することの意味
ーーたった7%とは衝撃的ですね。それは日本だけが特別で、他の輸出先にはどんな様子なんでしょうか?
「ビジョングラスはインド国内でも40年近く販売されているロングセラー商品で、日本をはじめ、他のアジア諸国やアメリカ、ヨーロッパにも輸出しているんですが、日本以外の国では品質についてそこまで厳しく言われないそうで、そもそもインド国内ではずっとその品質で販売し、ユーザーが使うにも特に問題はない。なので、日本向けに厳しい検品をして、そこで規格外となったグラスもゴミになるわけではなく、他の国々では製品として販売されているそうなんです。海外ではOK、日本ではNG、というそんな溝を埋めたい……そこで生まれたのが『NO PROBLEM品』というコンセプトだったんです」
ーー安売りではなく、「B品を定価で販売する」ことにこだわった理由はどんな思いがあったんですか?
「やっぱり、日本では受け付けられないB品が、海外では製品として問題なく流通する……そんな現実を知り、作り手の思い、グラスの価値を考えると、安売りするのは納得できなかったんです。日本でのB品は、割引販売したり、アウトレット販売したり、ゴミとして廃棄することもあります。が、実際ビジョングラスのB品を私たち自身も日常で使っていますが、とくに不便もなく、危険な思いをしたこともなく、心地よく使えていることを日々実感していたので、あえて値下げをしたくない、という気持ちがありました。そうしてNPプロジェクトを立ち上げて、2015年からビジョングラスのNP品を自社販売、イベント出店などを続けていくと、共感してくれるお客さまも多く、B品問題について同じ悩みを抱えているメーカーや小売店などがあることも知ったんです。そこで、2017年は東京と神戸の2拠点を巡回する『NO PROBLEM展』という展覧会を開いて、ビジョングラスだけでなく、全10社さまざまなメーカーさんの製品を展示しながら、作り手側の品質に関する思いや検品基準なども展示しました」
ーー実際にB品、つまりNP品を手にしたお客さまの反応はいかがでしたか?
「この展覧会では7,000名を超える来場者があり、多くの皆さんにB品の背景、日本の厳しい検品レベル、B品でも使い心地はまったく問題ないことなどを感じていただき、お客様の反響はとても大きかったですね。それから協賛してくださるメーカーさんたちも増えて、陶磁器や織物、洋服、紙製品、木製・革製の雑貨など、アイテムも幅広く、2019年から本格的にNP品を定価で流通させる仕組みを作ろうと動き始めました。私たちが目指すのは、多くの人に実際NP品を生活に取り入れてもらって『本当にNo Problemかどうか』を皆さんに感じてもらうことが一番。なので今年から『NO PROBLEM store』という販売メインの展示会を開催していく予定です」
どうしても出てきてしまう"B品"をどう受け止めるか
ーー一般のユーザーとしても興味深いプロジェクトですし、安売りではなく定価で販売するのは、メーカー側にもうれしい企画だと感じますが、作り手さんの声はいかがですか?
「それも受け止め方がさまざまあります。喜んでくださるところもあれば、『NO PROBLEMのプロジェクト自体には賛同するけど、今まで安く売ってきたから』とか『NO PROBLEMプロジェクト=傷があってもいいという認識で、全体のクオリティを下げるのでは』という厳しい見方をする人も、実際にはいらっしゃいます。でも私たちが伝えたいのは、高い品質を保つのは想像以上に大変という現実。B品がはねられた上で選ばれた製品がお店に並ぶのが当たり前って思っている人が多いなかで、そこには膨大な技術と労力とコストと時間がかかっていることを知ってほしいんですよね。なので、展示会では実際に陶磁器や織物などB品の傷もお見せしながら、それが起こる理由も説明するんです。すると『あ、なるほど。モノを作るにはこういうことも起こるのか』といった気づきや、『こっちの傷はいいけどこっちの傷は嫌だな」など、見る人にさまざま感じてほしいと思っています。もちろん『これが正解』はないので、『完璧な製品しか欲しくない!』という人も、『これぐらいの歪みやキズなら全然気にならないわ!』という人もどれも正解。『売り物は綺麗で完璧で当たり前でしょ!』という世の中から、『実は品質も多様で、そのなかでどれぐらいの品質を選びますか?』という問いかけをしていきたい、それが一番の思いかもしれません」
ーー1人ひとりが主体的に、自分に必要なクオリティを考えて選んでいく、そんな奥深い提案がNO PROBLEMプロジェクトの背景なんですね。とくに日本人は商品に完璧さを求める傾向もある、と改めて気づかされます。
「そうですね。最近は日本でも、フードロス問題を配慮して、不揃いの食材でも気にしない消費者が増えてきましたが、それがプロダクトとなると途端に目線が厳しくなる(笑)。モノづくりの工程でも、どんなに機械化が進んでも100%完璧にできることはほとんどなくて、もちろん不良品を出さない努力は続けるべきですが、ゼロにはならない。じゃあ出てきてしまったB品をどう受け止めるか、という提案なんです。
モノだけじゃなく様々なことに対してNo Problemと言えるマインドを
ーーなるほど。そんなNO PROBLEMプロジェクトを通して、これからの社会にどんな変化を期待していますか?
「日本ももう少し、寛容な社会になったらいいな、というのが活動の広い目標かもしれません。ビジョングラスを一例にしても、ちょっとしたキズのあるグラスが、日本人にとってはB品だけど、海外の人にとっては世界標準なんですよね。そんな世界標準を前にして『日本ではこれはダメ』と言い続けるのかどうか。それってどこか日本がガラパゴス化しているような気もしていて。その日本の認識を理由に、インドの方たちに7%という厳しい検品をさせてしまっている。『それってどうなんだろう……ちょっと考えてみない?』と。それはモノに限らず、価値観の違いを受け入れる、認めることにも繋がると思うんです。『自分はこう!』と決めつけていると、たとえば自分とはまったく違う価値観を提示されても拒否するしかない、それって人生が面白くない気がしていて。『絶対に受け入れない!』ではなくて、いったん立ち止まって違う価値観も考えてみる余裕を持つと、『なるほど、そういう考え方もあるのか』って寛容になれる、そんな世の中になればもっと楽しいんじゃないかなって。私たちはそのモチーフの一つとして、プロダクトを取り上げているんです。
ーー自分も相手も受け入れる寛容さ……それはすごくヨガにも通じるところがあるように思えます。
「まさに、多民族国家なインドでは多様性を寛容に受け入れる国民性を感じますが、ヨガもインド発祥。自分も大切にしながら、相手の異なる考え方も尊重していく、という精神が根付いているんでしょうね。プロジェクト名の『NO PROBLEM』も、インド人が口癖のように使うことから命名したんです。ちょっとしたキズやムラがあったり、他とはちょっと違っていてもいいじゃない、『No Problem!』だよ、と。そう思うと頑なな心も、寛容で前向きな気持ちになれる。プロダクトだけでなく、いろんなことに対してそんなマインドでいられたら、きっともっと楽しくなるんじゃないかなって。これからもNO PROBLEMプロジェクトを通して、そんな心もお届けしていきたいなと思います」
Profile
NO PROBLEM COMMITTEE/小沢朋子さん
2013年「VISION GLASS JP」サイトを立ち上げ、2015年からはビジョングラスのB品(NP品)を定価で販売する「NO PROBLEM」プロジェクト活動に従事。「食べるシチュエーションをデザインする」をコンセプトにしたケータリング事業「モコメシ」も手掛け、雑誌へのレシピ提供、執筆、メニュー開発などで活躍中。著書に『モコメシ おもてなしのふだんごはん』(主婦と生活社)など。
NO PROBLEM COMMITTEE
機能的に問題ないB品を「問題なし!」として定価販売するプロジェクト。展示会やイベント出店、B品をNP品(NO PROBLEM品)として販売する「NO PROBLEM store」などを企画開催。
※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。
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