体重計の数字でその日の"幸せ"が左右されていた時代を経て、今|連載 #Am I Fat? ヨガ講師のぐちかなこさん
「Am I Fat?」——私は太っていますか? あなたは自分の体を、太っていると思いますか? それとも、太っていないと思いますか? そもそも、その基準は誰が決めたのでしょうか。プラスサイズ女性を被写体に撮り続けてきた写真家のPokoが、さまざまな女性たちの体とその体にまつわる物語を通して、私たちが当たり前のように受け入れてきた「体型の価値基準」を問いかける連載。初回は、ヨガ講師ののぐちかなこさん。体と向き合うことを職業とする彼女が今、自分の体に思うこととは。
「自分じゃない誰か」になろうとするから、苦しい
Poko: のぐちさんが「自分の体型だからこそ、伝えられることがある」というふうに考え方が変わったきっかけは、何だったんですか?
のぐち: きっかけ、というほど明確な出来事があったわけではないんです。最初は本当に、「こうであるべき」というものを自分で決めつけていました。ヨガの先生だったら、ちゃんとした体型でいなければいけない。痩せていなければいけない。そう思っていろいろ頑張っていたんですけど、どう頑張っても体型というか等身は変わらないわけですよ。
もっとちゃんとしなきゃと思っても、やっぱり変わらない。
そこで、自分の力で変えられるものと、変えられないものがあるよね、とシンプルに思ったんです。例えば、お天気を自分の力で変えることはできないじゃないですか。それと同じように、自分の体にも、どう頑張っても変えられない部分がある。だったら、そこにばかり目を向けるのではなくて、自分にできることを考えた方がいいんじゃないかと思うようになりました。
実は、これは自慢なんですけど、私、今のヨガスクールに再入社してから2年ほど経つんですが、ずっと顧客満足度で最優秀の評価をいただいているんです。そこは、ちょっと嬉しいなと思っていて。
Poko: それはすごいですね。ちなみに、そういうふうに考え方が変わったのは、ヨガを教え始めてどれくらいの頃だったんですか?
のぐち: ヨガスクールで講義を始めて、苦しさを感じるようになってから、半年くらいだったと思います。
Poko: じゃあ、結構早い段階で気づいたんですね。それまでは、どうにもならないものに対して、ずっと闘おうとしていたということですよね。
のぐち: そうだと思います。自分じゃないものになろうとしていたんです。自分じゃない、もっと素敵な誰かにならなきゃいけないと思っていた。でも「あの人みたいになりたい」と思い続けていると、やっぱり苦しいんですよね。
当時、すごくスタイルのいい先輩もいましたし、小柄でかわいらしい先生もいました。でも、私が大好きだったのは、どちらかというと、ちょっとふっくらした体型の先輩だったんです。その方のレッスンが本当に大好きで、休みの日にも朝から晩までレッスンを受けに行って、参考にさせてもらっていたくらいで。今思うと、その先生の存在も、何か気づくきっかけになっていたのかもしれません。
Poko: 逆に言えば、今はのぐちさん自身が、誰かにとってそういう存在になっているということですよね。
のぐち: そうだったら嬉しいですね。
私もヨガフェスタなどのイベントに出させていただくことがあるんですけど、そういう場所に私のような見た目の人がいることで、「こういう先生もいるんだ」と思ってもらえたらいいなって。これからヨガを始めようとしている人や、インストラクターを目指している人たちにとって、何かのきっかけになれたら嬉しいです。年齢もそうですよね。
Poko: 確かに、細くて若い先生ばかりだったら、「ここは私の世界ではない」と感じてしまう人もいるでしょうしね。
のぐち: 今の私の見た目だからこその説得力というか、何か伝えられるものがあったら嬉しいなと思います。
昔は本当に、自分の体が大嫌いだったんです。この体型が嫌で嫌で、恨んでいるというか、呪いのように感じていたというか。もう切り取ってしまいたいと思うくらいでした。
でも今は、そんなふうには思わない。この体だからこそ、私が今世で何か伝えられることがあるんだろうな、何か役割があるんだろうなと思えるようになったんです。
もちろん、これから太ることも痩せることもあると思います。でも、どちらにしても、ご機嫌で生きていけたらいいですよね。
Poko: それは、よく言われるセルフラブにもつながる話ですよね。自分ではない誰かにならないと自分を愛せない、という状態から、今の自分を愛するという方向に変わっていったんですね。



自分の体が嫌いだった頃は、人に触れられることも嫌だった
のぐち: 自分の体が大嫌いだった頃って、人に触れられることがものすごく嫌だったんです。見られることも嫌だったんですけど、それ以上に、触れられることが嫌だった。自分の体をみっともない、醜いと思っていたので、その体に誰かが触れることが耐えられなくて。そういう時期が、結構長かったんですよね。
Poko: それは、家族や親しい友人であってもですか?
のぐち: そうですね。家族であっても、ちょっと苦手なところがありました。すごく仲のいい友達でも、急に肩を抱かれたり、ハグされたりすると、ビクッとしてしまうことがあって。それを口に出して言うことはなかったんですけど、根本のところにずっとそういう感覚があったんです。
だから、逆に自分から人に触れることも怖かった。「この人も嫌なんじゃないか」と思ってしまうんです。自分が自分の体を嫌だと思っているから、相手も同じように嫌だと思うかもしれない、と。
Poko: 自分の体に対する嫌悪感が、他者との身体的な接触にも影響していたということなんですね。
のぐち: そうですね。
Poko: 僕もぽっちゃりした女性を撮影していて、似たようなことを感じることがあります。
撮影した写真を見て、「自分は太っていて嫌だったけど、こうして見ると結構いいなと思いました」と言ってくださる方もいる一方で、僕が一生懸命撮影して、いい写真が撮れたと思っていても、「やっぱり私ってデブですね」「目が細いですね」「私ってこんなに大きいんですね」と言われることもあって。
そう言われると、僕もちょっと傷つくんですよね。自分を否定することが、結果的に他人を傷つけてしまう場合もあるのかもしれないなと思います。
自分の体を受け入れたことで変わったこと


のぐち:今は 「触れられたくない」「触れたくない」という感覚がだいぶなくなりました。それで、具体的にすごく嬉しいのが、子どもたちとの触れ合いなんですよね。
私には子どもが3人いるんですけど、例えば、娘とバスに乗っていて、私が先に降りるときに「じゃあね」ってポンポンとタッチする。そういうことが、今は何の違和感もなく自然にできるんです。それが私にとっては、すごく幸せなことなんですよ。自分の体に対する嫌悪感がなくなっていくことで、誰かに触れる幸せを感じられるようになった。それが日常をすごく穏やかに、幸せにしてくれているなと思います。
Poko: ちょっと乱暴な言い方かもしれないですけど、体というものが、ある種「心の道具」なのだとしたら、その道具を好きなのか嫌いなのかで、使うことが楽しいかどうかも変わってきますよね。自分の体を好きだと思えたら、その体を使うことも楽しくなる。すごく健康的というか、前向きな変化ですよね。
のぐち:そう思います。ヨガのレッスンには、ハンズオンアジャストメントといって、生徒さんの体に触れながらポーズを導く手技があります。もちろん、触れられることが苦手な方もいるので、必ず事前に確認するようにしています。
でも、昔は私自身が人に触れることも、触れられることも苦手だったから、レッスンでもなかなかハンズオンができなかったんです。コロナ禍で人に触れずにレッスンすることが当たり前になったときは、正直ほっとした部分もありました。でも、今は触れることで伝わることもあるんだと思えるようになりました。
Poko: それも、自分の体に対する気持ちがポジティブに変化したことで生まれた変化なんですね。自分の体を受け入れることが、他人との関係にも影響しているというのは、すごく大きなことですよね。自分の体を愛することが、結果的に他人のことも幸せにしているというか。

体重計の数字でその日の幸せが決まっていた時代を経て
のぐち: 昔は、本当に体重を気にしていました。朝、体重計に乗って、その数字で今日が幸せかどうかが決まる。数字が少なければ嬉しいし、増えていたら落ち込む。でも、体重って永遠に減り続けることなんてないし、そもそも体って変わっていくものじゃないですか。
Poko: 体重が永遠に減り続けたら、体がなくなっちゃいますからね。そう考えると、体重計の数字でその日の幸せが左右されてしまうのって、すごくもったいないことですよね。
のぐち: そうですよね。バレエをやっていた頃から、ずっと数字に左右されてきました。「その体でバレエをやっているの?」と言われたり、細いことが正しいとされる世界で評価されてきたり。高校生のときに怪我をしたのですが、そのとき、運動が一切できなくなったから当然ながら体重が増えてしまったんですね。久しぶりにレッスンに復帰した時の、みんなからの「うわ〜太ったね」「やっちゃったね」っていう冷ややかな視線は今でも忘れられないです。
Poko:僕が以前聞いたことがあるのは、アメリカのアメフトプロリーグのチアリーダーの衣装は、ワンサイズしかないのだそうです。だから、人間のサイズに衣装を合わせるのではなくて、人間がその衣装のサイズに体を合わせていくという考え。それって、ある意味、工業製品のような考え方ですよね。正しい形があって、そこに合わせた人を量産するような発想というか。ちょっと非人間的なところも感じますよね。
のぐち: バレエには理想とされる形があって、身長も、見た目も、足の形も、すべてに基準があります。バレエの場合は伝統芸能という側面もありますから、日本でいう歌舞伎のように、決まった様式があるということなのかもしれませんが。
Poko: 昔のモデル業界もそうでしたよね。身長が高くて、頭が小さくて、細くて、何頭身もあるような人が理想とされていた。それ以外の人は、最初から排除されてしまう。そういう意味では、今は少しずつ変わってきていますよね。
痩せたことを褒められても、嬉しくなかった
のぐち: 最近いろいろなことがあって、今の私は、自分としてはかなり痩せている状態なんです。本来は、今より5キロくらい重いのが私の普段の体重なんですけど、精神的にちょっと大変な時期があって、5キロくらい減ったんですよ。決して、いい痩せ方をしたわけではなかったんです。
でも、スタジオでお会いする方からは「痩せましたね」と言われるんですよね。しかも、褒め言葉として。私は自分では、あまりいい状態で痩せたとは思っていないので、「ああ、やっぱり痩せることはいいことなんだな」と感じました。

Poko: それは、何歳くらいの方から言われることが多いんですか?
のぐち: 50代くらいの方でしょうか。スタジオには50代、60代の方も多いので。久しぶりに会った人からも、「あれ、痩せたね」と言われることがあったんですけど、言い方は人によって全然違いました。
心配そうに言う人もいれば、すごくいいことのように言う人もいる。私のことをよく知っている人は、普段の私がもう少しふっくらしていることも知っているので、ちょっと心配そうに「大丈夫?」という感じで声をかけてくれるんです。
Poko: 痩せたことが、必ずしもいいこととは限らないですからね。
のぐち: そうなんです。
今は精神的にも落ち着いて、体も心も元気になりました。体重はそのまま戻っていないんですけど、今は健康なので、まあいいかと思っています。また変わっていくかもしれませんしね。
撮影のために体を変えなくていい、という喜び
のぐち: 私、今日の撮影もすごく楽しみにしていたんです。というのも、これまで撮影というと、どうしても「痩せなきゃ」と思っていたんですよ。撮影が決まると、それまでに体型を整えなければいけない、少しでも細くならなければいけない、というプレッシャーがあったんです。
でも、今日はそういう気持ちがまったくなかった。痩せなきゃいけないとも思わなかったし、今の自分の体のままで撮ってもらえることが、すごく楽しみだったんです。
Poko:それは嬉しいですね。撮影のために痩せなきゃいけないというのは、ある意味、変化を強要されることでもありますからね。こうでなければいけない、という枠に自分を当てはめることになる。でも、本来、写真に写るために自分を変える必要なんてないはずなんです。今の自分のままで、写真に写っていい。今回の撮影が、そう思える機会になったのなら、僕もすごく嬉しいです。



撮影を終えて
のぐちさん
今回のインタビューで、これまでずっと蓋をしていた想いを真っ直ぐにきいていただきながら、その時その時のことを思い出して少し泣きそうになりました。それは悲しいからではなくて、初めて本当の気持ちを、笑いにもせず、ごまかさず、言葉にすることができたから、でした。
そして、肩書きも、ポーズや体の形も手放して、"わたし"のまんまで撮影していただいたことが、とても楽しかったです!
Pokoさん
僕は普段、商業カメラマンを生業にしているのですが、商業写真には、様々な修正が入ります。
被写体が女性であれば、シワやシミを消したり、場所が公園であれば、人を消したり、被写体がアイドルやタレントであれば、目を大きくしたり脚を伸ばしたり。
ですが、今回、僕は一切の修正をしませんでした。
それは、のぐちかなこさんが僕のカメラの前で、何ものからも自由でいて、そのありのままの姿が、何よりも美しいと感じられたからなのでした。
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