「乳がんになった私」が、私のすべてではない。ケリー・リカさんが語る、診断から4年の現在地
日本人女性の9人に1人が生涯で乳がんにかかり、がん全体では約2人に1人が生涯で一度は罹患するといわれる時代。病気は、決して特別な誰かだけのものではない。では、もし自分ががんと診断されたら、その先の人生をどう生きていくのだろうか。乳がんを経験して約4年。ヨガ講師のケリー・リカさんは、今、病気の先にある人生を見つめている。病気によって変わったこと、変わらなかったこと。そして、限りある人生を自分らしく生きることについて話を聞いた。
2022年に乳がんと診断された、ロサンゼルス在住のヨガ講師ケリー・リカさん。現在はロサンゼルスでヨガを指導しながら、日本に向けたオンラインクラスやリトリートも開催している。乳がん経験者のためのウェルネスヨガコミュニティを主宰し、ヨガジャーナルオンラインとの共同企画も行っているほか、乳がん経験からウェルネスを考えるイベント「Meetup for Wellness」の総合プロデューサーも務める。
乳がんの診断から約4年。さまざまな挑戦を重ねてきた彼女だが、その歩みは決して「病気になったから人生が素晴らしくなった」という単純な物語ではない。病気になる前から続いていた自分自身との向き合い方、乳がんを経験して変わったこと、そして変わらなかったこと。リカさんに、この4年間を振り返ってもらった。

「まだ人生を楽しみたい」。乳がんを経験してからの4年間
――リカさんが乳がんと診断されてから約4年が経ちました。振り返ってみて、どんな時間でしたか?
一言で表すなら、「貪欲に生きてきた時間」だったと思います。
乳がんを経験したことで、初めて「自分は死ぬかもしれない」ということが現実として見えた瞬間がありました。それまでは、自分の人生がいつ終わるのかなんて、具体的に考えたことがなかったんです。でも、もしかしたら今年かもしれないし、来年かもしれない。明日かもしれない。人生の終わりが見えたとき、逆に「生きること」に強く目が向くようになりました。今、生きている自分がやりたいことを一つずつ積み重ねていったら、結果的に今のようになっていた、という感じです。
実は、乳がんになる前の方が、人生に苦しさを感じていた時期もありました。周囲の期待や人からどう見られるかを気にして、自分が本当はどうしたいのかを後回しにしていたんです。
アメリカに渡り、ヨガに出会い、少しずつ自分で人生を選ぶ楽しさを知りました。ようやく人生っておもしろいなと思えるようになった。そんなときに乳がんと診断されたんです。
人生を、一皿ずつ丁寧に味わいたい
――病気を経験して、価値観や大切にしたいことに変化はありましたか?
大きく変わったのは、時間に対する感覚ですね。以前は、人生の時間が無限にあるような感覚でした。なんとなく、この先もずっと生きていくんだろうと思っていたんです。でも、乳がんになって、そうではないと気づきました。
日本で暮らしていた頃の私は、やらなければいけないことや、人からの期待に応えることばかり考えて、自分の人生を味わう余裕がありませんでした。アメリカに渡り、ヨガを学ぶ中で、そうした思考の癖を少しずつ手放し、自分の人生を楽しめるようになってきました。でも、その頃もまだ、人生の時間には限りがあるということを、実感として捉えてはいなかったんです。
乳がんになって初めて、自分の人生がいつか終わるということを、現実として意識するようになりました。だからこそ、今あるものを一つひとつ、もっと丁寧に味わっていきたいと思うようになったんです。
人生を食事に例えるなら、ビュッフェのように「あれもこれも!」「もっと楽しもう!」と気持ちを煽られるよりも、フルコースのように一皿ずつ丁寧に味わっていきたいという感覚です。新しいことを経験したいし、まだ見たことのない世界も見てみたい。でも、ただ経験を増やすのではなく、そのときの景色や気持ち、一緒にいる人との時間もちゃんと味わっていたいんです。
――反対に、変わらなかったものはありますか?
病気になっても変わらなかったのは「好奇心」ですね。
私はもともと、新しいことを知りたい、やってみたいという気持ちが強いんです。新しい場所に行けば、今まで見えなかった景色が見える。何かを始めれば、知らなかった人に出会える。行動することで、自分の世界が広がっていく。その楽しさを知っているんですね。それは、乳がんを経験しても変わりませんでした。
「私の人生は最高だった」と思えるように。パイロットへの挑戦
――乳がんを経験してからの挑戦の一つに、パイロットのライセンス取得があります。病気の経験が、その原動力になったのでしょうか?
そうですね。ただ、乳がんになったから突然パイロットになりたいと思ったわけではないんです。以前から関心はあったけれど、自分には無理だろうと、勝手にハードルを作っていたところがありました。
きっかけは、知り合いの女性パイロットとの偶然の再会でした。彼女から「やってみたら? 全然できるよ」と言われて、まずは体験飛行に行ってみたんです。数百ドルかかりましたが、自分への誕生日プレゼントにしました。
でも、その後は、まだ子どもも小さいし、費用も高いし、仕事も忙しいなどと考えて、なかなか踏み出せずにいたんですね。そうしたら、しばらくしてまた偶然その女性に会ったんです。そのときに「ああ、もうこれはやれってことなんだな」と思いました。
私はもともと、何でもすぐに行動できる人間だったわけではありません。今までやりたいと思いながら抑えてきたことが、自分の中にずっとたまっていたんです。その熱量が積み重なって、あるとき行動につながったのだと思います。
実際、パイロットの勉強は大変でした。でも、学ぶこと自体はとても楽しかったんです。自分が知らなかったことを教えてもらって、今までできなかったことができるようになる。そうすると、自分の可能性が広がっていきますよね。
私は、自分の人生をもっと良くしたいと思っています。それは社会的に成功したいという意味ではありません。
死ぬときに「私の人生は最高だった」と思って死にたいんです。
そのために、新しいことを学んだり、挑戦したりすることは、私にとってとても楽しいことなんです。試験では精神的に大変な場面もありましたが、ヨガを通じて学んできた、自分の心を整える方法が役に立ちました。

乳がんという経験を、どう受け止めるかも自分で選びたい
――今、乳がんという経験を、ご自身の人生の中でどのように受け止めていますか?
最近は、がんというものを、以前ほど特別視しなくなってきたように感じています。自分の人生の延長線上に、がんという経験が自然に収まってきたというか。がんという大きな波が、自分の人生の中で少しずつ落ち着いてきたのかもしれません。
以前は私も「キャンサーギフト」という言葉を使っていました。でも、4年が経った今、少し考え方が変わってきたんです。
がんを経験したことで得た気づきや出会いは確かにあります。でも、それを必ずしもギフトと呼ばなくてもいいのかなって。
ギフトだと思う人がいてもいいし、そう思わない人がいてもいい。大切なのは、その経験をどう受け止めるかを自分で選べること。
そして、乳がんを経験した私も、乳がんだけが私のすべてではありません。病気を経験する前から持っていた好奇心も、これから挑戦したいことも、変わらず私の中にあるんです
私自身、がんとの向き合い方には段階があると感じています。告知されたときはもちろん大変ですし、治療が終わってからのほうがつらかった部分もありました。でも、そうした時期を経て、少しずつ自分なりの対処法を身につけてきました。今は、がんを経験したことだけにとらわれず、その先の人生を見ています。
一方で、私は乳がん経験者のためのコミュニティを主催する立場でもあります。今まさに治療中の方や、苦しい思いをしている方を支えたいという気持ちは変わりません。だからこそ、自分自身が感じている変化を、どう皆さんに伝えていけばいいのか、考えているところでもあります。
乳がんになったからといって、それまでとは違う自分にならなければいけないわけではありません。その人には、それまで生きてきた人生があって、もともと持っている個性や魅力がある。病気を経験したからといって、それが失われるわけではないんです。
私はヨガのクラスでも、乳がんコミュニティでも、ずっと同じことを伝えてきたつもりです。必要なときには助けを求めてほしい。そして、自分に余力があるときには、その力を誰かのために使ってほしい。最初は周りの人に支えてもらっていた人が、今度は別の誰かを支える側になる。そんな循環が生まれる場所にしたいんです。もともとやりたかったことに挑戦してもいいし、今は力が弱くなっていると感じるなら、コミュニティの力を借りて、少しずつ取り戻していけばいい。
その人がもともと持っていた可能性や、人生の選択肢を広げられる場所でありたいと思っています。病気になったから新しい自分にならなければいけないのではなく、今ある自分を大切にしながら、その先の人生を生きていく。今は、そんなことを考えています。
自分の人生の運転手は、自分自身。今あるものを丁寧に味わう
――病気を経験した人も、そうでない人も、人生には思いがけない出来事が起こります。自分らしく生きるために、今、大切にしていることは何でしょうか?
今あるものを、一つひとつ丁寧に積み上げていくことですね。私には大切な家族がいて、仕事があって、コミュニティがある。健康も大切だし、遊ぶことも、旅行することも大切。そういうものを、一つひとつ丁寧に味わっていきたいんです。
私はもともと、何でも一生懸命やりすぎて、つい生き急いでしまうところがあります。だから、ヨガを通じて、その心の癖を整える練習をしています。そのために大切なのが「間を作る」ということです。
一度立ち止まって、呼吸をして、自分が今、何を大切にしたいのかを考える。今日は息子との時間を大切にしよう。今日は料理を頑張ろう。でも、今日は料理をしたくないから、しなくてもいい。そんなふうに、自分の気持ちを確かめながら、一つひとつを味わう練習をしています。
人生には、そんなにたくさんのものがなくてもいいと思うんですよ。華やかなものがたくさんなくても、今あるものに目を向ければ、そこに喜びを見つけられるかもしれない。でも、私たちはつい人と比べたり、誰かを羨ましく思ったり、自分にはできないと思ったりしてしまいますよね。
私だって、いつも心が整っているわけではありません。今でも乱れることはあります。でも、大切なのは、そんな自分に気づいて、どうすれば整えられるのかを考えることなんです。
自分の人生の運転手は、自分自身です。だから、その運転手である自分をトレーニングして、自分が行きたい方向に進めるようにしていく。そうすると、少しずつ選択が変わって、見える景色も変わっていくんです。
私はこれからも、日々成長していきたいと思っています。それは、乳がんを経験していても、していなくても同じです。
例えば、自分が本当は赤い色の人生を生きたいと思っていたとします。でも、乳がんを経験したことで、赤い色にはできなくなってしまうこともあるかもしれません。それは現実としてあると思います。
でも、赤じゃなくても、ほかにも色はたくさんあるじゃないですか。だったら、その中から別の色を選んでいけばいい。
今、私が見ているのは、乳がんのその先にある人生です。病気を経験したことで、できなくなったことや、変わってしまったこともあるかもしれない。でも、それだけが私の人生ではありません。
これからも試行錯誤しながら、自分の人生をちゃんと生きていきたいと思っています。
Profile|ケリー・リカ

アメリカ・ロサンゼルス在住のヨガ講師。全米ヨガアライアンス認定RYT500を保有し、リストラティブヨガなどを取り入れながら、幅広い層にヨガを指導している。
2022年にステージ3の乳がんと診断され、治療を経験。その経験を通して、心と体のウェルネスについての活動にも力を注ぐようになる。
現在は、ヨガジャーナルオンラインとともに立ち上げた「乳がん経験者のためのウェルネスヨガコミュニティ」を主宰。ヨガやリトリートを通じて人々がつながる場をつくるほか、イベント「Meetup for Wellness」の総合プロデューサーも務める。日本に向けたオンラインクラスも開催している。
*「乳がん経験者のためのウェルネスヨガコミュニティ」は、乳がんを経験した方が心とからだをいたわりながら、安心してつながれる場所です。月に一度のヨガやオンラインお茶会、オープンチャットでの交流などを行っています。参加費は無料。活動内容や参加方法については、こちらをご覧ください。みなさまのご参加をお待ちしています。
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