【がんサバイバー体験談】悪性リンパ腫と闘う4児の母。西洋医学への疑問と、葛藤の末に掴んだ「自分なりの正解」

【がんサバイバー体験談】悪性リンパ腫と闘う4児の母。西洋医学への疑問と、葛藤の末に掴んだ「自分なりの正解」
AdobeStock
北林あい
北林あい
2026-10-31

血液がんの一種である悪性リンパ腫、そのなかでもアグレッシブな「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」に罹患した祢冝田満代(ねぎたみつよ)さん。その後は病名が変わる事態や度重なる再発、甲状腺がんにも罹患。医療への不信感を募らせながら、どのように自分にとっての治療の正解にたどり着いたのか、9年間の軌跡を語っていただきました。

Google Newsでヨガジャーナルの記事が見つけやすくなります

Googleに登録する
広告

ゆらぐ病名、再発…、失われた信じる気持ち

― 祢冝田さんは、2015年に「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)」と診断されますが、再発時にDLBCLではなく「濾胞性リンパ腫(FL)」の可能性があると言われ、予定していた自家移植をやめる決意をしました。それだけでも予想外の展開ですが、2017年に甲状腺がんを発症して手術、2023年には二度目の再発。治療については「紆余曲折だった悪性リンパ腫の治療」の記事で詳しくお話いただいていますが、一連の出来事をどう受け止めましたか?

FLの可能性を指摘され、もしFLならこのタイミングで自家移植をする必要がないと主治医に言われたので一旦治療をやめて、無治療で4カ月間過ごし改めて生検をしました。

しかし病名は確定せず、FLと仮定して放射線治療を行いました。そのときは医師が言う通りに治療すれば病気は治るものと信じ切っていたので、これだけ医療が発達しているのに病名さえ確定せず、何を信じていいのかわからなくなり失望感が大きかったです。

― 信頼がゆらぐと治療に迷いが生じそうです。

そうですね。2017年に甲状腺がんに罹患したこともあり、「なぜ私は、こんなにがんになるんだろう」と思い、西洋医学以外にいい治療法はないかと考え、東洋医学にシフトしていきました。

本音を言うと東洋医学の知識があって方向転換したのではなく、つらい抗がん剤治療から逃げたかったんです。たとえば山に登ればがんは治ると言われたら、そのほうが楽だし、じゃあそちらを選ぼうという本当にダメな患者でした。

患者
二度目の再発前、憧れだったヨガの世界で指導者に。

また甲状腺がんの手術をしたあと、ヨガ哲学やヨガをしている人たちに憧れてインストラクターの資格を取りました。

憧れの人たちがやっているものはきっといいはず、本来は健康維持としてやっていることを「これでがんが治る」と思い込み、憧れの世界の人たちが実践していた食事療法や自然療法にのめり込んでいきました。

― どんな健康法を実践しましたか?

玄米菜食やマクロビオティック、ローフードなどの食事療法、植物の葉などを体に貼り痛みを緩和すると謳う自然療法など、あらゆることをやりました。

今になって冷静に考えると、それで痛みがなくなる可能性は低いとわかるけど、当時は鎮痛剤が体に悪くて、自然由来のものは体にいいと決めつけていたので、本当は効果が少なくても楽になる気がしていました。

正解が欲しくて、周りの声に流されていったあの頃

― 冷静になった今、当時の心理状況をどう振り返りますか?

罹患したのが血液がんなので、血は受け継ぐもの、先祖を大切にしないからがんになった。やりたいことを我慢して生きてきたのがいけないなど、周りからいろいろな言葉を掛けられました。

頭ではそんなはずはないと思っても、心のなかで原因探しをしてしまい、家族に優しくできなかった過去の些細な出来事に意識がフォーカスしていくんです。

そして「あの人が言うことも一理あるな、私の心の持ち方がいけなかったんだ。我慢が重なったからがんになった」と、今までの生き方や考え方と、がんになったことを結びつける思考にどっぷりハマっていました。

また食事療法をして体調が悪くなったとき、それは好転反応だと言われると納得してしまうんです。当時は自分の心に蓋をして外からの言葉や情報で物事を選択し、正解を書き換えていたと思います。

誰かのフィルターを通さず、自分の中から正解を見つけて

― 三度目の再発で命の危機に直面し、一度は拒否した自家移植を受け入れました。しかし移植前の抗がん剤が効かず、最後の手段としてCAR-T細胞療法という当時の最新治療に移行することに。東洋医学から再び西洋医学に戻ることに抵抗はなかったですか?

確かに抵抗はありました。ヨガの生徒さんの間でがんを乗り越えたインストラクター、というイメージが独り歩きしていたので、ヨガをやっているのに再発したとは言えない時期もあって。

自家移植を選んだときは、治療に批判的な人たちから「そこまでして生きたいのか」と言われたこともありました。

CAR-T細胞療法については、治療の説明書きに「遺伝子改変」の文言を見つけ、遺伝子組み換え大豆も食べないのにこんな治療は受けたくないと、間違った知識から一度は治療を拒否。この治療法を選ぶ自分を許せない気持ちになりました。

― それでもCAR-T細胞療法を選ぶに至った経緯とは?

無菌室に入ったときSNSを見るのを一切やめたんです。それは情報と距離を置くためだけではなく、元気な人を見るとどうせ私は、とやさぐれてしまうから。

自分の心を守るためでもありました。外とのつながりを断ち切って自分のなかで何が起こったかというと、「生きたい」という思いが立ち現れてきたんです。

東洋医学、西洋医学のどちらが正しいかという基準ではなく、生きるための手段としてCAR-T細胞療法を選んだという感じです。

選択
病室の窓の手すりにとまった4羽の鳩を見たとき、4人の我が子が浮かび「絶対に生きたい」とCAR–T細胞療法を選択。

― 治療の選択に迷っている人に、ご自身の経験から伝えられることはありますか?

180度、あるいは90度くらいしか周りが見えなくなると、その範囲内でよしとされる価値観がすべてと思い込みがちです。大切なのは、視野を360度広げて物事を見ることです。あとは、どちらか一方を正解にしなくていいと私は思います。

その時々でゆれながら知識を得て、考えて、最後は自分がどう生きたいかを自ら選び取り、その選択を自分の言葉で伝えることが大事。

誰かのフィルターを通した正解ではなく、「私はどうしたいか」と自分の心に聞いて最善の選択をしてほしいです。

お話しを伺ったのは・・・祢冝田満代さん

2015年、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫に罹患し、三度の再発と余命宣告乗り越える。2017年には甲状腺がんに罹患。4児の母であり、発症後にヨガインストラクターの資格を取得し指導。現在は引退しホームページを通してがん情報とつながるための活動を行う。東海地区がん交流ナビ http://tunagarecancercafe.wixsite.com/tunagare-cancer-nav

Google Newsでヨガジャーナルの記事が見つけやすくなります

Googleに登録する
広告

RELATED関連記事

Galleryこの記事の画像/動画一覧

患者
選択