他の子と比べる母の言葉は「呪い」だった『林檎の国のジョナ』作者松虫あられが語るルッキズムとの闘い
『林檎の国のジョナ』(双葉社)の主人公・加藤アリスは外見コンプレックスを抱えていて、母親との関係に息苦しさを感じています。埼玉を離れ、祖母が住む青森で、りんご農家の青年・正市(まさいち)と出会います。美しい容姿を持つ正市ですが、彼にもまた別のコンプレックスがあるのです。作者の松虫あられさんに、作品誕生の背景や、テーマである「満たされなさ」、ルッキズムとの向き合い方、母親と娘の関係性の描写について伺いました。
作品のテーマは「満たされなさ」
——作品誕生の背景を教えていただけますか。
私は服が好きだったので、当初は服の話を描こうと思っていたんです。当時の担当編集の方から「かわいい服をどこか田舎で着ていたらおもしろいのでは」とアドバイスをいただいて、思いついたのが夫の実家がある青森でした。田舎なのでちょうどいいかもしれないと思い、青森を舞台に描き始めました。
ちょうどそのころ、私自身が子どもの頃からの過食症なのではないかと悩み、病院に通い始めた時期でもありました。小さい頃は食べられるものが少なくてガリガリだったのですが、小学校高学年の頃からよく食べるようになって、周りの子より体が大きくなっていきました。「おいしい」というより、「隙間が空いたら入れる」という感覚だったのですが、精神的なことが影響しているかもしれないと考えるようになったのは30代になってからでした。「自分の満たされないことによって過食をしてしまうのでは」と気づき始めて、「満たされなさ」を作品のテーマにしようと決めた、という流れです。
——アリスと正市という2人のキャラクターは、そのテーマからどう立ち上がっていったのでしょうか。
アリスには、自分自身の悩みと、多くの人が抱えるルッキズムの悩み、その両方を反映させました。私自身、友達同士でも、はっきり口には出さないものの、外見を比べ合うようなことは実際に経験してきたので、1巻でも「今、他人と比較している」と自覚するシーンを入れています。外見に関する自分の中の負の部分を表に出したキャラクターなので、描き始めの頃は正直しんどかったですね。
正市に関しては、私自身に重なる経験は特になくて、アリスと対比になるキャラクターがほしいと思って組み立てました。「見た目が良いことによって苦労するキャラクター」を考えていたときに、たまたまテレビで「イケメン俳優」と扱われている人が箸の持ち方を「イケメンなのに残念」と言われている場面を目にしたんです。顔がかっこいいことと、箸を上手に持てることは直接関係ないのに、こうやって勝手に期待をかけられるんだと気づいて。そういった体験談を集めながら組み立てていきました。
「痩せたら幸せになれるのか」という疑問
——松虫さんご自身は外見コンプレックスにどう向き合ってきたのでしょうか。
自分が体型に悩んでいたときに、「痩せたら本当に幸せになるのか」「痩せたら満たされるのか」という疑問が湧いてきたんです。たとえばSNSを見ていると、モデルや美容系のインフルエンサーとか、外見を売りにして発信しているわけではない一般の方々が、楽しそうに自分の写真をアップしていますよね。それを見て、「私はこれができない」と思ったんです。日頃からやりたいと思いながら躊躇っているわけではないのですが、ふと見たときに「自分にはできない」と気づいた。もし理想の納得できる見た目になれたとして、それで満足するのかなという疑問があったんです。
だからまず、写真に写っている自分を見て「これが自分」と思えるようになりたい、と考えるようになりました。第4話に、正市が急にアリスの写真を撮って、それが意外と良い感じというシーンがあります。そうやって写った自分を見て、少しずつ自分の肯定に繋げていくことを意識しているところです。とはいえ、受け入れられるときもあれば「あ、嫌だな」と思うときもあって、まだその間を行き来している感じです。そこで「これが自分だな」と落としどころをつけられるかどうかだと思うんです。「見たくない」という感覚のままではいたくない、という思いが自分の中にあって、「とりあえずはいっか」と思える状態になりたいんですよね。
——今、外見コンプレックスやルッキズムとはどのような距離感で付き合っていますか。
写った自分を何度も見てみたり、顔はしっかり出せなくてもネイルの写真くらいはあげてみたり、小さいことを試しています。あとは自分の長所を伸ばすことも意識しています。私は天然パーマなのですが、「もう少し天パを極めるか」といった感じで。本当にまだ試行錯誤の段階ですが、「こうしたら認めていけるかな」と、日々考えながら向き合っています。
誰かと比べて落ち込む瞬間ももちろんあります。自分の中にルッキズムのフィルターを植えつけた様々な要因の一つに母の言葉がありますが、小さい頃から言われていた「○○ちゃんは脚が細いよね」といった見た目を比べるフィルターは、まだ自分の中に残っている呪いのようなものだと思っていて。その呪いをどうやって小さくしていくかは、今も自分の中で闘っている最中です。
母親の「満たされなさ」を娘が満たしていた
——アリスと母親の関係の描写も作品の大きな軸になっています。
アリスの母親の描写は私の母親の言動と重ねています。作品でも描いているように、うちの母はものすごくボリュームのあるご飯を「しっかり食べなさい」と勧めながら、「脚が太い」とからかってくるところがありました。母は若い頃「かわいい」ともてはやされていたタイプだっただろうと思います。当時人気だった芸能人のようなファッションをしていて、イケていた時期があったからこそ、はっきり口には出さなくても、自分の娘が「イケていない」ことが嫌だったのだと思います。「娘が太ったのは自分のせいじゃない」と思いたかったのではないかと。
母は子育てにほぼ一人で向き合っていて、周りに頼れる人もあまりいませんでした。そうすると家族の世話にかかりきりになることがアイデンティティになっていって、娘に手の込んだ料理を食べさせることが役目のようになっていた。もともと食べられるものが少なかった私が食べられるようになると、「これも食べなさい」と次々に出してくるので、あっという間に体重は増えていきます。今から振り返れば「母の満たされなさを私が満たしていた」という構造だったのだと思います。
実家を出て自分の食べたいものを食べるようになって、しばらくは子どもの頃のことも忘れていました。その後、結婚してまた実家の近くで暮らすようになったのですが、私の家で母と大喧嘩したことがあったんです。母が帰った後、涙を流しながら気づいたらお菓子を探している自分がいたんです。「今までこうやって満たされない気持ちを満たしていたのか」と、そこで初めて自覚しました。自分の満たされなさは環境と関係していることに気づいたんです。
——正市の姪っ子で小学生の姉妹である萌菜と菜知も、周囲の大人が萌菜のことだけ外見をほめるシーンがあります。
大人が子どもの見た目に気軽に言及する場面って本当によくあると思っています。どちらか片方だけを「かわいい」と褒めれば、褒められない側が生まれてしまう。大人から無自覚にフィルターを通して見られることの弊害を、この二人で描きたいと思います。
※後編に続きます。
【プロフィール】
松虫あられ(まつむし・あられ)
リイド社トーチWebにて「自転車屋さんの高橋くん」、双葉社Webアクションにて「林檎の国のジョナ」連載中。過去作「鬼娘恋愛禁止令」
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