「満たされなさを癒せるのは自分だけ」過食と外見コンプレックスに向き合った漫画家がたどり着いた選択
『林檎の国のジョナ』(双葉社)の主人公・加藤アリスは外見コンプレックスを抱えていて、母親との関係に息苦しさを感じています。埼玉を離れ、祖母が住む青森で、りんご農家の青年・正市(まさいち)と出会います。美しい容姿を持つ正市ですが、彼にもまた別のコンプレックスがあるのです。作者の松虫あられさんに、後編では、特別支援学級など子どもの支援の場の取材を通じて感じたことや、作品のテーマである「満たされなさ」との松虫さんご自身の向き合い方について伺いました。
自分を満たすのは、自分
——アリスが「りんごの木」の教室(支援が必要な子どものためのクラス)で働く姿を描くにあたって、特別支援学級や、弘前大学附属小学校のぴあルーム(障がいの有無に関わらず必要な子に支援をする場)などを取材されています。取材を通じてどんな気づきがありましたか?
一番大きな気づきは、特別支援学級の先生に伺ったときにいただいた言葉です。「この漫画のテーマが『満たされなさと向き合うこと』なんです」とお伝えしたら、「ここに来る子たちは、みんな自分の満たされなさに満たされに来ているんですよ」と言っていただいて。その言葉を聞いて、やはり満たされなさと向き合うというテーマに深く通ずると改めて感じました。だからこそアリスが働く場所として、こういう教室を選んでよかったとも思ったんです。
たとえばりんごの木の教室に通う大智という6年生の男の子は、好きなことに集中しているときに邪魔されるのが嫌で、自分のペースを乱されると怒ってしまって周囲と円滑にやっていくのが難しいタイプですが、芸術的な感覚が豊かで、そこを伸ばしていけるりんごの木の教室という居場所があります。元のクラスでみんなとうまくやれずに満たされなかった分を、りんごの木では、自分のやりたいことで自己肯定感を上げていくという時間になっているんです。みんなと同じように行動することが難しい子供たちが、その事によって満たされなさに繋がっているのだとしたら、そこをサポートしてくれる場所があることの意味は大きいのだと思います。
ただ、他の子と同じようにできないことや、他の子と同じ見た目ではないと感じることは、本人の性質というより、社会的な構造から生まれる「満たされなさ」だと考えています。
——キャラクターの設定自体にも、取材で影響を受けた部分はありますか。
取材時点で、正市というキャラクターが宙ぶらりんの状態でした。「イケメンなりの苦労があって、やりたいこともなくて、実家の農家を継いでいる」という設定までしか固まっていなくて、アリスの世界と正市がいる場所が、どこかうまく繋がっていない感覚があったんです。
そんな時期に、特別支援の先生から「ディスグラフィア」(読めるけれど書けない学習障がい)というものがあると教わりました。もし正市がディスグラフィアだったら、彼の外見と書けないことが結びつけて捉えられてしまうのではないか、と考え始めたんです。そこから「顔だけで判断されることが、彼の満たされなさに繋がっていく」という構想が生まれ、アリスと正市のいる場所が、ようやく物語の中で結ばれていきました。
環境を変えるという選択
——作品の中でアリスは、都会での息苦しさから青森に環境を変えていきます。松虫さんご自身、環境を変えることで何かを解消しようとした経験はありますか。
私にとっては岐阜から東京に出たことだったと思います。アリスは都会から田舎に行くので方向としては逆ですが、私自身も息苦しさを感じる実家だったので「早く出たい」という気持ちが強かったんです。一人暮らしは大変なことも多かったですが、親や地元にいる人とはまったく違う価値観の人と知り合えたことは、私の中でとても大きな収穫でした。
——現在は青森との2拠点生活をされているそうですね。青森を訪れる中で感じることを教えてください。
まず、身バレを気にしなくていいという安心感があります。岐阜だと、親が近所にいろいろと話してしまうので、行きつけの喫茶店や車屋さんに私が漫画家であるなど、情報が勝手に広まっていることもあるんです。青森はまだ自分の生活圏として長くはないので、そういう窮屈さを気にしなくていい良さがあります。
雪の時期にはまだ1回しか訪れたことがないのですが、そのときは夫の実家周辺が真っ白で、「遭難しそう」と本気で思いました。夫には「そんなやついねえよ」と笑われましたが。雪の時期は気を付けないと命の危険を感じる時もある場所なので、作中のアリスの祖母が言うように「ここでは協力し合わないとやっていけない」という感覚があります。景色も綺麗でご飯もおいしい素敵な場所ですが、冬の厳しさは想像以上でした。でもまた行きたいと思っています。
「満たされなさ」を把握することから
——日々の生活の中で、松虫さんご自身が今「満たされなさ」を感じるのは、どんな場面でしょうか。
少し前までは、外見に対するコンプレックスが満たされなさに直結していました。まだ完全に解消されたわけではないのですが、「とりあえずこう向き合っていこう」という指針ができたので、今はいったん脇に置けている感覚です。
今はどちらかというと、知識や経験など、自分が積み重ねてきたものに対して「もう少しどうにかしたい」と思う場面があります。ただ、知識であればもっと自分で勉強していけばいいと、向き合い方は見えているので、細かい満たされなさはあっても、以前のように苦しいと感じることは減ってきました。
——「満たされなさ」との向き合い方について、ご自身の中で見えてきたものがあれば教えてください。
弘前大学附属小学校のぴあルームの先生も、「まず、いつから自分が満たされなさを抱えているのかを把握することが大事」とおっしゃっていました。私自身、母との大喧嘩のあとにお菓子を探している自分に気づいたとき、初めて自分の満たされなさの出どころに触れた感覚があったんです。
自分の満たされなさを癒せるのは自分だけだと思っています。だからこそ、まず自分の傷つきや、「これで満たされていなかったんだ」と把握する過程が、満たされなさを抱えている人には必要なのだろうと感じています。
【プロフィール】
松虫あられ(まつむし・あられ)
リイド社トーチWebにて「自転車屋さんの高橋くん」、双葉社Webアクションにて「林檎の国のジョナ」連載中。過去作「鬼娘恋愛禁止令」
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く


