50kgでも「ぽっちゃり」扱いだった元アイドルが76kgで「逆ビフォーアフター」を発信する理由

藤田シオンさん(ご本人よりご提供)
藤田シオンさん(ご本人よりご提供)

158㎝76㎏でぽっちゃりインフルエンサーとして活躍する藤田シオンさん(33)。50㎏だった過去と、最近の写真を並べた「逆ビフォーアフター」は注目を集めました。藤田さんのもとには痩せ信仰に悩まされてきた女性たちから多くの声が寄せられています。藤田さんに50㎏だったアイドル時代の頃、爆食により体重が増えたこと、発信の方向転換をしてから届くようになった声の変化などについて 伺いました。

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「痩せなきゃ」と思っていたアイドル時代

——アイドル活動を始めたきっかけから教えてください。

もともとサブカル文化に憧れがありました。エッセイや音楽に強く影響を受けて育ったので、自分もサブカルの文脈に入りたいという気持ちがあったんです。あるとき、大好きなバンドの方々がアイドルに楽曲提供をたくさんしていることに気がついて、私もアイドルになったら、そういう未来があるかもしれないと思うようになりました。

ちょうど同じ時期に、アイドル時代に所属していた事務所からスカウトをいただいたのがきっかけで、一度きりの人生だから少し冒険してみてもいいかなという気持ちで、活動を始めました。アイドル活動としては、歌って踊るのはもちろん、麻雀するアイドルというコンセプトのグループだったので、麻雀もしましたし、幅広く活動していました。

——アイドルとして活動していると、「痩せていなければならない」と思う場面は多かったのでしょうか?

私が事務所に入ったときは50kgくらいでした。もう少し痩せてからデビューしようと言っていただいて、ありがたい話なのですが、パーソナルジムに無料で通わせていただいて、ダイエットを頑張ってからのデビューだったんです。健康的な水準で見れば問題のない体重だったと思うのですが、メンバーの中では「ぽっちゃり」という扱いで、当時の私は自分の見える世界がアイドル業界しかなかったので、「こんな自分ではダメだ」と、自己肯定感が日々削られていく感覚でした。

突然のクビ通告と心身の不調

——そこから活動を続けるなかで、脱退することになった経緯を伺えますか。

私自身、自分の意思がはっきりしていて、ビジネスに対して貪欲なタイプなんです。それで楽曲のことやセットリストのことなど、今思うと余計なアドバイスをしてしまうことがありました。そんな中である日、レッスンをしているときに私だけ運営の方から呼び出されて、「今日でクビです」と言われました。脱退の理由は自分で決めていいと言われたので、規約違反ではないことは強調していただきつつ、「方向性の違い」に収まりました。

——アイドル活動をしていた時期には、うつ病やパニック障害を発症されたとも伺いました。特につらかったのはどんな部分でしたか。

アイドルはよほど売れない限り、金銭的にはあまり豊かではない職業だと思います。お給料の形態はいろいろだと思うのですが、私の場合はライブ出演のギャラは0で、ファンの方がチェキを買ってくれた枚数に応じてバックが入る仕組みでした。それだけですと生活は厳しく、かと言ってバイトをする余裕もないくらい忙しい。毎日レッスンを受けてライブに出て、体はボロボロであちこちが痛いですし、配信もしなければならなくて、寝る時間も少ない。そんな状況なので、じりじりと追い込まれていく感覚がありました。

印象に残っているのは、あるライブの日のことです。自分たちのグループの動員が0で、ガラガラのライブハウスでパフォーマンスをして、よれよれになって帰宅する途中、コンビニに立ち寄ったら、お菓子のさくさくぱんだが目に入って「美味しそう」って思ったんです。でも、お菓子一つ買えないくらいお金がなかった。その現実に直面した瞬間に涙が止まらなくなってしまったんです。それでも私はメンバーもグループも大好きで、なんとかみんなと活動を大きくしていけたらと思っていました。だからこそ、突然アイドル人生が終わったときの絶望は自分でも計り知れないくらい大きなものだったんです。

アイドルを引退してからは、逃げるように深夜の爆食に走ってしまい、体重も増加していきました。うつ病やパニック障害もあって電車に乗るのも外に出るのも怖く、引きこもりのようになってしまって。もちろん引退後すぐにバイトを始めたり配信活動をしたりと、表向きは精力的に動いていたのですが、裏側は人に見せられないくらいボロボロでした。

——当時の食生活は、どんな感じだったのでしょうか。

正直、極限状態だったので記憶が飛んでいる部分もあるのですが……一つだけよく覚えているのは、夜食にうどんを6玉食べていたことです。今だから言えるのですが、味わって美味しくいただいていたわけではなくて、詰め込むように食べていました。

藤田シオンさん(ご本人よりご提供)
藤田シオンさん(ご本人よりご提供)

「逆ビフォーアフター」など発信の方向転換

——引退後は、どんな活動をされていたのでしょうか。

引退後もインフルエンサー活動や配信を続けていたのですが、中途半端な形でアイドルを辞めてしまったことで、芸への自信を完全になくしていたんです。「自分は芸事ができる器ではない」という思いが強くなってしまって、がんじがらめの状態がずっと続いていて。相手を持ち上げることでしか、自分は人を喜ばせられないという思い込みを持っていました。

グラビア活動もしていたのですが、誘拐や性的暴行をほのめかすメッセージが日々届いていて、怖い思いをすることが本当に多かったんです。現場で熱心に応援してくれていた方が、実はストーカーだったこともありました。警察と自分の家を行ったり来たりする生活もあって、心が削られていく毎日でした。

——そこから発信の方向性を変えていったのですね。

そうですね。長く活動を続けるうえで大切なのは、自分にとってなるべくストレスのない環境を整えることだと思っています。アイドル時代の経験もあったので、「今つらいことがあるなら、自分の力で環境を変えよう」と意識してきました。

もうひとつ大きかったのが、周りからの言葉です。いろいろな方に「君はもう一度ちゃんと人前に立つ道に戻るべきだよ」「人のご機嫌ばかりうかがわないで、自分のキャラクターを貫き通したら売れるよ」と言っていただく機会が増えて、少しずつ自信を取り戻していきました。

もともとグラビアの時期から女性ファンが多く、出演したイベントで「女性ファンが多いグラビアアイドルの記録を塗り替えた」と言っていただいたことも後押しになって、逆ビフォーアフターの投稿や、ご飯を美味しく食べている写真、ネタっぽい投稿、炎上を面白おかしくいじる投稿など、意識的に方向をシフトしていきました。

——発信の方向を変えてから、届く声にはどんな変化がありましたか。

逆ビフォーアフターや普段私が好んで着ている服を積極的に取り上げるようになってからは、女性の方々から届く内容が変わってきました。「太ってしまったけれど、シオンちゃんのおかげで好きな服を着る勇気が出ました」「落ち込んでいたけれど、シオンちゃんの投稿で元気になりました」といった、ファンの方自身の人生と結びついた温かいメッセージが日々届くようになったんです。血塗られた歴史しか持っていない自分ですが、活動を続けること、めげないことに意義があったのだなと感じています。

※後編に続きます。

【プロフィール】
藤田シオン(ふじた・しおん)

2026年始動「大大嬢」のボーカル。
歌、作詞、エッセイ等
158cm76kg。総フォロワー20万人

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