予定がないと不安になるのには理由がある。更年期でも動ける人がやっている「予定がない日」のおすすめの過ごし方

予定がないと不安になるのには理由がある。更年期でも動ける人がやっている「予定がない日」のおすすめの過ごし方
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高本玲代
高本玲代
2026-10-04

更年期の方に向けたサービス「よりそる」を運営する高本玲代さんが綴るコラム連載。高本さんご自身もまさに更年期世代。わかりやすい不調だけではない更年期の影響について、体験を交えてお話しいただきます。

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今日は特に予定がない。

そんな日は、本来なら少しホッとできるはずなのですが、更年期の女性の相談に乗っていると、予定がない日が苦手になっている方が意外と多いと感じます。

朝起きて、特に出かける予定もないので、なんとなくスマホを見る。SNSを見たり、動画を見たりしているうちにお昼になり、そのままダラダラ過ごしていると夕方になっている。

そこで、
「今日も何もしなかった」
「せっかく一日あったのに」
「また一日無駄にしてしまった」
と自己嫌悪になる。

あるいは、朝から「今日は何も予定がない」と分かっただけで、なんとなく落ち着かない方もいます。

「みんなは仕事をしたり、出かけたりしているのに」
「こんなふうに何もしていなくていいのかな」
「予定がない自分って駄目だな」

そんなことを考えてしまいます。

でも、これまでたくさんの方の相談に乗ってきて思うのは、元気に動けるようになっていく人ほど、予定がない日を無理に埋めようとしなくなるということです。

むしろ私は、予定がない日を「ボーナスタイム」だと思ってみてください、とお話しすることがあります。

予定がないと不安になるのには理由がある

更年期を迎えるまで、仕事や家事、子育てなどで、ずっと忙しく過ごしてきた方は少なくありません。

朝起きたら家族のことをして、仕事に行き、帰ってきたら家事をする。
休日になれば、平日にできなかった用事を済ませる。
気がつけば何十年も、「今日はこれをしなければならない」という予定がある生活を続けてきたという方もいます。

そういう生活が長かった人にとって、何も予定がない日は、必ずしも嬉しいものではありません。

予定がないことに慣れていないのです。

さらに、周りの人が仕事をしたり、出かけたりしている様子を見ると、焦ることもあります。
SNSを開けば、休日に旅行へ行っている人や、友人とランチをしている人、趣味を楽しんでいる人が目に入ります。
自分は家で何もしていない。その差を見てしまうと、「私も何かしなければ」と思ってしまうことがあります。

そして、もう一つ多いのが、以前の自分との比較です。

以前なら、休みの日にも買い物に行って、家事をして、出かけることもできた。
それなのに今は、何も予定がない日に家にいるだけ。
すると、「前はもっと動けたのに」という気持ちが出てきます。

その結果、予定がないことそのものよりも、「何もしていない自分」を責めることのほうがつらくなってしまうのです。

「休む=怠ける」になっていませんか?

相談の中でもよく感じるのが、「休むこと」に罪悪感を持っている方が多いということです。

疲れている。
今日は特に予定もない。

だったら家でゆっくりすればいいように思います。ところが、それがなかなかできません。

ソファに座っていても、
「洗濯物を片づけたほうがいいかな」
「買い物に行ったほうがいいかな」
「時間があるんだから、あれをやっておこうかな」
と考えています。

体は休んでいても、頭の中ではずっと「やらなければならないこと」を探しています。
結局、休んだはずなのに、本人には「休んだ」という感覚があまり残りません。

むしろ、「一日あったのに何もできなかった」という罪悪感だけが残ることがあります。

私は、こういう方には、予定がない日を「休む日」とだけ考えなくてもいいと思っています。

「休みましょう」と言われても、長い間「休む=怠ける」と考えてきた人にとっては、休むこと自体が難しいからです。

罪悪感
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そこでおすすめしているのが、「今日はボーナスタイム」と考えることです。

予定がない日は「ボーナスタイム」

ボーナスタイムというのは、何か特別なことをする日という意味ではありません。

いつもはできないけれど、ちょっとやってみたかったことをする時間です。

たとえば、
「この映画、いつか見たいな」と思っていた映画を見る。
SNSで保存したままになっていた動画を見る。
気になっていたドラマを見る。そんなことでいいのです。

ここで大事なのは、「やらなければならないこと」ではなく、「やりたかったこと」を選ぶことです。

予定がないから、
「今日はクローゼットを全部片づけよう」
「たまっている家事を一気にやろう」
「せっかくだから用事を全部済ませよう」
と考える必要はありません。

それでは、予定がない日が別の仕事の日になってしまいます。

「時間があるから、やらなければならないことをやる」ではなく、「時間があるから、やりたかったことをやってみる」。

この違いは小さく見えますが、実際の過ごし方はかなり変わります。

高尚なことをする必要はありません

「やりたかったことをしてみてください」とお話しすると、「やりたいことが分かりません」と言われることもあります。

これも珍しいことではありません。

ずっと家族や仕事の予定を優先してきた人に、突然「あなたは何がしたいですか」と聞いても、すぐには出てこないことがあります。

そんなときに、無理に趣味を探す必要はありません。

新しい習い事を始める必要もありませんし、何か自分の成長につながることをしなくてもいいと思います。

もっと簡単なことで十分です。

たとえば、スマホの中に保存したままになっている動画はないでしょうか。
「あとで見よう」と思って保存したものの、そのままになっている動画。
気になっていた映画。読みかけの本。ちょっと食べてみたかったもの。

そういうものを一つ選ぶだけでもいいのです。

私たちは「せっかく時間があるなら、有意義に使わなければ」と考えがちです。

でも、それを始めると、今度は「休みの日を有意義に過ごす」という新しい課題が増えてしまいます。

予定がない日まで頑張る必要はありません。「これ、見たかったんだよな」くらいのものでいいのです。

比較的簡単にできることを選ぶ

もう一つ、選ぶときに気をつけたいのが、今の自分にとって比較的簡単にできることです。

やりたかったことだからといって、体に負担がかかることをする必要はありません。
以前から行きたかった場所があったとしても、そこまで行くのに長時間かかるのであれば、今は別のことを選んでもいい。

やってみたいことがいくつもあったとしても、一日に全部する必要もありません。

見たかった映画を一本見る。今日はそれだけでもいいと思います。

映画
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特に更年期の時期は、その日の調子によってできることが変わる方もいます。

「やりたいかどうか」と同時に、「今日はこれなら無理なくできそうか」を考えてみてください。ボーナスタイムなのに、終わったあとにぐったりしてしまっては、少しもったいないからです。

「何もしなかった日」ではなくなる

予定がない日に、見たかった映画を一本見たとします。
外出はしていません。家事もそれほどしていません。

一日を外から見れば、これまでとそれほど変わらないかもしれません。
でも、本人の受け取り方は違います。

「今日は何もしなかった」ではなく、
「今日は見たかった映画を見た」になります。

この違いは、相談に乗っていても大きいと感じます。

何もしなかったと思っていると、その日の終わりに自分を責めやすくなります。
一方で、自分がやりたかったことを一つできると、「今日はこれをした」と思えます。

そこで初めて、「今日はこれでいいか」と思えることがあります。
そして、その「今日はこれでいい」が、休むことへの許可にもなっていきます。

休んでいいと自分に許可を出す

体を休めること自体は、それほど難しいことではないかもしれません。
横になることも、家にいることもできます。

でも、「休んでもいい」と自分で思うことは、意外と難しいものです。
特に、これまでずっと忙しくしてきた方ほどそうです。

休んでいる間にも、「こんなことをしていていいのかな」と思っていることがあります。

それでは、せっかく予定がない日でも気持ちが落ち着きません。

ところが、「今日はボーナスタイムだから、見たかったものを見よう」と決めると、少し変わります。

自分で選んで、その時間を使っているからです。

「何もできなかったから家にいた」のではありません。「今日はこれをしようと思って家で過ごした」になります。

すると、休むことへの罪悪感を手放しやすくなります。

私は、この「自分に休んでいいと許可を出せること」がとても大切だと思っています。

翌日、もう少し元気に動けることもある

予定がない日に無理をしないで過ごすと、翌日に「昨日より少し動けそう」と感じることがあります。

ここは、予定がない日をどう過ごすかを考えるうえで大事なところです。

一日空いていると、「今日のうちにいろいろやっておこう」と思うかもしれません。
でも、その日に全部使い切ってしまえば、翌日また疲れてしまうこともあります。

反対に、予定がない日をボーナスタイムとして過ごし、体に無理のないことをして、休んでもいいと自分に許可を出す。

そうすると、翌日にもう少し元気が残っていることがあります。

「昨日何もしなかったから今日頑張らなきゃ」ではなく、「昨日ゆっくりできたから、今日は少し動けそう」と思える。

予定がない日は、その一日だけを見て評価しなくてもいいのです。

自分の時間を楽しむことを思い出す

こうした過ごし方を続けていると、「自分の時間を楽しめるようになった」と話す方もいます。これは、更年期の時期には意外と大きな変化です。

仕事をしている時間。
家事をしている時間。
家族のために使う時間。
誰かとの約束の時間。

そうした時間はあっても、「自分がやりたいことのために使う時間」は、長い間ほとんどなかったという方もいます。

だから最初は、予定がない時間をどう使えばいいのか分かりません。

でも、保存していた動画を見るところからでもいい。
見たかった映画を見るところからでもいい。
「これは自分がやりたくてやっている」という時間を少しずつ持ってみる。

そうすると、予定がないことへの感じ方も変わってきます。

予定がない日は「何もない日」ではなくなります。自分のために使える時間になります。

予定がない日を埋めなくてもいい

更年期になって以前ほど動けなくなると、予定がないことに焦りを感じる方がいます。

以前ならもっと予定があった。
もっと動いていた。
もっといろいろなことができた。

そう思うと、空いている時間を見るだけで、自分が止まってしまったように感じることもあります。

でも、予定が入っていることと、元気であることは同じではありません。

予定がない日があることも、悪いことではありません。
むしろ、そんな日ができたときに、「今日はボーナスタイムだな」と思ってみてください。

そして、「やらなければならないこと」ではなく、「やりたかったこと」の中から、今の自分でも簡単にできそうなものを一つ選んでみる。保存した動画を見るだけでもいい。映画を一本見るだけでもいい。途中で眠くなったら、そのまま休んでもいいと思います。

予定がない一日を、立派な一日にする必要はありません。

「今日も何もしなかった」と自分を責めて終わるのではなく、「今日は自分のためにこれをした」と思える一日にしてみる。

そういう日があることで、罪悪感を手放せるようになり、自分の時間も少しずつ楽しめるようになります。

そして次の日、「今日はちょっと動けそう」と思えたら、それで十分です。

予定がない日は、埋めるためにあるのではありません。

長い間、仕事や家事、家族のために時間を使ってきた人にとって、自分のために時間を使う練習ができる日でもあります。

次に予定のない日が来たら、「今日は何をしなければいけないだろう」ではなく、「何か見たかったもの、なかったかな」くらいから始めてみてください。

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