「歴史上、女性はずっと家にいた」は本当か? “消された歴史”が私たちに刷り込んだもの
エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。
学生時代、私は歴史の授業が好きではありませんでした。
暗記が苦手だったわけではありません。ただ、教科書をめくっても、そこに自分に似た人間がほとんど出てこなかったのです。王、将軍、革命家、哲学者――ページを埋め尽くす名前は、ほぼすべて「男性のもの」でした。
まるで、この世界は男性が作ってきたものであり、重要なのは男性の思想なのだと言わんばかりの歴史に、どこか居心地の悪さを覚えていたのです。
女性は本当に「歴史」に登場しなかったのか?
では実際に、女性は歴史に関わってこなかったのでしょうか。
2021年にフランスで出版され、16万部を超えるベストセラーとなったエッセイ『絶望しかけた女子のための世界史』(鳥取絹子訳/大和書房)は、この問いに真正面から向き合います。著者ティチュー・ルコックは、これまで語られてきた歴史の中で、女性の功績が意図的かつ組織的に消されてきたと指摘したのです。
重要なのは、「単に記録されなかった」のではない、という点です。女性は、うっかり忘れられたのではなく、「消された」のだ――これがルコックの主張です。
「男は狩り、女は家」は本当か
本書は考古学や歴史学の知見をもとに、この不可視化のメカニズムを丁寧に解き明かしていきます。
たとえば、「男は狩りをし、女は家で子どもの世話をしていた」という有名なイメージがありますが、実は、それを裏付ける考古学的証拠は、ほとんど存在しないことが近年の研究で明らかになっていると言います。
さらに私たちが「自然なもの」と思い込みがちな性別役割――たとえば「母親は家にいるものだ」という規範も、実はせいぜい200年ほど前に形成された比較的新しい価値観にすぎない、というのです。
歴史は「進歩の物語」ではない
私たちはしばしば、「昔の女性は家事と育児に縛られていたが、時代とともに権利を勝ち取ってきた」と考えます。しかしルコックは、そのような単純な進歩史観にも疑問を投げかけます。
実際、中世には近代以降よりも多くの権利を女性が持っていた時代もありました。そのたびに女性の存在は記録から消され、歴史の中で見えなくされてきたのです。
こうした問題は、日本史においても無関係ではありません。
2020年に国立歴史民俗博物館で開催された「性差(ジェンダー)の日本史」展では、「女性の権利は時代とともに進歩してきた」とは言えない事実が示されました。明治期には女性の権利が大きく制限され、それまで公的な役割を担っていた女性たちが一斉に排除された、というのです。
歴史は一直線に進んできたわけではなく、前進と後退を繰り返してきた、と言えるでしょう。
歴史は「事実」ではなく「物語」でもある
また、歴史とは単なる過去の記録ではなく、「こうあるべきだ」という規範を形づくる物語でもあります。
本書が示すのは、その物語の危うさです。社会は幼い頃から「女性とはこうあるべきだ」「男性とはこうあるべきだ」と教え込みますが、その内容は時代によって大きく変わります。
たとえば中世ヨーロッパでは、女性は強い性欲の持ち主とされていましたが、19世紀になると一転して「女性は性的なことに無関心である」と考えられるようになりました。
もしあなたが前者の社会に生きていたなら、「女性は欲望を抑えられない」と信じて疑わなかったかもしれません。
「見えない制限」を生む心理メカニズム
同じように、「女性は古来から家庭にいるものだ」という歴史を疑わずに受け入れれば、女性の居場所は家庭に限られるという前提を、無意識のうちに内面化してしまうでしょう。
社会心理学には「ステレオタイプ脅威」という概念があります。「ステレオタイプ脅威」とは、自分が属する集団に対する固定観念を意識させられるだけで、その通りのパフォーマンスを示してしまうことを指します。
例えば「女性は理系が苦手だ」と言われ続ければ、本来の能力に関わらず成績が下がることがある、これが、「ステレオタイプ脅威」です。
同じように、「女性に歴史は関係ない」という空気の中で育てば、歴史そのものへの関心が萎んでいくことも不思議ではありません。
未来のために「消された歴史」を知る
本書のラスト、ルコックは「人口の半分を排除している歴史書が、どうして客観的と言えるのか」と、問いかけます。
もし教科書に女性が登場しなかった理由が、「実際にいなかったから」ではなく「消されていたから」だとしたら――。
そう疑問を抱いた時、私たちは初めて、自分たちの可能性を制限していた見えない枠組みの存在に気づくことができます。
消された女性たちの歴史を知ること。それは単に過去を正すためだけではありません。これからの選択肢を、静かに、しかし確実に広げていくための営みなのです。
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