タイパとコスパに囚われていた私が茶道で学んだ"余裕"の作り方。抹茶ブランド起業家の転機|経験談

タイパとコスパに囚われていた私が茶道で学んだ"余裕"の作り方。抹茶ブランド起業家の転機|経験談
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「休むのが悪」——かつてそう感じながら朝から晩まで働き続けていたという、株式会社千休CEOのなまっちゃさん(久保田夏美さん)。IT企業を退職後、フリーランスを経て抹茶ブランドで起業したなまっちゃさんに、茶道との出会いを通じて「余裕」の大切さに気づいていった過程を伺いました。生き急ぐ日々から穏やかな暮らしへ——その変化は仕事だけでなく、人間関係や日常生活にも広がっていったといいます。著書『余裕はつくれるものでした。』(淡交社)に込めた思いとは。

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抹茶を好きになったきっかけ

——抹茶を好きになっていった過程からお話しいただけますか。

抹茶に出会ったきっかけは、私が紅茶やコーヒーが苦手だったことです。中学生のとき、友達とカフェに行って、何も飲むものがないと思って選んだのが抹茶ラテでした。抹茶ラテなら「ラテ」がついているので、オレンジジュースなどとは違って、カフェラテと同じような感覚で頼める。そうしているうちにどんどん抹茶を好きになって、どこに行っても抹茶ラテを選ぶようになっていったんです。

その後、深くハマったきっかけは、推しである鈴木愛理さんが抹茶をテーマにしたユニット「抹茶ーず」を組み、宇治を巡る動画を出していたことでした。聖地巡礼のように推しに関連した場所を追いかけていくうちに興味が高まって、気づいたら抹茶が大好きになっていました。大学生になってからは京都まで行って本場の抹茶パフェを食べに行くこともありました。

——大学卒業後、最初はIT企業に就職されているのですよね。

ウェブ開発エンジニアとして就職しました。会社には申し訳ないのですが、入社してから3〜4ヶ月ですぐ退職し、その後は大学生の頃から続けていたWebライター業を中心としたフリーランスとして働いていたんです。

その数か月後、社会人1年目の3月に起業しました。

——抹茶ブランドで起業したいという思いをずっと持っていたのでしょうか。

実はそうでもなくて……。フリーランスとしての売上が増えてきたので、法人化を考えていたんです。

そんなとき、知人の経営者の女性がイベントできるスペースを持っていて、「好きな抹茶商品を広めるイベントをやってみたら?」と勧めてくれました。仕入れをする際に、信用などの面で法人でないと難しく、そこで必要になったから起業したという流れです。なので起業しようと思ってから起業するまでの期間は2、3か月程度でした。

抹茶を売るためでも、経営者になりたくて、というわけでもないので、起業の仕方としては珍しいかもしれません。ただ、父も祖父も経営者だったので、起業することが身近で、いつかは自分も事業をするかもしれないという気持ちはありました。

早く成果を出したくて生き急いでいた

——本書で書かれている「生き急いでいた頃」というのはいつの話なのでしょうか。

IT企業で働いているときに、自分が楽しく感じられる働き方について考えていて、副業のWebライターをしているときの方が自分に合っていると感じ、副業の収入が本業の収入を超えたら退職しようと決めていました。

早く次のステップに進みたいと思っていたので、少しでも早く達成したい気持ちが強かったんです。周囲にいた他のフリーランスや経営者がどんどん前に進んでいるようにも見えて、「置いていかれないようにしなきゃ」「早くそっち側に行きたい」などと、急いでいた感覚があります。

成功している経営者の話を聞く機会が多かったり、自己啓発本もたくさん読んでいたりしたので感化されて「止まったらダメ」みたいな考えが強かった気がします。起業してからも、周りの経営者が休みなくストイックに働いているのを見ると、自分もこのままではダメだという思いが高まって、最初は根詰めて働いていました。

——初めてお茶のお稽古に行かれたのもそのくらいの時期だったのでしょうか。

お稽古に行ったのは起業してから半年経った頃です。自分が生き急いでいるとか、せっかちという感覚は全くなかったんです。

人から「生き急いでるね」と言われたり、茶道で「焦らないで」と言われたりして、ようやく気づきました。

「休む」ことができて得られた変化

——初めて「休む」という時間をお茶を通して得たとき、どういう感覚がありましたか。

最初は「休む」という感覚を受け入れられなかったんです。早く色々と学んで茶道の技術を身につけたいという気持ちが強くて。茶道も最初は生き急いでいましたね。

先生に「早く私もこれがやりたいです」「何年やったらどこまで上達できますか」といった野暮な質問をしていました。

先輩もいたので追いつきたいという気持ちが強かったんです。でも、3か月ぐらい経った頃に「焦らないで」と言われて、茶の湯の精神を教わりました。それで、ゆったりすることを頑張ってみようかなと思うようになったんです。

——ちゃんと休むようになってから、どういった変化を感じるようになりましたか。

人に優しくなれた気がします。生き急いでいるときは、周りにも「早くこうして」などと、コミュニケーションがせかせかしてしまっていたと今は思います。

休みを取れるようになってからは、余裕が持てるようになったので、「こういうこともあるよね」と、色々なことを受け入れられるようになりました。

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——経営者ということで、自分が変わったことによって、周りの変化を感じることはありましたか。

今は穏やかな人が周りに集まっている気がします。抹茶部というコミュニティを運営しているのですが、そのメンバーもみんな穏やかで、心に余裕がある人たちが集まっています。

千休のスタッフもしっかりしているけれどゆとりがある感じのコミュニケーションを取ってくれる人たちなんです。「類は友を呼ぶ」ではないですけど、自分が余裕を持つようになったことで、余裕のある人が集まりやすくなったと思います。

——ご自身の生活レベルで変化を感じたことはありますか。

本当に生き急いでいたときは仕事が100%で、日常生活はほぼ捨てていたんです。

朝起きて準備し、オープンと同時にカフェに行き、7時から11時の4時間は副業の仕事をしていました。そこから11時から19時までは出社してIT企業のエンジニアの仕事をし、退勤後は再びカフェに行って、22時くらいまで副業のライターや発信活動をしていました。

そして帰宅後に適当に食べて寝るという生活をずっと続けていたんです。

——休日も全て副業に使っていたのでしょうか?

「休日こそ人と差をつけられる日だ」という考え方でした。今振り返ると怖いですよね(笑)。

みんなが遊んでいる時間に仕事をして差をつけたかったので、友達とご飯に行く時間も惜しいと思ってしまうこともあって。「休むのが悪」みたいな感覚で日々を過ごしていました。

休みを取るようになってからは、友達と会ってご飯に行ったり、パートナーとおでかけして楽しさを共有したりできるようになって、生活の豊かさも大きく変わりました。

※後編に続きます。

『余裕はつくれるものでした。』(淡交社)
『余裕はつくれるものでした。』(淡交社)

【プロフィール】
なまっちゃ

本名:久保田夏美。神奈川県出身。
明治大学総合数理学部卒業後、IT企業にウェブ開発エンジニアとして就職。
2019年に株式会社千休を起業し、抹茶専門ブランド「千休」として数々の抹茶スイーツを開発。オンラインショップや百貨店などで、抹茶の商品を販売している。
自身が抹茶や茶道によって生活や心身が変わったことから、SNSなどでその魅力を発信。抹茶を飲んだり食べ歩いたりしたことをシェアすることで、抹茶本来の魅力に気づく人を増やす活動をしている。

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