「ウォーキングだけでは寝たきりを防げない」理学療法士が教える老化を予防する運動法

「ウォーキングだけでは寝たきりを防げない」理学療法士が教える老化を予防する運動法
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肉体的老化と精神的老化は密接に関連しており、筋力やバランス能力の向上が自己効力感を高め、精神面にも良い影響をもたらします。『こうして、人は老いていく 衰えていく体との上手なつきあい方』(アスコム)の著者である上村理絵さんにお話を伺いました。「運動はウォーキングだけでは不十分」という意外な情報も。「老い」を受け入れるにあたり、「できないこと」ではなく「できること」に目を向け、方法を変えることで諦めない姿勢が大切だとお話しいただきました。

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精神的な老化と肉体的な老化の深い関係

——肉体的な老化と精神的な老化の違いや関連性について教えていただけますか。

肉体的な老化はわかりやすく言いますと、力が弱ってきたとか、疲れやすくなったということです。だんだんできないことが増えてきたり、以前に比べて歩けなくなってきたりしたときに、「今まで歩くことができたのに、できなくなってきている」という実感が出てきます。

でも実際にはまだ歩けているんです。にもかかわらず、「歩けなくなってきた」という認識になって、どんどん気持ちが滅入ってしまう。「自己効力感(自分には物事をやり遂げる力があるという信念)」が低くなってくることが、精神的な老化に直結していきます。

ですが、肉体的な老化を止めたり遅らせたりすることで、精神的な老化にも影響が出てきます。ポイントは筋力とバランスです。以前よりも力がついてきた・ふらふらすることがなくなってきたという実感を得られると、自然と自信も戻ってきます。

一方、周りの人が亡くなってしまったり疎遠になったりと環境的に元気を失う要因があると、肉体的な老化も進んでしまう。このように肉体的な老化と精神的な老化には両面の関連性があるのです。

——同じ状態でも「できなくなってしまった」と評価することで、精神的な老化が進むという見方もできるということでしょうか?

そうですね。例えば片足立ちが10秒同じようにできても、「昔はもっとできていたのに」と思う人と、「10秒できてよかった」と感じる人であれば、考え方や次のアクションの起こし方が変わってきます。出来事をどう捉えるかというのは大事なところだと思います。

——「老い」を受け入れることと諦めることの違いはどんなところにあると思いますか?

難しいですね。ある意味で踏ん切りをつけなければならない部分はあるのですが、重要なのは「諦め」ではなく「現状を認める」ことだと思います。

今の自分をしっかり受け止めた上で、「ここはできるけれど、ここはもうできないかも」ということが見えてきますよね。そのときに、できないことに目を向けるのではなく、できることに目を向ける考え方であってほしいです。

わかりやすい例で言うと、今まで電車を乗り継いで自由に旅行していた方が、膝や腰の痛みで従来通りの移動が難しくなったとします。でも車を使うなど移動手段を変えて、現地で歩く量を調整すれば、旅行そのものは楽しめますよね。方法を変えることで「もう旅行は完全に無理」という諦め方をしないで済むのではないでしょうか。

——「0か100か」という思考になりがちですが、「できる方法でやってみる」ということも大切なのですね。

「間を取る」という視点を持っていただけるといいかなと思います。私たちの利用者さんでも、転倒・骨折で歩行が困難になった方が「最近は近くの公園や買い物に行くことすら無理になっちゃった」とおっしゃることがあります。でも「歩いて行くのは無理かもしれないけど、車椅子で行けるかもよ」とお話しすると「では連れて行ってもらおうかしら」と前向きに考えられるようになります。

「もうそれじゃダメなのよ」「そんなの無理無理」となってしまうと、そこで止まってしまいます。この意識の違いで、日常生活に雲泥の差が出てくることをよく目の当たりにしてきました。

「心の持ちよう」と言うと精神論的に聞こえがちですが、実際に意識の持ち方で全然変わりますし、適切な手段がわかれば行動が広がって、気持ちも変わってくる。これは日頃、利用者さんから勉強させてもらっていることです。

ウォーキングだけでは不十分な理由

——日常的な運動というと「ウォーキング」を選択している人も少なくないですが、本書では「ウォーキングだけでは寝たきりを防げない」と書かれています。

ウォーキングには色々な要素が含まれています。まず、歩くという動作の基本になるのが筋力です。筋力がなければ体を動かすことができませんから、まずは筋力をつけなくてはいけません。

次に、筋力があったとしても、うまく調整しながら体を使っていくバランス能力がなければ、歩くという動作はできません。ですからバランス練習も必要になります。

この筋力とバランス能力という2つの基本的な身体能力がないと、歩くことが十分にできなくなってしまうんです。特に年配の方の場合、筋力の低下によって持久力も続かないケースが多いですね。ただ、筋力を鍛えていくと、ある程度の方は持久力とバランス力も一緒に向上してくる傾向があります。

——それでもウォーキングだけでは不十分ということでしょうか?

はい。ウォーキングだけに頼ってしまうと、ウォーキングに必要な力は残っているかもしれませんが、立ち上がったり、寝返りを打ったり、方向転換したりするために必要なパワーが不足してくるんです。

ウォーキングはもちろん大事な運動なのですが、それだけでは日常生活に必要な様々な動作をカバーできない。それがウォーキングだけでは不十分な理由です。

「歩いてると健康的」というイメージはありますが、逆に歩きすぎると膝や腰を痛める方もいらっしゃいます。体を痛めないためにも歩く場所や靴の選び方もポイントです。

——医師から「安静に過ごしてください」と言われても、過度に安静にすることで衰えてしまうこともあるのですよね。程度を確認する際のポイントはありますか?

まず「どこまで安静にしたらいいですか」と尋ねてみるといいでしょう。医師によっては「ここを動かさなければ大丈夫ですよ」など、教えてくださると思います。

リハビリテーション科のある病院や、理学療法士がいるところに行くと、「ここまでは動かしても大丈夫」「歩くのは無理だけど、こうしたら筋力は維持できます」などアドバイスをいただけると思います。

ある程度の年齢になると、何らかのきっかけでちょっとした手術をすることもありますが、「退院してからしばらくは安静」と言われても、在宅で過ごせるという判断をされているので、日常生活の動作は基本的にはしていいはずなんです。

——安静にしすぎないためにも、医師への確認は必要ということですね。

寝たきりで入院生活をされているので、どんなにリハビリをやってきていても、自分で食事の準備をしたり、お風呂に入ったりするとかなり疲れてしまうんです。最初は非常にしんどいことは重々わかります。時間をかけてでも構わないので、ゆっくり体を動かしていくことを少しずつやっていただいた方がいいと思います。

せっかくリハビリをしっかりやって、ある程度立ち座りもできるのに、安静にしすぎた結果、2週間後ぐらいに立ち座りできなくなる人にもたくさん出会ってきました。身体機能を衰えさせないためにも、勇気を持って「どこまで安静にしたらいいですか?」と聞いていただけるといいかと思います。

「セルフリハ」を続けるには?

——本書では、肉体的・精神的な老化を予防・改善するための方法として、家で一人でもできる「セルフリハ」を紹介されていますが、いつ頃から始めたほうがいいのでしょうか?

見ていただいたときから始めていただきたいです。人間の身体的な機能としては40歳頃から落ちてきてはいますので、その年代からは意識して身体を動かす方がいいと思います。

本書で紹介しているトレーニングは、普段からある程度身体を動かしている方には、物足りないと感じるものもあるかもしれません。その場合、回数を増やすなどしていただくといいでしょう。「ちょっと疲れた」と感じるくらいの運動をしていただいても大丈夫ですので、気づいたときから始めて、動くことを習慣にしていただくことが大切だと思います。

『こうして、人は老いていく 衰えていく体との上手なつきあい方 』(アスコム)より
『こうして、人は老いていく 衰えていく体との上手なつきあい方 』(アスコム)より

——続けるコツはありますか?

一気にたくさんやろうとしないことです。長時間やる必要はなく、10分や20分でも、朝昼晩の小刻みでもかまいませんので、少しずつ自分のペースで取り入れていただくといいかと思います。

単に自分で決めてやっていくと、「今日はいいや」など甘くなってしまう部分もありますので、「テレビを見ながら10回やる」など何かのついでにやると決めておいたり、毎日寝る前にやるなど、自分の中でスケジュールを決めておくと継続しやすいです。

とはいえ、できない日も出てくると思います。長くセルフリハを続けている方は「今日はできなかったから、明日やろう」と気持ちの切り替えが上手な方も多いように思います。完璧主義で自分を縛り付けないことも大事なことです。

※後編に続きます。

『こうして、人は老いていく 衰えていく体との上手なつきあい方 』(アスコム)
『こうして、人は老いていく 衰えていく体との上手なつきあい方 』(アスコム)

【プロフィール】
上村理絵(かみむら・りえ)

理学療法士。リタポンテ株式会社取締役。
1974年生まれ。「理学療法士によるリハビリテーション」「日本で初めて介護保険分野で受けられるサービス」を世に誕生させた誠和医科学(現・ポシブル医科学株式会社)の創業を支援。
およそ10年間で、のべ16万人に生活期のリハビリを提供し、そのビジネスモデルの骨格を現場で作り上げてきた。
同社退任後、リタポンテ株式会社の立ち上げに参画。理学療法士の立場から、「高齢者に本当に大切なリハビリ」を提供している。

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『こうして、人は老いていく 衰えていく体との上手なつきあい方 』(アスコム)より
『こうして、人は老いていく 衰えていく体との上手なつきあい方 』(アスコム)