“男社会のルール”を走り抜けて気づいたことー『サプリ』と考える、働きやすさとは | 連載#20
社会起業家・前川裕奈さんのオタクな一面が詰まった連載。漫画から、社会を生きぬくための大事なヒントを見つけられることもある。大好きな漫画やアニメを通して「社会課題」を考えると、世の中はどう見える? (※連載当初は主にルッキズム問題を紐解いていたが、vol.11以降は他の社会課題にもアプローチ。)
先日、ある媒体で取材を受けたとき、起業当初の写真を見てインタビュアーの方が一言こう言った。
「この頃の裕奈さん、今と雰囲気がぜんぜん違いますね」
そう言われて、私は 「起業したばかりで、『なめられちゃいけない』と思ってたから、あえて“つよつよ”な見た目にしてたんです」と何も疑問も持たずに返答した。しかし、取材が終わったあと、なんとなく自分のその言葉にやけにひっかかったのだ。“なめられる”って、誰に? “つよつよ”じゃなきゃいけないって、誰が決めたんだ?私は誰のルールを気にして、そんなことしていたんだろう。
今の私は、金髪ロングで前髪ぱっつん、推しキャラがプリントされた服を着て、割と自由にファッションを楽しんでいる。でも、あの頃の私は違った。「”若い女性”なだけで、起業家としてなめられることがある」、 そう思っていた私は、黒髪ロングをかきあげ、立ち振る舞いや言動もまるで鎧を身に纏うようにして、“つよつよ”な自分を選んでいた。
その時は無自覚だったけど、よくよく思い返してみるとこれも一種のルッキズムで、女性の「生きづらさ」にも直結している。「女性っぽく見えると、仕事ができなさそうと思われる」「かわいいより、強そうな方が“信用される”気がする」、そんな無言のプレッシャーを、感じていた。実際に今でも「ギャルっぽい“のに”、論理的に話すんだね」「派手“なのに”しっかり働いてるんだね」とか言われて違和感を覚えることもある(その都度「え、なんだそれ」と容赦なく聞き返すので、中身は変わらず“つよつよ”な私である)。
最近、女性の働きやすさを社会も重視して取り組み出したようには感じる。実現具合は業界によって様々だが、もちろん制度の整備や意識の変化はありがたい。
けれど、本当に働きやすくなったのだろうか、とも思う。それは「男性が作ったフィールドに、女性も参加できるようになった」だけではないのか?既存のものへの参加権を得るのと、女性仕様のフィールドができるのでは、全然違うことだ。 女性が働けるようになったのは、フィールドのルールが変わったからではなく、その“男性ルール”を女性が身につけられるようになっただけではないか?
OLたちの恋と仕事を描いた漫画『サプリ』のあるシーンで、主人公の藤井ミナミがこう叫ぶ。
「男はそのまま仕事してれば男らしいって言われるけど、女性は化粧してないと女らしいって言われない。男並みに働けっていうなら男も化粧しろっての!」
化粧の可否は一旦置いといて、このセリフは、社会の“前提条件”への違和感を的確に表していると思う。つまり、「女性らしさ」を求められながら、「男性並みに働け」と言われる理不尽。二重のハードルが、今だって蔓延っているのだ。先日、友人に会ったら、「女というだけで、使える経費が男性社員より少なかった」と悔しそうに言っていた。令和なのに……一体、何時代を生きてるんだよ……くそぉ!
もうひとつ、『サプリ』の終盤には、こんな描写もあった。
藤井の恋人が海外転勤することになり、まわりの女性たちは「(仕事は辞めて)ついていきなよ」と背中を押す。私はここで、「結局は女性側のキャリアが断絶するんだよな!」とモヤモヤしたのだが、藤井は迷った末、ついていかないという決断をする。それはやはり、彼女が今まで積み上げてきたキャリアは、誰のものでもない、自分自身のものだからだ。もちろん、ついていく選択をしたっていい。ただ、私がここで感じた違和感は、女性が男性についていくことは「自然なルール」なのに対して、男性が女性についていくことは、「イレギュラー」だと言われている気がしたから。
私も、過去に海外駐在をした経験がある。けれど、自分がパートナーに「ついてきて」と言うことは、当時とても難しかった。“女性がついていく”ことは受け入れられても、“男性がついていく”ことは、まだ当たり前にはなっていないから。帰国してから男性が社会に戻れる選択肢も少ない(これは男女ともにだが)。ちなみに、このことについては、以前noteにも書いた。(「グローバル女子が言えないあの言葉」)
「ビジネスのルールは、男性向けに作られている。 女性が参加するには、まずそのルールを覚え、プレイできるようになる必要がある」(Betty Lehan Harragan著「Games mother never taught you」より)
これは最近読んだ本の引用だが、何十年も前に書かれた本だ。
でもいまだに「めっちゃわかる……」って思っちゃう私は、一体どうすれば……。
すべての会社がそうではないことは、わかっている。柔軟な制度、理解のある職場も、ちゃんと存在する。それでも、どこかで「男らしく」寄せないと認められない空気が、“キャリアを積む女性”のまわりにはまだ漂っているような気がする。『サプリ』の藤井が、仕事に向き合い、葛藤しながらも進んでいく姿に、私は自分を重ねた。彼女も私も、何度も“男社会のルール”の上を走ってきた。でも、私たちには、そのルールをアップデートする権利だってあるはずだ。
プレイスタイルに多様性があってもいい。強くなくても、泣いても、柔らかくてもいい。それでちゃんと認められる世界のほうが、きっと誰にとっても生きやすい。そんなフィールドを、これから少しずつでも作っていけたらいいなと思う。「なんか居心地悪い」「なんで評価されないのか分からない」——そう感じた時に、それが“男性ルール”の中で自分がプレイしているからかもしれないと気づくだけでも、救われることがある。
また、「ルールに従う」以外の選択肢を、自分の中に持っておきたい。柔らかさや迷い、感情や個性を、“隠す”ではなく“活かす”側に転換できたら。そして、何より他人の選択肢にも寛容でいること。「徹夜した」「可愛い服で出社する」「仕事辞めた」「相手の駐在についていった」それぞれのライフスタイルに、優劣も正解もない。「これだから女は」「男のくせに」なんて思わない世の中になれば、もっともっと“自分のルール”でプレイできる人が増えるのではないか。変化はいつも、日常の小さな違和感をスルーせずにすくい上げること。それが、やがてフィールドそのものを少しずつ書き換えていく力になるはずだ。
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