自己受容に悩むあなたにそっと渡したい、漫画『フォルトゥーナ』 | 連載 Vol.15

 自己受容に悩むあなたにそっと渡したい、漫画『フォルトゥーナ』 | 連載 Vol.15
ルッキズムひとり語り+α
前川裕奈
前川裕奈
2025-02-22

社会起業家・前川裕奈さんのオタクな一面が詰まった連載。漫画から、社会を生きぬくための大事なヒントを見つけられることもある。大好きな漫画やアニメを通して「社会課題」を考えると、世の中はどう見える? (※連載当初は主にルッキズム問題を紐解いていたが、vol.11以降は他の社会課題にもアプローチ。)

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コラム連載も15回目を迎え、最近は肩書きに「コラムニスト」なんて追加したりもするが、私のもう一つの本業は社会起業家だ。スリランカ発のアパレルブランドkelluna.を通して、セルフラブの大切さや日本のルッキズム問題を発信し続けていて、定期的に学校や企業などで講演なども行っている。そんな中、先日、大学生たちに講演をした後に一通のメールが届いた。講演で質疑応答の時間は設けるものの、人前で自分の体験や疑問を発するのってマジで勇気がいるんだよね。私も基本は手とかあげれない派だったのに、授業参観で見栄を張って挙手したら見事に当てられてしまい、震えながらの極小ウィスパーボイスで回答したことは30年以上経つのに未だに家族にいじられてる(よく講演なんてしてるわ笑)。なので、後日のメールはウェルカム!

「ありのままの自分を好きになりたいけれど、容姿も中身も自分を受け入れることがなかなかできません。特に自分の弱さを克服したいです。どうしたらいいでしょうか」

頷きすぎて一回首が折れた。最近、世間では「ありのままの自分」なんてフレーズを流行語かのように使う。自分を受け入れる、自分の弱さや納得のいかないパーツも愛してあげること、そんな「自己受容」を社会に根付かせることは大切なのだが、これが人によってはいかに難しいことか、20代のほとんどを自己否定で過ごしてきた私にはわかるゾ...。そんな私だからこそ回答します、この問いに!...と、メガネをクイっとあげながらカッコよく言いたいところだけど、私が答えるよりも、アンサーとしてふさわしすぎる凄い漫画があるので、紹介したい。神羊弱虫さんの『フォルトゥーナ』(上下巻)である。

『フォルトゥーナ』上下巻
『フォルトゥーナ』神羊弱虫・作

これは、“悪魔の子”と呼ばれた男の一生の物語。その醜い容姿を理由にありとあらゆる罵声を受け、母親にも捨てられ、森の奥で暮らすフォルトゥーナ。他者からの否定をきっかけに、自己否定の塊みたいになってしまっているフォルトゥーナ。その結果、他人に対しても決して性格が良いとは言えない言動を繰り返す。しかし、盲目の少女コレーと出会うことで「友達」のような存在ができる。自分を頼ってくれるコレー、そして歩み寄ってくれる彼女の言動を機に、フォルトゥーナ自身も相手に歩み寄り、自分自身を受け入れていく作業が無意識にはじまっていく。

私自身、セルフラブについて長年考えてきた結果、自己受容(自分を許すこと)と、相手に歩み寄る(相手を許すこと)って対になっているように思う。案外、歩み寄る前に「壁」を相手に作ってしまうのは自分自身が己を許せていないからだったりもするからだ。アンチがあーだこーだクソリプ飛ばしてくるのって実は自分自身がその分野でのコンプレックスがあるからなのでは、みたいな例えだと少しはわかりやすいだろうか。「自分を愛せた先で、他者を愛せる」というのは確かにある。けれど、逆もあると思うの。異なる他者を受け入れ理解していく、その歩み寄りの作業の中でより一層自分を好きになれたり、弱さも許せるようになっていくこともあるのではないだろうか。誰かに愛してもらって初めて自信が持てたり。相手の弱さを自分自身が受け入れて愛でることで、案外自分の弱さも可愛く思えたり。そこで初めて、自分の弱さや醜さを受け入れることができる。だから人生が変わり、彩られるのだ。なので私たちみんな、全然弱いままでいいんだよ。フォルトゥーナは、他者を愛し愛されることで自己受容できた。だから、質問者さんもその視点に立ってみてはどうだろうか。

 「生を豊かに彩る。最も、か弱い人間だ。弱さを知って、強くなる。愚かさを知って、賢くなる。『弱さを肯定しよう。いいよ。おいら達は、弱いからこそ手を取り合うんだと。寄り添おう。』」(「フォルトゥーナ 」下巻より)

もし、あなたに運良く親友という存在がいるなら、想像してみてほしい。その親友が、自分とは異なる意見を持っていたり生き方をしていたとしても「価値なし!」などと罵倒するだろうか。絶対しないだろう。そして本来、自分も自分自身の親友なのである。死ぬその日まで生涯を遂げる唯一無二の一番近しい親友。だからこそ、いつも大切にしている親友と同じように自分も扱えたらいいよね、なんて思う。人は結局、人との関わり合いで自己成長を遂げていて、その中の一つに自己受容という要素があるように思える。なんだか今日のコラムは哲学的だな。それもそのはず、だって『フォルトゥーナ』は(特に下巻)とても哲学的であり、人生に必要なアレコレがたった2冊にぎゅっと詰め込まれているのだから。読んだ後は、哲学レベル値が上がる。そして読むタイミングによって、見えてくる世界も感じることも全然違う。もうまじ天才、神羊弱虫さん。

たくさんの人に愛された方がいいとか、何かを成し遂げた方がいいとか、色々思うことはあるかもしれない。けれど、自分の人生を生きて死ぬだけ。他人の定規で測ったら不幸と思ってしまうような人生も、本人が死ぬ瞬間に「誰よりも自分を受け入れ、自分を愛した」そう思えたら彩り最高の人生なのでは。実際にフォルトゥーナも「不幸だ」なんて思われてしまいそうな人生だけれど最後は自分の人生を誰よりも愛したのだ。

お守りとなるような言葉、背中をおしてくれる描写、そして自己受容について考えさせられる教科書のような漫画、『フォルトゥーナ』。この漫画を、質問してくれた学生さん、そして他にも自己受容で悶々としている人たちにもバトンとしてパスしたい。

「関心 誠実 忍耐 理解 許容 調和。その一連の意識の流れこそが、生を豊かに彩る鍵なんだ。人はそれを愛と呼ぶ。(略)つまるところ......生きて死ねば、それでいい。それだけで十分だ!」(「フォルトゥーナ」 下巻より)

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