容姿に悩んだ時は、『こち亀』185巻。| 連載 #ルッキズムひとり語り Vol.10

 容姿に悩んだ時は、『こち亀』185巻。| 連載 #ルッキズムひとり語り Vol.10
ルッキズムひとり語り
前川裕奈
前川裕奈
2024-07-30

SNSや雑誌、WEB、TV、街の広告には「カワイイ」が溢れている。けど、その誰かが決めた「カワイイ」だけが本当に正義なの? セルフラブの大切さを発信する社会起業家・著者の前川裕奈さんがオタク的に綴る、ルッキズムでモヤっている人へのラブレター。

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『こちら葛飾区亀有公園前派出所』...正式名称を噛まずに言うのは難しいものの、『こち亀』と聞いて、もはや知らない人はいないのではないだろうか。読んだことはなかったとしても、日本国民の多くはきっとあの百冊超えのマンガの集合体を一度は目にしたことがあるはず。漫画喫茶や銭湯のくつろぎスペースに置いてある、少し色褪せた背表紙が思い浮かぶ。

令和となった今、多くの二次元コンテンツで「ルッキズム」をはじめとした様々な社会問題に関する描写を目にするようになった(拍手)。そんな中、『こち亀』は1976年連載開始、割とレトロな作品なのにも関わらず、現代を生きる私たちが学べるエピソードがなかなか多い。主人公の両津勘吉は、破天荒、短気、そして正義感の強い警察官。ちなみに連載当初の年齢設定は、36歳(同い年だったんだ!)。

今回紹介するのは、185巻の中のエピソード。両津と共に働く容姿端麗の設定である麗子が、とある舞台の代役を務める。その役はふくよかなキャラクターのため、ファットスーツを着て特殊メイクも施す。そして、舞台姿のまま街を歩くと、麗子は普段はチヤホヤしてくれていた人たちに雑に扱われたり、キラキラとした視線が軽蔑の視線に変わったことに気づく。こんなにも容姿によって見える世界が違うのか、と思わされる。そして、しまいには慣れないファットスーツで視界が遮られ、転倒するが、誰も助けてはくれない。ただ一人、両津をのぞいて。両津は、同僚の麗子であるとは気づかずに、シンプルに手助けをする。そして、麗子は「助けてくれてありがとう、でも美人の方がよかったんじゃない?」と問いかけ、両津は「外見は別にして、女は愛嬌だ。笑顔が宝だ」と率直に答える。え???好きになる。

リアルを生きる私たちの周りも、「笑顔が宝だ」なんて当たり前にいえる人だらけだったら、どんだけ平和な世界線なんだろうか。私自身、10〜20代の頃はルッキズムの沼に堕ちまくっていた。当時ぽっちゃりしていたことがコンプレックスで、過度に不健康なダイエットをしたが、失ったのは体重だけではなかった。両津が宝だという笑顔も消えた。けれど、確かに痩せれば痩せた分だけ「評価」されてしまう風潮もあったから、なかなか抜け出せなかった。麗子が体験したのとは逆のパターンで、痩せたことによって確かに周りからの扱われ方も変わった。特に10〜20代の頃は必要以上に容姿に囚われる傾向もあるし、あの頃は加工アプリもなかったので、リアルで変わるしかなかったのだ。あの時、両津に会いたかったなぁ。

実は、そんな両津自身も、この話の冒頭では「美人最高」という意見だったのだ。けれど、舞台姿の麗子と話していく中で、ノリや性格が合うということもあり、自然と出た答えだったのかもしれない。彼自身がこのエピソードの中で無意識に成長したようにも思える。両津も作中では自分のことを「不細工」と呼んでいるし、確かに一般的なイケメンキャラの設定ではないかもしれないが、彼は間違いなく良い男!男女問わず見習うべき存在、両津勘吉。誰だって「人は見た目じゃない」もしくは「容姿端麗さいこー」と言いつつも、案外自分ごととなる「経験」をしないと、本当の価値観は見えてこないのかもしれない。

世の中には様々なマンガがある。社会問題をきちんと取り上げているマンガから学べることはもちろん沢山あるし、サブテーマにしているものも多いし、それらを私も読み漁るのが大好きだ。しかし、こうして昔からあるもの、社会問題を主軸としているわけではないもの、そこに学べることが潜んでいたり、心動かされるセリフがあったりももちろん沢山ある。だからやめられないんだよね、二次元のお散歩。今回でコラムも10回を超えるが(感謝!)、これからもどんどん紹介していきたいと思う。(そして次回からは、ルッキズムだけに限らず、私たちが社会に抱えるモヤモヤ全般に広げていく予定!)

容姿に囚われすぎてしまう、そんな時は『こち亀』185巻の40ページを是非開いてみてほしい。みんなの心の中に両津を。このエピソード、アニメ化希望!

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AUTHOR

前川裕奈

前川裕奈

慶應義塾大学法学部卒。民間企業に勤務後、早稲田大学大学院にて国際関係学の修士号を取得。 独立行政法人JICAでの仕事を通してスリランカに出会う。後に外務省の専門調査員としてスリランカに駐在。2019年8月にフィットネスウェアブランド「kelluna.」を起業し代表に就任。現在は、日本とスリランカを行き来しながらkelluna.を運営するほか、企業や学校などで講演を行う。著書に『そのカワイイは誰のため? ルッキズムをやっつけたくてスリランカで起業した話』(イカロス出版)。



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