見習いたい!『BEASTARS』レゴシの歩み寄り <ルッキズムひとり語り Vol.8>
SNSや雑誌、WEB、TV、街の広告には「カワイイ」が溢れている。けど、その誰かが決めた「カワイイ」だけが本当に正義なの? セルフラブの大切さを発信する社会起業家・著者の前川裕奈さんがオタク的に綴る、ルッキズムでモヤっている人へのラブレター。
ルッキズム、この言葉の一般的な定義は「外見重視主義。外見で人の価値を測ること」とされている。しかし、細かい解釈や定義の仕方は人それぞれだ。容姿を批判したり、あからさまに相手を傷つける言葉がアウトだということは、共通認識だと思う(よほど意地悪な人じゃない限り)。おそらくまだあまり浸透しきっていない一番トリッキーなのが、人を褒めたつもり、もしくは面白いと思ってイジった発言が、相手にとっては呪いのトリガーになりうる、ということだ。
さて、ここまで言うと「あれもだめ、これもだめ」と雁字搦めになり「天気の話しかもうできないじゃん!」という人も一定数でてくる。私だって、ルール芸人になりたいわけではない。けれど、正直ルッキズムについて発信していると「でたよ、なんとかイズム」みたいな空気感を感じることもなくはない。そして、何より「ルッキズムだめ」と言うことで、相手を糾弾したいわけでもない。天気以外の話、もちろんしたいです。けれど、「可愛い子ランキング」やら「あの子は美人だからさ」みたいな発言にはうんざりだ。
「十人十色」「千差万別」「みんなが違ってみんないい」なんて昔からの言葉があるように、同じ人間でも、体型、肌の色、目の一重・二重、輪郭、身長、たくさんの違いがある。みんな「同じ人間」なのに。どうして、「同じ人間」の中でも、違いによる争いやマウントが起きるのだろうか、誰だって優しい世界線で生きていきたいのに。
…さて、いつもより少し前置きが長くなったが、ここで本日ピックアップする漫画を紹介する。『週刊少年チャンピオン』にて2016年から2020年まで連載された『BEASTARS』だ。擬人化された肉食動物と草食動物が共に生活する世界を舞台にしている。一見、動物たちの学園ファンタジーに思えるのだが、「動物」を主人公にしただけで、我々の生きる現実世界で起きているあらゆる社会問題を投影していると感じる。平和と思いきや、歪さを併せ持つ世界における「違い」を越えた友情や恋と同時に、紐解くのが難解すぎる抗争も描かれている。
擬人化されてるとはいえ、「同じ動物」なのに、草食と肉食という差によって争いが生まれる。そして、肉食が強者、草食が弱者という階級がそこにはあり、強者は弱者を捕食していく。この構図は、ジェンダー問題を象徴しているようにも読み取れるのはもちろん、実はルッキズム問題にも置き換えられるのではないだろうか。一般的に「良し」とされがちな容姿の者が「強者」となり、社会の決めた美のレールから外れてしまうと「弱者」となる。そして「同じ生物」なのに、同じ土俵での共存に難しさが生じ出す。
主人公である狼(肉食動物)のレゴシは、必死に種族を超えた共存を目指し、常にどんな立場の動物とも「歩み寄り」をとても大切にしているキャラクターだ。レゴシはウサギ(草食動物)のハルに恋をする。がむしゃらに自分の気持ちを押し付けるのではなく、ウサギの生態について徹底的に学ぶ。ウサギは苛立っている時には耳が大きくなる、だからハルの耳が大きくなっている時は彼女にとって良いタイミングで理由を聞いてあげようとする。「歩み寄り」のイロハとして教科書に載せたいくらいだ。
「歩み寄り」、それは簡単そうで、私たちは案外できていないことが多い。けれど、ルッキズム問題だって、「歩み寄り」を重んじることによって、画一的な美を讃えまつる風潮を少しずつ壊していける、そんなパワーがあると私は思う。歩み寄りは、境界線を溶かしていく魔法だ。「こういうキレイもあるけど、ああいうキレイもあるよね」「必ずしもこの容姿が強者というわけでもないし、あの人のような容姿も素敵だな」「清楚系ファッションが似合う子もいれば、地雷系ファッションが好きな子もいるよね」そしてお互いの「素敵」を理解していきたい。レゴシも、本編における彼の旅路の中で、新しい発見があるごとに、それを「違うもの」として排他せずに、「受け入れて」自分の考えや世界を広げていく描写が多い。そして徐々に肉食と草食の境界線は溶けていく。今回はルッキズムに置き換えたが、性別、人種、宗教感など「同じ人間」の中にある「違い」から生まれる全ての抗争に当てはめられる。神漫画。皆レゴシになったら優しい世界線の出来上がり。
自分にとっての「イケメン」の推しや、自分のなりたい「キレイ」の理想像は、もちろんあって良いと思う。「あの子可愛いな」「あの人は美人でタイプだな」と思うことは必ずしもルッキズムではない。だって、我々には感受性という人間らしい機能が備わっているのだもの。ただ、それだけを正解としたり、他人に強要したり、「違い」を肯定的に受け入れられず二項対立の構造を生んでしまったり、褒めてるつもりでも相手に言葉にして伝えること、それらを避けたい。こうして、自分の中で「歩み寄り」の姿勢がもてていれば、意外と天気以外の話だって全然できるはず。私も常に心のどこかにレゴシを住まわせておきたい。
AUTHOR
前川裕奈
慶應義塾大学法学部卒。民間企業に勤務後、早稲田大学大学院にて国際関係学の修士号を取得。 独立行政法人JICAでの仕事を通してスリランカに出会う。後に外務省の専門調査員としてスリランカに駐在。2019年8月にフィットネスウェアブランド「kelluna.」を起業し代表に就任。現在は、日本とスリランカを行き来しながらkelluna.を運営するほか、様々な社会課題について企業や学校などで講演を行う。趣味は漫画・アニメ・声優の朗読劇鑑賞。著書に『そのカワイイは誰のため? ルッキズムをやっつけたくてスリランカで起業した話』(イカロス出版)。
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