『カードキャプターさくら』が描く愛の在り方 <ルッキズムひとり語り Vol.9>
SNSや雑誌、WEB、TV、街の広告には「カワイイ」が溢れている。けど、その誰かが決めた「カワイイ」だけが本当に正義なの? セルフラブの大切さを発信する社会起業家・著者の前川裕奈さんがオタク的に綴る、ルッキズムでモヤっている人へのラブレター。
「汝のあるべき姿に戻れ、クロウカード!」
同年代のみなさま、この台詞...心の扉が開くのではないでしょうか。
1990年代後半に『なかよし』で連載されていた『カードキャプターさくら(クロウカード編)』にて、主人公の木之本桜がクロウカードを封印する際の呪文である。大人になった今見ても心揺さぶられるこの神作品の「隠れた良さ」について今回は綴りたい。
このコラムで以前も触れたのだが、最近は今まで以上に、エンタメの中にも「多様性」を見かけるようになった。それ自体はもちろん素晴らしいことなのだが、私が思う理想の「多様性」の在り方とは、それらの目新しい設定を「強調」するのではなく、あえて何も触れず、作品の中で「当たり前」になっていること。例えばルッキズムでいうと、色々な見た目のキャラクターが特に見た目の違いについて言及することなく、当たり前に設定としてそこにあること。その一例として、『ヒロアカ』を以前紹介したが、ルッキズムに限らず「多様な在り方を、当たり前とする」、これを漫画の世界で実現している他の事例はないかなーと先日考えていた際、私の中のケロベロスが「カードキャプターさくらや!」と叫んだ。そう、まさに『カードキャプターさくら』は従来の「普通」に囚われない愛の形を違和感なくさりげなく描いている。
カードキャプターさくらの主人公、木之本桜(以下さくら)は、ひょんな出来事から、この世に災いをもたらすという「クロウカード」を 世界に解き放ってしまい、それらを回収するため、「カードキャプター」として奮闘する。作品の本筋は、彼女がカードを回収しながら成長していく物語ではあるが、同時にたくさんの愛の形を教えてくれるB面があるともいえる。
例えば、彼女の友人である知世ちゃんは、さくらに対して友達以上の感情があるように感じ取れる。それを「恋愛」という言葉でまとめてしまうのは些か雑にすら感じてしまうくらい、彼女の気持ちはとても美しい。さくらは同じような気持ちではないにしろ、もちろん知世ちゃんに対して別の愛はある。
また、さくらの初恋の相手である雪兎は、さくらの兄・桃矢の友人。しかし、さくらのクラスメイトの小狼くんも雪兎に惹かれる時期がある。この描写に対して「男なのに」などの台詞も一切なく当たり前に溶け込んでいる。それだけでは終わらない。雪兎と桃矢は最終的にお互いの「一番大切な人」となる。原作者のCLAMP先生曰く、「桃矢と雪兎の関係は友情と取ってくれてもいいし、それ以上の感情と取ってくださってもいい」と。
文字にすると、一見ドロドロのようだが、全くそんな風にも描かれていない。あまりにも美しく自然に描かれているから、幼少期に見ていた時も「なんで?」と思うことなんてなかった。友情、性別、年齢、国籍、種族を越えた愛の在り方。よく見かけるのは、ここで同性愛であることや、歳の差を気にするような描写であるが、さくらの世界ではそれらはない。
余談だが、さくらの家はシングルファザーで、お父さんや兄の桃矢がキッチンで料理をする描写がしょっちゅうあることも、推せる。未だにアニメの中でも、女性がキッチンに立ち、男性は座っているといった描写はよくあるが逆は意外とまだ少ない。こういう描写もどんどん「当たり前」に増えていってほしい。
なんといっても、これを1990年代の『なかよし』で実現したのは本当に凄いと思う。CLAMP先生さすが。連載から28年以上経った今もなお『カードキャプターさくら』が多くの人々に愛され続けている作品であることも納得だ(そして2016年にはクリアカード編として続編が描かれ、私は見事に1話目から泣いた)。
「当たり前」に多様性が自然と溶け込んでいて、良い意味で疑問視することもない世界は、誰にとっても生きやすいはず。それはルッキズムに関してもいえる。例えば、背が高い女の子、華奢ではない子、背が低い男の子などが主人公にもなれて、その容姿の個性について特に言及せずに当たり前に光があてられていること。そんなコンテンツがどんどん増えることで、より一層エンタメの世界でも本当の多様性を見ることができるのではないだろうか。
「エンタメはフィクションだから現実世界とは関係ない」と思う人もいるかもしれない。けれど、漫画やアニメから学べることって年代問わず沢山あると信じている(参:「"漫画"で社会問題を語るワケ」)。少なくとも私自身の考え方や価値観の一部は、二次元から形成されたといっても過言ではない。人生の多くのヒントも二次元から得てきた。だからこそ、私は「これは……!!」という神描写を見つけたら、今後も紹介し続けたい。
あっ。あと、私も雪兎が好きです。
AUTHOR
前川裕奈
慶應義塾大学法学部卒。民間企業に勤務後、早稲田大学大学院にて国際関係学の修士号を取得。 独立行政法人JICAでの仕事を通してスリランカに出会う。後に外務省の専門調査員としてスリランカに駐在。2019年8月にフィットネスウェアブランド「kelluna.」を起業し代表に就任。現在は、日本とスリランカを行き来しながらkelluna.を運営するほか、様々な社会課題について企業や学校などで講演を行う。趣味は漫画・アニメ・声優の朗読劇鑑賞。著書に『そのカワイイは誰のため? ルッキズムをやっつけたくてスリランカで起業した話』(イカロス出版)。
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