「考えすぎて疲れている」あなたへ。思考に振り回されない心の使い方を公認心理師に聞いた
さまざまなストレスから疲れを感じている人は少なくないと思います。『あふれる「しんどい」をうけとめる こころのティーカップの取り扱い方』(高橋書店)著者で、公認心理師の藤本志乃さんによると、「コントロールすることを手放す」ことが重要とのことです。詳しくお話を伺いました。
SNSで疲れてしまう……その対処法は?
——5000人以上の心と向き合ってこられた中で、現代人に共通するパターンや特徴はあると感じますでしょうか。
SNSによって思考や感情が振り回される人が非常に多いです。さらに、それをコントロールしようとするほど、かえって疲れてしまう現象をよく見かけます。
これは諸説ある話ですが、昔は頭の中に考えが浮かぶのが15秒に1回だったところ、スマホが出現してから7秒に1回になったという説を聞きます。それだけ考えやすくなり、考えに巻き込まれやすくなっているのではないでしょうか。
——情報を浴びる量が増えてしまったため、考える量が増えているということですね。
その通りです。そこで役立つのが「アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)」という心理学の理論に基づいた方法です。コントロールすることを手放す……つまり気づいて手放すということです。
「私こんなに考えちゃってるな」「こういう感情が浮かんでるんだな」と意識を向けてあげて、それは自然なことなので置いておく。考えないようにしようとか、不安にならないようにしようとするのではなくて、「置いておく」方略が重要です。
脳の使い方もトレーニングが必要なので、トレーニングを積んでいけば「置いておく」ことができるようになります。すぐにできるものではありませんが、元気なときにやっておくことで、SNSを見て心が乱されたとき、それに気づいて「今私はこれに乱されてるんだな」と思って置いておくことを、脳が自然とやってくれるようになってきます。
——「SNSで疲れている」というご相談自体が多いのでしょうか。
「SNS」というワードを直接出すわけではないのですが、思考や感情に振り回されている人が非常に多く、話を聞いていく中で「○○さんがこう言ってる」「ネットを見ていて」といった言葉が出てくることが多いです。
——デジタルデトックスを実践している方もいらっしゃいますが、それも一つの方法として大事なのでしょうか。
それは環境調整の一つになると思います。人間は動物と同じで、目の前にあるものにパッと飛びつく習性がありますので、スマホが手元にない、遠くにあるという環境調整も、一定期間できるのであれば、非常に有効だと考えます。
「今ここ」に集中する効果
——お皿洗いのときなど、常に何かを「ながら作業」していないと、時間がもったいない気がしてしまいます。何か一つに集中する時間が少ない気がするのですが、これはよくないのでしょうか。
そうですね。今やっていることに意識を向けると、脳を休めることになるとわかっています。意外かもしれませんが、何もせずぼーっとしているときも、車のアイドリングのように脳は9割ものエネルギーを消費し続けています。
今やっていることに意識を向けることとは、例えば今私は喋っていますが、自分の声や、話し相手の表情に意識を向けることが、実は脳が一番休まっている状態なのです。お皿洗いでいうと、お皿を洗っているときの手や水が当たっている感覚に意識を向けていただくと脳が休まります。
——確かに、ながら作業をせずに、静かにお皿を洗っているとき、なんだか癒される感覚を得たことがあります。
家事も仕事も大変ですが、実はその合間合間で、しっかりと意識を向けることで脳が休められるんです。これが流行っている「マインドフルネス」と言われる手法ですね。
——一つのことに意識を向けることは、日常のどういう場面で取り入れやすいでしょうか。
例えば、通勤時間に歩くとき、足裏の感覚や、目の前に広がっている景色に意識を持っていったり、そのときに湧き上がっている自分の感覚、例えば「胸がざわざわする」「肩が重い」など、体の感覚に意識を向けてみましょう。判断せずに、ただ「そうなんだな」と観察することがポイントです。
電車の揺れている感覚に意識を向けたり、走るのが好きな人であれば走ることでも、運動が好きなら筋トレで同じように一つのことに意識を向けることができます。
会話も次に自分が何を話そうかと考えながら話すと思いますが、相手が話しているときは相手の表情や声にグッと意識を持っていく。その後に自分で考えて次の言葉を発することをやっていくだけでも、大きなマインドフルネスになります。
「感情をコントロールしない」生き方
——これからの時代を生きる人々が心の健康を保つために、どんなことを大切にしたらいいでしょうか。
思考や感情に振り回されやすい現代社会では、多くの方が「嫌な考えや感情をまず取り除いてから行動しなければ」と思い込んでいます。心をまずコントロールしてから何か行動を起こさなければならないと思っている方が非常に多いのです。
ですが、思考や感情は置いておけるものでもあります。ネガティブなものを無理に追い出そうとすることで皆さん疲れてしまっているので、「置いておく」ことをまず習得していただくと、ずいぶん楽になると思います。
そのトレーニングがマインドフルネスです。まず気づいて、そこに意識を向けてあげる。不安が自分の中にどんな感覚として現れているのか、体にどんなふうに表れているのか、頭の中で「今私はこういうふうに考えているんだな」と思っていただく。
——ひとまず「置いておく」ことが大切なのですね。
そうですね。ただ、置いておくだけでは社会生活を営めませんので、自分の人生の中でどういうふうに生きていきたいのか、何をしていきたいのかを明確にしていきます。これを「価値へのコミット」といいます。
嫌な感情や思考はとりあえず置いておいて、やっていきたいことにフォーカスを置き、そこにどんどん近づいていけるような行動を日常の中で増やしていく。そうすると、いつの間にか心は安定しているのです。
一生懸命心をコントロールしようとしているうちは、なかなか心がしんどかったりしますが、とにかく行動を進めていくと、心は安定してきます。不安やストレスはどんどんかかってくるものなので、置いておくことと、行動を進めることを皆さんに知っていただけると、より楽になるのではないかと思っています。
——不安なことを考え始めると、ずっと止まらなくなってしまうことがあります。
考えること自体が悪いわけではないので、「今自分は考えてしまっている」ことにまず気づくことが大切です。考えに巻き込まれているときは、多くの場合「考えていること」に気づかずに、どんどん渦の中で色々なことを考え続けている状態です。「また考え込んでしまっている」という気づきが得られると大きく変わると思います。
周囲の人・専門家に相談するときのポイント
——身近な人に相談するときの心構えはありますか。
お友達など、身近にいる信頼している人に聞いてもらうことは、発散するために大事な方法の一つです。一方で、相手も人間なので、自分が思ったような答えが返ってこないこともあります。よく夫婦間で「聞いてくれるだけでいいのに、余計なことを言われた」といったことを伺います。解決を求めるなら、専門家へ相談することをお勧めします。
ストレスで頭痛や胃痛がずっと治らない、といった症状がある場合には、一度病院を受診していただくことも一つの方法だと思います。
——精神科も心療内科も二ヶ月先まで予約が埋まっているといったことも珍しくありませんが、限界が近いと感じている方はどんな方法がとれますか。
胃痛や頭痛など体の不調があれば、まず対症的な療法として内科でお薬をもらって痛みをまず沈めることも大事なことです。
——カウンセラー探しに悩む人も少なくありませんが、ポイントを教えていただけますか。
カウンセラーを見つけるのが難しいという話はよく伺いますが、一定の基準をクリアしている資格として、臨床心理士と公認心理師があります。臨床心理士は大学院卒で、専門的な心理学を実践とともに丁寧に学んでいますし、公認心理師は国家資格ですので、一つの基準になるでしょう。
ただ人対人なので、合う合わないはあると思います。難しいと思いますが、合わない場合には合わないと伝えてみることも大事なことです。カウンセリングの場合、合わないと思った場合に伝えていただくことで、カウンセリングの効果が上がるという研究もありますので、きちんとした心理士であれば「合わない」と言われれば、なぜ合わないと感じているのかもきちんと分析してくれるはずです。
【プロフィール】
藤本志乃(ふじもと・しの)
公認心理師、臨床心理士。 早稲田大学人間科学部健康福祉学科、早稲田大学大学院人間科学研究科卒業後、荒川区教育センター心理専門相談員と東京大学医学部附属病院腎臓・内分泌内科心理士を兼任。
その後、日本赤十字社医療センター腎臓内科心理判定士を経て、2020年にオンラインで心について学べるサービス(オンラインカウンセリングを含む)を提供するLe:self(リセルフ)を創業。2025年より働きごこち研究所取締役兼任。
カウンセリング歴は15年で、グルーブアプローチを含め、これまでに約5000人を診た経験がある。その他、企業でのメンタルヘルス研修など予防的な心のケアに関する講演、コンテンツ作成などにも多く携わっている。
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