福島県古殿町の凍み餅は、なぜここまで手間がかかるのか|「これがないと本物じゃない」冬仕事
凍み餅、寒もち。餅を凍らせ、寒さで保存性を高める食文化は、日本各地にある。だが福島県古殿町の凍み餅には、地元で「これがないと本物じゃない」と言われるごぼっぱ(オヤマボクチ)が欠かせない。 手に入りにくく、下処理にも驚くほど手間がかかる。それでもこの町で、そのやり方が手放されなかったのは、冬を越え、家族の食をつないでいくために、必要だったからだ。
なぜ、福島県古殿町の凍み餅には「ごぼっぱ」が欠かせないのか
凍み餅は全国にある。でも「中身が同じ」とは限らない
凍み餅(しみもち)や寒餅(かんもち)、氷餅(こおりもち)は、日本各地にある。
寒さを利用して餅を凍らせ、乾燥させることで保存性を高める点では、どれも同じだ。
だが、福島県古殿町の凍み餅は、同じ名前でも中身がまるで違う。
地元の人や料理人が口をそろえて言う。
「これが入らないと、本物の凍み餅じゃない」
その「これ」とは、**ごぼっぱ(オヤマボクチ)**という野草だ。
ごぼっぱは「こだわり」ではなく、つなぎだった
古殿の凍み餅は、もち米に加え、粗く挽いたうるち粉を多く使う。
そのため、つなぎがなければ餅としてまとまらない。
その「つなぎ」として使われてきたのが、ごぼっぱだった。
問題は、この葉が
- 手に入りにくい
- 下処理に、途方もない手間がかかる
という点にある。
それでも、この葉がなければ古殿の凍み餅は成立しない。
ここまで手間がかかるのに、なぜやめなかったのか。
それは、味や伝統のためではなく、冬を越すために必要だったからだ。
そんな本物の凍み餅を、福島県古殿町で作り続けているのが、
ふるさと工房 おざわふぁ〜むの 小澤啓子さんと、夫の昌男さんだ。
「うさぎも食べない」野草を、食べ物にするまで——ごぼっぱの下処理
もともと、食材として扱われることのなかった野草
ごぼっぱは、そのままではとても食べられない。
葉の裏には細かな毛がびっしりと生え、繊維が強く、えぐみもある。
昌男さんは、「うさぎも食べない」と笑って言う。
もともとは、着火剤として使われていた野草だという。
水が黒くなるまで下茹でする理由
収穫したごぼっぱは、葉を一枚ずつ広げて乾燥させる。
大きな葉脈を取り除き、繊維が立つまで揉む。
さらに、4時間ほど茹でてアクを抜く。
その茹で汁は、驚くほど真っ黒になる。
ここまでして、ようやく「餅に入れられる葉」になる。
ごぼっぱの入った凍み餅は、草餅のような香りと、やさしい緑色を帯びる。
しかし、そもそもは年貢として米を上納したあと、手元に残る米や米粉を無駄にしないための工夫だった。
米農家が、飢えをしのぐために生み出した、かさ増しの知恵でもある。
ごぼっぱ入りの凍み餅は、決して贅沢品ではない。
この土地で生きるために、自然にたどり着いた答えだった。
凍み餅作りは「冬の仕事」——寒さを利用する保存技術
大寒までに終わらせる、30日間
ごぼっぱを育て、収穫するのは初夏から晩秋にかけて。
小澤さんは自家採種し、毎年畑で育てている。
秋は米の収穫。そして年が明け、本格的な寒さが訪れると、凍み餅作りが始まる。
できれば大寒のうちに終わらせたい。
立春を過ぎると寒さが緩み、凍み餅には向かなくなるからだ。
蒸したもち米とうるち粉、ごぼっぱを合わせて搗き、のす。
食べやすい大きさに切り、紙で一枚ずつ包む。
8枚ずつ紐でまとめ、水に4時間ほど浸してから軒下に吊るす。
夜に凍り、昼にわずかに緩む。
それを30日ほど、繰り返す。
そうやってできた凍み餅は、常温で何年でも保存できるといわれる。
効率だけでなく、暦で決まる仕事
工程だけを見れば、手間も時間もかかる。現代の効率や合理性だけを基準にすれば、別の選択肢があるように見えてしまう仕事かもしれない。
それでも凍み餅づくりは、自然や暦に合わせて生きてきた中で、ごく当たり前に続いてきた、冬の仕事だった。
日常のおやつとしての凍み餅
凍み餅は、水にしっかりと浸してから、油を多めにひいたフライパンで焼く。
うるち米が多いため、一般的な餅よりも口当たりは軽い。
表面はカリッと香ばしく、中は、ほどけるようにやわらかい。
砂糖醤油やきなこはもちろん、地元で「じゅうねん」と呼ばれるえごま味噌もよく合う。じゅうねんも味噌も、もちろん自家製だ。
啓子さんは子どもの頃、家で作った凍み餅を、普段から食べていたという。
焼いたあとも固くなりにくいため、農作業の合間のおやつとして重宝されてきた。
さらに上の世代になると、水に戻さず、焼かずに、硬いままかじっていたそうだ。口の中で唾液が染み込み、米の甘みがじわじわと広がる。
当時、近くにスーパーはなかった。
すべては、家にあるものから生まれる。
小澤さん夫婦は地元の資源でなんでも手作りしてしまう。
米や野菜、干し柿、凍み餅、さつま餅——そして、みんなの集う家までも。
限られた環境の中で、「いかにおいしく、おなかを満たすか」それを考え続けた結果が、この凍み餅なのだ。
【取材メモ】管理栄養士・石松佑梨が感じた「暦で暮らす」ということ
啓子さんから、印象的な話を聞いた。
それは凍み餅とは直接関係のない、「柏餅」の話だ。
以前、会津地方で、笹の葉を使った「ちまき」を教えてもらったという。
「これは絶対に人気になる。古殿でも作ってみたらいい」
そう言われ、意気揚々と戻ったものの、すぐに気づいた。
会津より暖かな古殿には、笹がない。
教えてくれた人に連絡すると、「笹を送るよ」と言ってくれた。
けれど、そのとき啓子さんは、ふと立ち止まった。
——この土地にないものを、わざわざ持ち込んで作るお菓子って、何か違うのではないか。
目を向けると、身近に柏の木があった。
そこで啓子さんは、古殿の暮らしに合う菓子として、柏餅を作ることにした。
一般に柏餅は、5月5日の端午の節句に食べられる。
だが、柏の葉がいちばん良い状態になるのは、現在の暦では6月ごろ、旧暦の端午の節句にあたる時期だ。
啓子さんは葉の状態を何より大切にし、そのタイミングに合わせて6月に柏餅を作り、直売所に並べた。
最初は怪訝な顔をされることもあった。
「端午の節句でもないのに、柏餅?」
けれど、それは瞬く間に人気になった。
今では「別の時期にも作ってほしい」と言われるほどだが、啓子さんは笑って言う。
「葉っぱがなくなったら、終わりだから。」
農家の暮らしは、「丁寧だから」そうしているのではない。
この土地で、自然と暦を基準に選び続けてきた結果、そうなっているのだ。
私たちが同じ暮らしをそのまま真似することは難しい。
農業をし、保存食を仕込み、すべてを手作りする必要はない。
けれど、
旬を意識すること。
農暦を知ること。
そして、その土地で古くから選ばれてきた「今あるもの」を基準にすること。
それだけで、忙しさの中で乱れがちな体と心のリズムは、少しずつ、確かに整い始める。
古殿での凍み餅づくりは、何か特別なことを学ぶ体験というより、本来の時間感覚に戻るための、小さなリトリートのように感じられた。
お話を伺ったのは
ふるさと工房 おざわふぁ~む
小澤 啓子さん
自分たちが育ってきた、古殿の豊かな食や景色を次の世代にも伝えていきたい——。そんな思いから、凍み餅や郷土料理づくりを続けている。
おいしいものに出会うたび、「これ、どうやって作るの?」と聞き、受け取ってきた知恵を、今は地域の食育としても伝えている。
郷土料理は、特別なものでなくていい。難しいものでなくていい。それぞれの家庭の味でいい。
そうした考えを、日々の暮らしとて仕事の中で、夫婦で守り続けている。
ふるさと工房 おざわふぁ~む
住所:福島県石川郡古殿町田口字石畑135
TEL:0247-57-5147
地域体験プログラム
フルドノタイム
https://furudonotime.net
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※本取材は、まざっせプラザ郡山 のご協力のもと実施しました。
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