沖縄・やんばる発のローカル映画が問いかける「豊かさと幸せ」―世界のブルーゾーンとの共通点とは?

沖縄・やんばる発のローカル映画が問いかける「豊かさと幸せ」―世界のブルーゾーンとの共通点とは?
写真/長谷川梓

沖縄本島北部のやんばる地域を舞台に、地産地消の食と人とのつながりをテーマに描くロードムービー『HAPPY SANDWICH~幸せのサンドウィッチ~』が日本と世界各国で上映され話題を呼んでいます。映画制作に至った背景や食を通して今、見直したいことをエグゼクティブプロデューサー・大朝將嗣さん、プロデューサー・大朝まりあさんに語っていただきました。

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便利さと画一化のなかで薄らぐ独自の食文化にスポット

―「HAPPY SANDWICH~幸せのサンドウィッチ~」は沖縄県名護市出身の岸本司氏を監督に迎え、わずか6名のクルーで制作したと聞きました。きっかけとなった初めの一歩を教えてください。

「2019年に体を壊し、心臓の手術を受けてセミリタイアを決めました。ずっと那覇市で飲食業とホテル業で忙しくしていましたが、やんばるに移住して7000坪の山を買い、2年半かけて開拓。山ラボ、海ラボ、野ラボ、スタジオという地域活性の場を作ったんです。同時に地産地消の暮らし方の重要性に気づき国内を視察、四国の瀬戸大橋に差しかかったとき、車の中でふと彼女に「映画を作りたい……」と言っちゃったんです。コロナ時代に突入して人里離れた山の上から社会を俯瞰したとき、食を通して生き方を見直す映画を作りたいと思った。使命感というよりごく自然に」(大朝將嗣さん)

「彼はやんばるに癒され、この地域の食文化や土地への思いを映画という形で届けたくなったのだと思います。今の日本は何でも、いつでも、どこでも同じものが食べられますが、食とは本来その土地の気候や風土、人々の暮らしと深く結びついていました。地元の食材で作った料理には、その土地の文化や歴史が詰まっています。便利な時代だからこそもう一度足元に目を向け、映画を通して食の在り方や人とのつながりを大切にしながら暮らす文化を考え直してほしい思いスタートしました」(大朝まりあさん)

―物語は、主人公が神職にあたるカミンチュから「神様に捧げるサンドウィッチを作るように」というお告げを言い渡されるところから始まり、サンドウィッチのヒントを求めて生産者や料理人に会いに行く形で展開していきます。なぜサンドウィッチをフックに?

「実はこの映画、ストーリーより先にタイトルが閃いたんです。コロナ禍で大変な思いをしている人たちがハッピーになる作品を作りたい。そして日本だけでなく世界中の老若男女に親しまれ、世界共通の思いを挟めるものということで『幸せのサンドウィッチ』に決まりました」(大朝まりあさん)

―映画を観て感じたのは、サンドウィッチに挟む具材には、作る人のアイデンティティやライフスタイルが反映されるということ。着眼点が素晴らしいですね。どんな役者さんが出演していますか?

「プロの方は役者さん2人とナレーターだけなんです。ほかの出演者はやんばるの飲食店や農園のオーナー、養蜂家、ウミンチュ、琉球料理の伝承人等々。映画を作るにあたりドキュメンタリーが一番現実的だったのと、リアルな声を届けたくて。みなさん役者としては素人ですが、自分の思いを持っている方ばかりなので成立したと思います」(大朝まりあさん)

「このテーマで話をしてほしいとだけ伝えて、与えられた台本のセリフではなく出演者一人ひとりの言葉で話してもらっています。練習なしでほとんど一発OK。みなさん生き方の哲学をちゃんと持っているので僕らはその言葉を物語に落とし込み、監督には重くなりすぎないようにエンタメ性を織り込んで伝えるようにお願いしました」(大朝將嗣さん)

ハッピーサンドイッチ

やんばるに脈々と息づく本当の豊かさとは?

―作品の舞台でありお二人の暮らしの場でもあるやんばるは、名護市以北の沖縄本島北部にあるエリアを指します。国立公園を有する豊かな森林が広がるやんばるに対するお二人の思いを聞かせてください。

「僕は沖縄本島南部で生まれ育ち、やんばるは田舎と卑下されてきました。今だってスーパーもガソリンスタンドもなく、ないない尽くし。あるのは豊かな森と海、手を伸ばせば届きそうな太陽です。沖縄は観光開発や投資案件が進み、世界中からお金が集まるのは素晴らしいことかもしれません。最近では『”ビンボウ”なやんばるにも豊かさを届けたい』という声も聞こえてきます。それを聞いたときふとこんなことを考えたんです。お金があれば豊かなのでしょうか。映画のなかで『やんばる、大繁盛!』という言葉が出てきますが、これはお金や物が増えて万歳という意味ではなく、やんばるの自然を愛する心を持つ人に来てもらい、地域の文化が栄えてほしいという願いを込めました」(大朝將嗣さん)

「沖縄に観光に来ると那覇市や美ら海水族館に行って帰ってしまう。何もないからやんばるは行く目的がないって。確かに観光施設はないけど、人間優先ではない自然ありきの暮らしがここにはあります。人が自然と共に生きて暮らす姿に自分のなかの本来の姿を思い出し、大切なものを見つめ直す幸せに気づかせてくれる場所なのです」(大朝まりあさん)

―ヨガにはサントーシャ(足るを知る)という教えがあり、もともと持っているものに気づき、自分のなかにある豊かさを自覚しましょうと説いています。やんばるの暮らしにはこの教えに通じる精神性を感じます。食文化にもやんばるならではの独自性がありますか?

「沖縄には琉球時代から独自の食文化が息づき、薩摩藩の支配、戦後のアメリカ文化の影響、そして1972年の本土復帰など時代の変遷が食文化に影響を与えてきました。特に戦後はダイレクトにアメリカの影響を受け、缶詰など食の欧米化が進み長寿につながる伝統的な食文化は姿を消していきます。しかし北部のやんばるは不便さゆえに庭先でとれた野菜や目の前の海で釣れた魚を食し、今もその生活が続いています。たくさんとれたら互いにわけ合い、食を通した人と人のつながりも息づいています」(大朝まりあさん)

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体と心の真の健康、その答えはブルーゾーンにあった

―英語字幕を加えた本作品は、沖縄や世界各地の国際映画祭にノミネートされました。その後の上映は映画館に留まらず、お二人が映画を届ける旅を通して世界各国に広がっています。どんな国を訪れましたか?

「80日間かけて9カ国・13地域を訪ねました。そのなかには100歳を超える長寿者が暮らす『ブルーゾーン』と呼ばれる5つの地域も含まれます。沖縄もブルーゾーンの一つです。今回はイタリア・サルデーニャ島、ギリシャ・イカリア島、アメリカ・ロマリンダ、コスタリカ・ニコジャ半島に足を運びました」(大朝將嗣さん)

上映会
スペイン・バルセロナでの上映後トーク風景(上)、ペルー沖縄県人会の皆様と記念撮影(下)
写真/大朝まりあ

―沖縄と世界のブルーゾーンとの共通点はありましたか?

「沖縄も世界のブルーゾーンも不便で厳しい環境だから知恵を絞って暮らし、その積み重ねが長寿につながっていると感じました。自分たちで作った限りある食材を食べるから食べ過ぎない、添加物をとらない。年配の方に健康の秘訣を聞いても、そんなの知らないよって。意図していないけど自然と共にあるがままに生きる暮らしこそが長生きの秘訣なのだと感じました。

印象的だったのは、自分たちはイタリア人ではなくサルデーニャ人で羊飼いの末裔という誇りを持ち、羊飼いとしてのライフスタイルを大事にしているサルデーニャ島の人々の暮らしぶりです。日本人が忘れかけた姿を見た気がしました。イカリア島のおじさんは、ブルーゾーンと言われているけど、僕はこの生活様式を守りたいから続けているだけと言っていて素敵だなと思いました」(大朝まりあさん)

―ブルーゾーンの暮らしは、人々のメンタリティにも影響を与えていると感じますか?

「食だけでなく生きること全般に言えるのは、彼らは比較をしません。自分たちの地域の暮らしが一番幸せと感じているんです。最近よく聞くウェルビーイングという言葉は広義すぎる印象を受けますが、ブルーゾーンを訪ねて感じたのは、どれだけ自分らしく生きられるかがウェルビーイングだと思いました」(大朝將嗣さん)

―世界各地を見て日本に戻り、改めて感じたことはありますか?

「海外を回れば回るほど日本はすごいと感じました。もっと日本に生まれたことに誇りを持っていいと思います」(大朝將嗣さん)

「何がすごいかというと食に対する感性の鋭さです。この水はまろやかなだね、と水の味を利きわけたり、お醤油が変わったらその微妙な変化がわかったり……。器への盛り方もしかり、繊細な味覚と美意識を私たちはもともと持っています。映画では生まれ持った感性や食文化にプライドを持とうというメッセージを声高に発信していませんが、もう一度足元を見直すきっかけとして、この映画が存在するといいなと思っています」(大朝まりあさん)

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作りたかったのは売る映画ではなく、人とつながり伝える映画

―ブルーゾーン以外ではどこで上映会を行いましたか?

「沖縄から海外に移住したウチナーンチュ(沖縄県系人)は42万人いて、今回はブラジル、ボリビア、ペルー、ロサンゼルスなどの沖縄県人会のもとで上映会を行いました。みなさんのネットワークのおかげでやんばるから世界へ映画を届けることができました」(大朝將嗣さん)

「最初は映画なんて作れるのかと半信半疑でしたが、いざ完成したら今度は観てもらうための作戦を立てるのが大変。通常は興行して映画を観てもらったらおしまいですが、私たちは観た人とリアルにつながりたかった。人とつながるための映画、売るためではなく伝えるための映画を作りたかったと言っても過言ではありません」(大朝まりあさん)

―上映会を機にどんなムーブメントを期待しますか?

「映画を通して問題提起をしたけど、それで完結ではありません。国内では映画を観て、自分なりのサンドウィッチを作る動きが広がっています。僕は世界中にこの動きが広まればいいと願っています。あなたならどんなサンドウィッチを作りますか?というボールを投げたからきっと返ってくるはず。ボールを受け取った人が自分ならどうするかを考えてくれたら嬉しいです」(大朝將嗣さん)

「各地域に郷土料理があり、サンドウィッチ作りがその土地の食を今一度考えるきっかけになればと思います」(大朝まりあさん)

―キャッチーなメッセージを投げてくれる映画はわかりやすさという点ではいいですが、自分で考える必要がなくなってしまいます。この映画は今考えるべきことは何か、その答えを見る側に委ねてくる映画。静かだけど雄弁な映画、という印象を受けました。

「そう捉えてもらえると嬉しいです。監督は作品に余白を残したいと言っていました。暮らしもそうだけど、詰め込みすぎると自分で考える力や余裕がなくなってしまいますからね」(大朝まりあさん)

「神様に捧げるサンドウィッチを通して、自分はどういう生き方をしているか、したいか。それをじっくり考えて神様に報告する映画になっています。自分ならどんなサンドウィッチを作るか考えながら、生き方を見直すきっかけにしていただけたらうれしいです」(大朝將嗣さん)

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プロフィール

エグゼクティブ プロデューサー・大朝將嗣さん
1954年生まれ、沖縄県那覇市出身。那覇市で複数の飲食店を展開し、屋我地島にアロハホテル(ナンマムイ ネイチャー リゾート)開業。2019年に心臓の手術を機に”やんばるライフスタイル”に切り替えて地域活性の場作りを目指す。その一環として映画『HAPPY SANDWICH~幸せのサンドウィッチ~』を制作。映像・企画・制作・配給を行う株式会社やんばる共和国代表。

プロデューサー・大朝まりあさん
1971年生まれ 新潟県 上越市出身(本名は正代)。新井高校、卒業後、写真業に従事。小熊写真館(新潟)秋山写真工房(東京)を経て30歳で独立しフリーカメラマンとして活動。45歳でナンマムイ ネイチャーリゾート開業準備を機に沖縄へ移住し2019年より ”やんばるライフスタイル”の実践、地域活性の場つくりに邁進。やんばるが舞台の映画制作をプロデューサー、カメラマン、フードコーディネーションとして参加。

◆上映情報
 劇場: テアトル梅田 (大阪)
上映開始日: 2025年7月11日(金)〜( 1週間予定)
詳細▶オフィシャルサイトhttps://www.happy-sandwich.com/

 

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取材・文/北林あい
写真/長谷川梓

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