「ヤバい、やせなきゃ」は本当に“自分の声”?──体形コンプレックスと社会の仕組み

「ヤバい、やせなきゃ」は本当に“自分の声”?──体形コンプレックスと社会の仕組み
吉野なお
吉野なお
2025-05-10

プラスサイズモデルでありアクティビストとしても活動する吉野なおさんによるコラム連載。

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体重が増えたとき、「ヤバい、やせなきゃ」と急に食事制限を始め、しばらく経つとまた同じように繰り返す..そんな経験はありますか?私自身、長年そんなふうに自分の体と付き合ってきました。でもその背景には、思っていた以上に根深い「社会の価値観」が影を落としているかもしれません。

4月17日に日本肥満学会が若年女性の低体重の健康問題に警鐘を鳴らす会見を行いました。同学会によると、現在の日本では「やせすぎ」基準にあたる、BMI18.5未満の20代女性が5人に1人という割合になっているそうです。これは先進国の中でも異例の結果で、栄養摂取が充分ではない貧困国と同じぐらいの割合だそうです。

また、東京都・大阪府・和歌山県の小学生女児1905名に対する調査では、小学1年生の女子の35.5%、6年生では50.5%が「痩せたい」と思っているということが分かったそうです。実際にダイエットをする割合はそれよりも少ないとのことですが、一部ではダイエットきっかけに食事を摂らなくなり、拒食症などの摂食障害に陥る子どもたちもいます。この調査結果の背景には、大人たち自身が「女性は痩せている方が良い」と信じて育ってきた社会があります。私もその一人でした。 

現在39歳になる私は、子供の頃から、「痩せると綺麗、健康」「太っていることは怠惰、不健康」といったファットフォビア(肥満に対する嫌悪)なメッセージに囲まれて育ちました。小学生の時すでに「太っているのは恥ずかしい。痩せなければいけない」と考えるようになっていて、その価値観を疑う余地もありませんでした。なぜなら、実際に生活する上で、体形を理由に嫌な経験をすることもあったからです。 

小学生のころから、同級生の男子や大人から太っていることを揶揄されたり、気に入った洋服が入らなかったりしたときに、自分の存在が否定されたような気持ちになりました。友達と一緒に写真を撮れば、私だけ明らかに体が大きくて違和感があり、とてもブスに見えて恥ずかしくなりました。 

人に揶揄される自分の体の居心地が悪い。でもどうしたらいいのか分からない。テレビを見れば「ダイエットをして人生が変わった!」という女性のサクセスストーリーが繰り返し紹介されている…そんな子供時代を過ごしたのです。

10代になってからは、見よう見まねでダイエットを繰り返した末に、気づけば摂食障害に悩むようになりました。固形物を食べることが怖くなり、激しい運動を繰り返す。ある時は反対に、口に詰め込むように食べ物を食べないと気分が落ち着かなくなるなど、食べものとの関係性がおかしくなっていってしまったのです。

悩んでいた頃は、自分の体が自分ではないような、まるで着ぐるみを着ているような感覚でした。30kg痩せたとしても、自分の意識の中ではまだ太っているように感じるのに対し、実際に太ったときには鏡に映る自分がとても醜く思えて、これが自分だと認めたくありませんでした。 

現在私は、摂食障害から回復して14年以上が経ちます。当時はほとんど人に相談できず孤独に過ごしていました。でもこうして自分の経験をシェアしてみると、たくさんの女性たちから共感の声が届き、それらが私だけに起きた特別なことではないのだと知るようになりました。人に話さないだけで、ひっそりと悩みを抱えている女性たちがとても多いのです。 

回復までには時間がかかりましたが、私は自分の存在を受け入れ、食事や体とうまく付き合えるようになり、心も体も健康な生活を送れるようになりました。痩せることに縛られていた生活が、いかに自分の人生の視野を狭くしていたのかにも気が付きました。

けれどSNSなどでは今でも見ず知らずの人から「痩せた方がいい」「自己管理ができていない」「太っていると不健康」といった声が届きます。摂食障害を経験した私にとって、それらの言葉が、どれだけ無責任で、軽薄なものか身をもって知っています。 

吉野なお ビーチ

他者の体を評価し、痩せることを強要する価値観は、テレビ、雑誌、広告、ネット、学校、家庭などあらゆる場所で繰り返されています。そして私たちの心に「自分の考え」のように刷り込まれ、内在化されていきます。

当たり前のように湧き出てくる「やせなきゃ」という気持ち、それは本当に自分の声でしょうか? 

社会には不安を煽り、それをビジネスに繋げる仕組みがあります。衣食住が満たされた現代の日本において、女性の痩せ願望ほど消費を促す都合のいい感情はありません。減量=ファスティングや極端な食事制限が繰り返される背景には、「太っているのは自己責任」という風潮もありますが、実際にはリバウンドのメカニズムや、女性の体が脂肪を蓄えやすい構造であることなど、科学的な理解も必要です。

急な食事制限をして体重を減らすこができると、「努力できている」と思いがちですが、そのリスクは想像以上に大きいです。本人はダイエットのつもりでも身体は飢餓状態だと錯覚し、代謝を落としたり、筋肉を分解してエネルギーを補おうとします。結果的に体調を崩しやすくなり、心にも大きな負荷がかかります。

当たり前のことですが、人間の容姿は人それぞれ異なります。また、人それぞれちょうど良い体のバランスがあります。統計で決められた、健康基準の体重・体形などはありますが、その体重で実際にその人個人が心も体も健康でいられるかはまた別の話。女性だとホルモンバランスや妊娠出産の影響など、ライフステージによって体形が変わっていくのも自然なことですし、病気の治療で体形が変わる場合もあります。

また、体形によって人格まで否定されるような風潮が、根強くあることも問題だと感じます。「痩せている=健康・頑張っている」「太っている=不健康・怠惰」といったイメージが当たり前のように語られますが、実際には、体形に関係なく健康状態が悪い人もいますし、性格や生活態度もさまざまです。 

私たちは、自分の体を評価し責める視線を次世代へと引き継がないためにも、いま一度「その価値観はどこから来たのか?」と問い直す必要があるのではないでしょうか。

本当に必要なのは「痩せなきゃ」と焦ったり自分を責めることではなく、体の仕組みを理解し、私たち自身が自分の存在に安心できる社会、そして他者の体に干渉しない社会なのだと思います。

その一歩は、内在化された価値観に気づき、自分の体に向ける声を、今日から少しだけ変えてみることかもしれません。

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