「何者かになりたかった」でも「何者にもなれなかった」と絶望した時に伝えたいこと|心理師が考える

「何者かになりたかった」でも「何者にもなれなかった」と絶望した時に伝えたいこと|心理師が考える
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石上友梨
石上友梨
2025-05-16

何者かになろうと必死に頑張っていた。それでもうまくいかず、自分に絶望した。その先には、どのような生き方や選択肢が待っているのでしょうか。焦らず、比べず、自分だけの歩みを取り戻していくための道を心理師が考えます。

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「何者かになりたかった」

必死に頑張りながら、何者かになろうと努力したけれど、結局、「自分は自分にしかなれない。自分は自分だった」という、あまりにも当たり前の事実に気づき絶望したことはありませんか?「何者にもなれない」という挫折を感じるタイミングは人それぞれですが、20代後半から30代前半にかけてが多いかもしれません。社会に出て、理想と現実のギャップに悩み、進むべき道に迷い、周囲の成功と自分を比べて苦しくなる時期です。とはいえ、この感情は人生のどのタイミングでも訪れる可能性があります。大切なのは、それをどう乗り越えていくかです。焦らず、自分のペースで、小さな前進を積み重ねることで、また少しずつ希望を取り戻していくことができます。

「何者かになる」とは、他者承認の物語

「何者かになる」とは、社会における自分の立ち位置や、他人からどう見られるかを強く意識することでもあります。つまり、それは他者のまなざしを内面化し、自ら作り上げた「ものさし」による評価だと言えます。他者からの承認が欲しくて、認められたくて、必死になってしまう。でも、それが本当に自分自身の望みだったのかは分かりません。「何者にもなれなかった」という挫折を経験した人は、多くの場合、最初に自己否定や無力感に沈みます。しかし、その後、少しずつ視点が変わっていくことが多いです。「何者かにならなくても、自分は生きていていい」こうした気づきが、ゆっくりと心に芽生えていきます。

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挫折のあとに見つける人生の歩み

「何者にもなれなかった」と感じた後の道筋は、人それぞれ異なります。たとえば以下のような選択肢が考えられます。

1. 新しい役割を得る(親になる、小さな仕事を大切にする)
2. 他者とのつながりを深める(一人ではないと実感する)
3. 何者にもならない自由を見つける(役割や肩書きから解放される)
4. 新しい挑戦をする(小さな興味から新しい世界に触れる)
5. 夢に別の形で再び触れる(裏方で関わるなど)
6. 静かな暮らしを楽しむ(目立たないけれど豊かな日常を味わう)

ここに記載がないような道もあるでしょう。どれも尊く、かけがえのない道です。

「ありのままの自分」を受け止める練習

これまで「人から認められた自分」や「すごい自分」だけを認めてきたかもしれません。しかし、これからは、どんな自分でも、ありのままの自分を認められるようになることで今後の歩み方も変わってくるでしょう。

・ダメな自分
・格好悪い自分
・怒ったり泣いたりする自分

そんな自分も、「いていい」と少しずつ認めていく練習が必要です。たとえば、小さなことでいいので、心の中でこんなふうに言ってあげます。「今日は何もできなかった。でもそれでもOK」「悲しかった。でもそれも自分だ」この小さな声かけが、やがてありのままの「自己受容」につながっていきます。

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「成果」ではなく「存在」に価値を置く

これまで「成果」や「他人からの評価」によって感じていた自己価値を、これからは「ただ存在していること」に少しずつシフトしていきます。

・誰にも認められなくても、「今日もよく生きたね」と自分に声をかける。
・目立たなくても、何もしていなくても、「私はここにいる、それでいい」と思ってみる。

最初は違和感があるかもしれません。それでも、続けるうちに、心に沁みるようになっていきます。「何者にもなれなかった」と絶望したとき、思い描いていた世界は一度崩れてしまいます。しかし、そのあとには、「ありのままの自分を生きる」という、もっと自由で優しい世界が広がっています。焦らず、比べず、自分の歩幅で歩んでいきましょう。

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