メディアの専門家が「推し活疲れ」をした理由。持続可能な推し活のヒントについて聞いた【体験談】


私たちの生活に定着している「推し活」。推しが心の支えとなり、日々のつらいことを忘れさせてもらっている人も少なくないと思います。一方、「推し活疲れ」という言葉も聞くように、課題もあります。『オタク文化とフェミニズム』(青土社)の著者で、東京大学大学院情報学環教授の田中東子先生に、前編では「推し活疲れ」や推し活が奪っているものについて、解説していただきました。後編では、田中先生自身の推し活疲れの経験や、「穏やかな推し活」のヒントについて伺いました。
突然始まるライブ配信が追えなくて「推し活疲れ」
——田中先生ご自身の「推し活疲れ」はどのようなものだったのでしょうか。
コロナ禍の少し前からインスタライブなどの配信が始まり、コロナ禍で本格的になったことが分水嶺でした。
推しは2.5次元(アニメやゲーム作品の舞台化)の俳優さんでした。観劇は決まった時間のスケジュール調整をして、推し活友達とご飯を食べて帰ってくる、といった感じで、スケジュールを固めやすいのですが、配信は突然始まることが多くて、仕事の時間と衝突するなど、追うのが難しくなってしまって。もう続けられないかも……と思うようになりました。
——確かに、「今夜インスタライブやります!」的な勢いで始まることもありますよね。
大手事務所ですと、数日前から予告してくれることも多いのですが、フリーランスの役者さんですと、「食後に配信しようかな」といった気軽な感じで、30分前に告知されるなんてことも多くて。
それに加えて、推しの役者さんの人気が出てきて、出演する舞台が増えるのは嬉しいものの、次々と出演が決まると、スケジュールを合わせるのが難しくもなりました。
——見る機会が増えることは嬉しいものの、応援が追いつかなくなってしまったのですね。
推しが発信するものは極力見落としたくないので、「やるなら見なきゃ」という意識があるのですが、全部見ると、もはや仕事との調整がつかなくなってしまうんですよね。
私は推し活において「推すならば、忠誠心を注がなければ」という気持ちが強い方だったので、推し活と自分の仕事を天秤にかけた結果、仕事を取らざるをえなくなりました。
もう無理かも、と感じるようになったのが2018年頃です。急激に仕事が忙しくなり、でも配信なんかも増えてきて、もう追えない……となりました。
でも、私にとっては、推しを観に行きたいだけでなく、推し活友達との時間がすごく大切だったんです。どちらかというと、推し活友達に会いたいから、推し活しているような面もありました。
「推し活」でできた女ともだち
——推し活を通じて仲良くなったものの、推し活以外の面でも繋がりができることはありますよね。
特に2003年頃の「冬ソナブーム」で見られたように、中高年の女性たちのファン活動が盛り上がって、そこでできた友達と旅行するなど、中高年女性が活動的になったのは、推し活の良い面だと思います。
多くの女性が、既婚・独身、収入を得る仕事の有無、子どもの有無などという違いで、日頃は似たような環境の人としか接触する機会がなかったり、孤独を感じたりすることがあります。
推し活は「同じ推しが好き」という点だけで繋がるので、日常生活では出会わない地域や、職業、年齢の方と秒速で仲良くなれる。それが女性たちにとって、親密な繋がりや、緻密なコミュニティを一瞬で築くことができるきっかけになっています。
——「推し変」をしたら関係性は変わってしまうのでしょうか。
別れてしまうことも、推しが変わっても続いていくこともあります。私がリサーチした中では、現在推している対象はそれぞれ違うけれども、年に1回、最初に推し活を始めたときのメンバーで旅行に行ってますとか、定期的にお食事会していますといった話は頻繁に聞きます。
今回の本では、推し活の問題点について色々と言及してはいるものの、推し活が人生において、とても重要な役割を果たしていることも書いています。
「穏やかな推し活」のヒント
——田中先生自身は、現在、心の栄養はどう補給されているのでしょうか?
観劇に行けなくなってきたので、2年ほど前にゴルフを始めました。ゴルフといってもコースに出ると丸一日かかってしまってこれまたほとんど時間が取れないので、基本的には打ちっぱなしやレッスンに行っています。1時間程度で済むので、良い息抜きです。
体を動かすと血流が良くなるからか、スッキリして、メンタルの調子も良くなってきて。改めて運動のメリットを感じています。
運動を始めた理由は、健康的な理由も大きかったんです。年齢的なこともあって骨密度が低下してきたのですが、ゴルフクラブを振りまわすことで筋肉がついてきましたし、骨密度の数値も今では年齢相応に改善してきました。
——運動の中でもなぜゴルフだったのでしょうか?
私は、コントラクトブリッジのように頭を使って読み合いをするカードゲームが好きなのですが、ゴルフも同じようにゲーム要素があるんです。
使える道具や、コースの形状、自分の飛ばせる距離などに応じて、組み合わせを考えてコースを攻略するという点で、ゴルフは戦略的なスポーツで、そういうところに夢中になりました。
——ゴルフのように自分が何かをして楽しむのと、誰かを推すのとでは、楽しみ方は変わりますよね。
それがですね……ゴルフをやり始めたら、ゴルフの試合を見るのが楽しくて、今は女子ゴルファーを推しています。スポーツをしても、結局は推し活に行きつくという、自分のオタク気質の強さを実感しています(笑)。
——結果的に「推し」に巡り会えたのですね!
今はテレビで中継を見ているだけなのですが、いつか現場に試合を観に行けたらとも思っています。
今の女子ゴルフは、20歳前後の才能豊かな若い選手がたくさんいて、毎週のように1位が入れ替わる熱い展開が繰り広げられているんです。自分で身体を動かしながら、推し活も楽しんでいます。
——ゴルフをやったり、女子ゴルファーを推したりすることは、仕事の忙しさと衝突せずにちょうどいいペースで楽しめるということでしょうか?
今、平日にまとまった時間を確保するのが難しいのですが、ゴルフの練習は1時間くらいでできちゃうので、スキマ時間に練習できるのがちょうどいいですね。
ゴルフの試合は、日曜日の午後に1位が決まるような試合のテレビ中継が行われていることが多くて、ちょうど私が休めるタイミングと試合のタイミングが合っているので、毎週のように楽しみに中継を見ています。
——先生のお話を伺って、今の生活の中で無理なく推せるものを選ぶことが「疲れない推し活」のヒントなのだと感じました。
確かに、自分のライフスタイルに合わせた「推し」を選ぶことは、無理のない推し活のポイントかもしれません。でも「推し」は選べない側面もありますよね。「秒で恋に落ちる」ことは往々にしてあるので。
一瞬で燃え上がって、激しい熱意で推すことの楽しさはありますし、今の私のように穏やかな推し活で得られることもあります。どちらにしても、持続可能な推し活のあり方は、これから社会全体で考えていけたらいいですね。

【プロフィール】
田中東子(たなか・とうこ)
1972年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(政治学)。現在、東京大学大学院情報学環教授。専門は、メディア文化論、第三波以降のフェミニズム、カルチュラル・スタディーズ。単著に『メディア文化とジェンダーの政治学』(世界思想社)。共著・編著に『ガールズ・メディア・スタディーズ』(北樹出版)、『ジェンダーで学ぶメディア論』(世界思想社)など。共訳書にポール・ギルロイ『ユニオンジャックに黒はない』(月曜社)、アンジェラ・マクロビー『フェミニズムとレジリエンスの政治』(青土社)などがある。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く