ヨガとスープの共通点って?ヨガ友と行うキッチンプラクティスのススメ

ヨガとスープの共通項って?ヨガ友と行うキッチンプラクティスのススメ
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アメリカで料理研究家として活躍するアナ・トーマス。ヨギでもある彼女が、引っ越し中に使っていた「間に合わせの小さなキッチン」で気づいたこととは?

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その小さなキッチンを使うのは、せいぜい6カ月くらいだろうと思っていた。私は長年住んだ家を売り、住めるようにするのに大幅な工事をしなくてはいけない、以前よりずっと小さな家を買ったところだった。新しい家を工事している間は、その隣にあった画家用のスタジオを改装し、寝室用のロフトの階段の下に小さなキッチンを押し込んだところに住んだ。そこのキッチンにあったのは、カウンターがひとつ、アパートメント用の20インチのコンロ、タイヤのついたイケア製のカート。「新しい家に移るまでは、人をもてなすこともないわね」 と私は思った。リフォームをしている間は、食事はコーヒーとテイクアウトのものですませなければ。当時、私はショック状態にあった。子供たちが育った家を去ることが寂しく、これまでよりずっと小さな家に住む準備で疲れきっていたのだ。私は、8つの寝室、7つの暖炉、28のクローゼット、そして大きなキッチンのある巨大なカントリー・ハウスから、クローゼットのない、商業用のワンルームへと引っ越したのだった。大量のものを処分し、それ以外は倉庫行きとなった。 持ってきたのは、いくつかの本当に生活に欠かせないものだけ。ヨガのクラスや執筆に没頭する時間といった、そのほかの自分の生活も後々までお預けにした。生活が激変するなかで、そんなことをする余裕はなかったのだ。私は引っ越した。クローゼットをつくり、荷物の箱を開けた。3Dパズルを解くように、ものを一体どこにしまえばいいのかを考えた。私は泣いた。そして小さなキッチンに入った。立って手を伸ばすと、どこにでも手が届いた。「小さなキッチンにいるんだわ」――私は思った。

料理とヨガの共通項とは

引っ越して間もなく、私はファーマーズ・マーケットに出かけた。大きなキッチンがあったころは、普段からよく出かけていたところだ。そこには、天の恵みをたくさん受けたスクウォッシュが山積みされていた。表面がすべすべのバターナットスクウォッシュ、灰色がかった緑色のでこぼこのカボチャ、ほんの少し青味がかったハバードスクウォッシュ。どれもこれも全部欲しくなった。でも、どこに置けばいいのかしら?

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(Photo by PIXTA)

まだら模様のブラックケールやグリーントマト、タマネギ、コリアンダー、トウガラシなどを袋いっぱいに詰め込みながら、私は置き場所のことは後で心配しようと決めたのだった。

部屋に戻り、コンロにやっと乗るくらいのお気に入りのスープ鍋を取り出した。私は、慣れ親しんだ動作に我を忘れて取り組んだ。タマネギを刻み、熱したオリーブオイルに投げ込み、それがジュージューと音をたてるのを聞いた。硬いスクウォッシュにナイフを入れると、明るい黄金色の中身が顔を出した。私は、 本気でテイクアウトの食事で暮らしていくつもりだったのかしら?

マーブル模様のウズラ豆が指の間からこぼれ落ち、かわいらしい豆が水の中に吸い込まれていく。作業をしていると、頭の中の雑音が静まり、手足がリラックスした。毎日、蚊のように私を刺していた、数多くの小さな苛立ちや心配事が消えていったのだ。

オーブンでキャラメリゼしたスクウォッシュとグリーントマトは、極上の香りで部屋中を包んだ。空気をぴりっとさせながらトウガラシをピューレにし、神秘的なスパイスの香りをかぎながらクミンシードをトーストした。ぐつぐつ煮えている豆をかき混ぜ、セージとニンニクの匂いを吸い込んだ。

私は友達に電話した。ほどなくして、 スープはボウルによそわれた。誰かがヤギのチーズのパッケージを開け、パンを回した。部屋が笑い声で溢れた。自分の家にいる気持ちになった。

小さなキッチンが教えてくれた本当の「自由」

以前の家では、ディナー・パーティを開くのが楽しみだった。けれども、そこにパフォーマンス的要素があったことも否めない。ところが、今となっては、そのときにある材料で素朴なスープを作り、友達を招待するのも突然だった。「いらっしゃいよ、服装なんて誰も気にしないわ。いいえ、手ぶらでいいのよ、そうね、ビーツ・サラダの残りがあるのなら それを持って、とにかく来てちょうだい」 ――その小さなキッチンは、一時期だけしか使わない仮のところだったから、どういうわけか、そこでのディナーも正式なものには「入らない」のだった。私は、ディナー・パーティはこうあるべきだ、という考えをすべて手放した。すると突然、小さなキッチンの持つ「限界」が、 まるで自由のように感じられるようにな った。

その小さなキッチンでつくるスープの量は、どんどん増えていった。私はもっと多くの友達を招いた。誰かと分けて食べなくてはいけなかったからだ。スープをかき混ぜながら、私は家で料理をすることについて、そしてそれがいかにシェアすることと強く結びついているのかについて、考えた。食べ物を分け合うことで、私たちはたたえ合い、慰め、励まし合うのだ。

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(Photo by PIXTA)

「シェアする食べ物」の世界は、スープから始まる。どんな人にとっても、家で料理をやってみるとっかかりになるのだ。たとえキッチンが小さくても、鍋がたったひとつしかなくても。そんな夜を過ごしていたある晩、私は、次に出す料理の本では、スープについて書こうと決めた。コンロの上でぐつぐつ煮えている、このシンプルで栄養があって、ひとつの鍋でできる食事が、望んでいた生活を引き寄せてくれたのだ。

本が形になっていくにつれて、小さなキッチンでの「スープ・ナイト」は、一 晩で2~3種類、ときには4種類ものスープを味見する試食会になった。寒い時季には、ゴールデン・バターナットスクウォッシュ・スープ、モロッコのスパイスをきかせた根菜のシチュー、素朴なスプリットピー・スープをつくった。春になり、空気が暖かくなってくると、アスパラガスやグリーンピース、ミントを使ってスープをつくった。夏にはトマト・スープ、スイートコーン・スープ、コショウのきいたバジル入りズッキーニのスープ。大きな鍋に入ったスープを地域のホームレスのための施設に持っていくこともよくあった。小さなキッチンは活気づいた。

そうこうしているうちにも、隣の家の工事は続いていた。6カ月の予定だったのが1年になり、そして2年、3年になった。すると、一時だけ使うつもりだった仮のキッチンが新たな日常となり、自分がずっと少ないものでやっていけることがわかった。そして、ついに新しい家に引っ越すときが来たら、小さな仮のキッチンが恋しくて胸がはりさけそうだった。けれども、新しい大きなキッチンには白い壁と大きな窓がついており、アイランド型で、開放的で落ち着いたリビングのなかにあった。この新しいキッチンは、何か家具以上のものを待っているようだった。

ヨガを持ち寄りパーティのように

ある日、私は数人の友人に、引っ越しのごたごたの中でヨガの練習から遠ざかってしまい、もう一度グループに入って始めたいけれど、どうすればいいのかわからない、と話していた。自分のレベルも、どのクラスが適しているのかもわからなかった。私は、大きな新しい空間、アイランド型のキッチンを取り囲むオーク材の床の海を見つめた。そのとき、スープを分け合ってともに夕食をとったように、ヨガの練習も友達と一緒にすればいいのだと思いついた。

グループには、ヨガの先生がひとりいる。ある月曜の午後、何人かが集まって木の床にヨガマットを広げた。そのうちの数人は体がさびついているようだったし、ひとりはまったくのヨガ未経験者だった。でも、そんなことはどうでもよかった。それはありあわせのもので準備した、小さな部屋でのディナーのような、ポット・ラック(持ち寄り)のプラクティスだった。そのまま来て、あるものを持って。思い出ともなる、次のプラクティスを願う気持ちともなる、1回のプラクティス。期待するものは何もないから、うまくいかないことも何もないのだ。

新しいキッチンで初めてヨガをしてから1年以上が経ち、私たちは熱心にヨガに取り組むグループになった。プラクティスをしながら窓の外を見つめ、キッチンのカウンターはプロップスとして使った。食べ物を分け合うとおいしくなるように、ヨガのプラクティスももっとよいものになった。新しいコンロの上の大鍋に入ったスープが、焼きたてのスコーンや、田舎風のパンと一緒に私たちを待っていることもよくあった。ときには、シャヴァーサナの後にワインを開けた。みんなとグラスを持ち上げながら、私は思うのだった。「これも一時だけのことなのよ」

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Text by ANNA THOMAS
Translated by Yuko Altwasser
yoga Journal日本版Vol.23掲載

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