医師がOM(オーム)を唱える日は近い | 米国における医療とヨガセラピーの未来
ヨガのヒーリング効果を示す研究が増えている今、伝統的な西洋医学を学んだ医師も含め、ますます多くの医師がヨガを勧めているのも不思議ではない。この背景に何があるのか、ヨガで体調が良くなるのか。ヨガジャーナルが探った。
小さなワークアウトルームで、デイビッド・ラッチフォードは、ほかの海軍の退役軍人たちと一緒に南カリフォルニアの風に揺れる大きなヤシの木の葉を眺めていた。気持ちのいい景色のおかげで、初めて挑戦するエクササイズも楽に感じられた。それはシンプルなツイスト、スプタ マッツェーンドラーサナ(横たわった半分の魚の王のポーズ)だった。空母の被害対策担当者だった時に毎日行っていた厳しい訓練とは違ったが、海軍を辞める原因となった背中のけがによる神経障害と重い坐骨神経痛のために、脚が思うように動かなかった。デイビッドは、退役軍人協会西ロサンゼルス病院の疼痛管理治療を受けており、このヨガ理学療法クラスに週1回参加するよう言われた。ヨガはデイビッドと最もかけ離れた存在だった。カリフォルニア州サンタバーバラでウェブ開発をしているデイビッドはこう言う。「ヨガは痩せていて体が柔らかいリベラルなヒッピーベジタリアンと裕福な主婦のもので、マッチョな戦士向きではないと思っていました。でもけがをした時は参りました。激痛に苦しめられて、役立ちそうなものは何でも取り入れました。落ち込みましたし、手術が必要かと怖くなり、健康でなくなったことと体力のあるタフガイのイメージが崩れたことが悲しかったです」。また、デイビッドはヨガクラスをやり通せるか心配だった。「体は曲がらないし、助けがないと2、3分程度しか立っていられませんでした」。
ヨガ理学療法クラスでは、ヨガセラピストがゆるやかなストレッチのポーズを教え、そのシンプルな動きを家でも毎日続けるように指導した。デイビッドはそれを守って数カ月も続けた。すると次第に可動域が広がり、痛みも改善された。「呼吸や、体や感覚を意識するようになりました。ヨガが健康を取り戻す基礎となって、タバコを吸い高血圧で、太り過ぎて糖尿病の一歩手前だった私が、元気で活動的な絵に描いたような健康体になりました。20㎏ほど痩せて、血圧も正常になり、今では痛みも感じずにジョギングやハイキングができます」。
現代における古代の治療
インドでは長年、ヨガマスターたちがデイビッドのような人たちとヨガを行って慢性病の治療を助けており、特別なポーズを勧めることも多い。だが西側諸国でヨガが医療に取り入れられたのはつい最近のことだ。ただ、ヨガに注目している医療従事者は増えている。ヨガセラピーは、臨床的に実行可能な治療法であると見られていて、テキサス大学MDアンダーソン癌センターやスローン・ケターリング癌センター、クリーブランドクリニックなど、大規模な病院ではプログラムが確立している。2003年の国際ヨガセラピスト協会(IAYT)のデータベースには、ヨガセラピーの講習プログラムがわずか5件しかなかった。今では世界全体で130件以上のプログラムがあり、そのうち20件は新たにIAYTの正式認定を受けた数年に及ぶ厳格なプログラムだ。現在、認定の審査を受けているプログラムも20件以上ある。2015年の調査によると、IAYTの会員の多くが病院で働いており、外来クリニック、理学療法、腫瘍病棟、リハビリ病棟、開業医などで働いている人もいる。
医療現場への受け入れが増えているのは、腰痛、不安、うつ病、不眠などさまざまな症状に対するヨガの効果を示す臨床研究が数多くあり、心臓血管疾患や高血圧の危険因子を減少できるからでもある。ヨガは癌の治療の副作用を和らげる効果があることも報告されている。
「ヨガセラピーの臨床試験は、特にこの5年間に、規模も件数も質の意味でも飛躍的に伸びました」。長年ヨガを研究してきたサット・ビール・シング・カルサ博士(ハーバード大学医学部の助教であり、同医学部の指導書『Your Brain on Yoga』の共著者)はこう述べた。実際、論文審査のある科学誌にヨガセラピーに関する研究報告が500件以上発表されていて、現代医学の標準となっている無作為化二重盲比較対照検試験の結果も報告されている。この分野では、カルサ博士、ロレンツォ・コーエン博士、シャーリー・テレス博士とヨガジャーナルの医学編集者のティモシー・マックカール医学博士によって編集された初めての専門的な教本『Principles and Practice of Yoga in Health Care』(Handspring Press,2016)が出版されている。「この本が出版されたことは、ヨガとヨガセラピーがどれほど遠くまで到達したのかを示しています」。
アメリカではヨガのプログラムがない大規模な癌センターを見つけるのは難しい
ヨガセラピーはある意味で、高まり続けるヨガ人気に乗って成長してきた。疾病対策センターの国民健康聞き取り調査によれば、2002年には積極的にヨガを行っているのは国民の5%にすぎなかったが、2012年にはほぼ2倍の9.5%になっている。また、ヨガによって健康が改善されると考える医療従事者も増えている。2004年にヨガジャーナルの調査に回答した読者のうち、健康のためにヨガをしていたのはわずか5%だったが、今年ヨガジャーナルと全米ヨガアライアンスが一緒に行ったヨガ・イン・アメリカ調査では、回答者の50%以上が、ヨガを行う動機として健康を挙げている。ヨガの研究資金は、医薬品の研究と比較するとわずかなものだが増加している。テキサス大学MDアンダーソン癌センターは2010年、乳癌患者の治療プログラムの一環で実施しているヨガの有効性に関する研究のために、国立衛生研究所の国立癌研究所から450万ドル以上の助成金を受けた(ヨガに関する助成金としては過去最高に迫る水準)。これまでのところ結果には期待がもてる。放射線療法を受けながらヨガを行っている乳癌患者は、ストレスホルモンのレベルが低く、疲れにくく生活の質が高いことが示されている。
癌治療とヨガの関係に関する研究は大幅に進展した、とカルサ博士は言う。「最近では、ヨガのプログラムがない大規模な癌センターを見つけるのは難しいです。患者は、鍼治療、カイロプラクティック、マッサージ、ヨガのような補完医療を求めており、今までよりも補完医療にお金を使っています」。
正確に言うと、ヨガセラピーとは?
多くのヨギは、単にヨガを定期的に行うだけで全体的な体調と体力が向上する。ただし、テンポの速いヴィンヤサのクラスは、誰にでも適しているわけではない。特に、健康に問題がある人やけがをしている人には不向きだ。ヨガセラピーがヴィンヤサに代わる安全な方法となる。ヨガセラピーは、さまざまな健康状態の患者を指導する訓練を受けたインストラクターが行っており、病院や高齢者医療施設で行われている椅子を使ったヨガから、小規模の治療用クラスやマンツーマンのレッスンまでスタイルも方法も実にさまざまだ。
「ヨガセラピーでは、健康状態ではなくて個人と向き合います」とマックコール博士は語った。かつて内科医だったマックコール博士は、今は自らが経営するサミットヨガセラピーセンターで妻のエリアナ・モレイラ・マックコールとヨガセラピストの養成を行っている。「たとえば、腰痛に働きかけても、よく眠れるようになり幸せになるのです」。ヨガセラピストの中には体の構造に注目する人もいれば、アーユルヴェーダの原則や、食事、心の健康、精神性の要素を取り入れて個人に合わせた総合的なプランを作る人もいる。
新たな専門分野としてヨガセラピーが確立されたのはつい最近のことだ。IAYTはこの1年間、ヨガを西側諸国で認められた治療法として確立するという使命をもって、論文審査のある医学専門誌への投稿から、学術研究会議への参加まで、積極的な努力を払ってきた。国立衛生研究所の助成金を利用して、ヨガセラピーの厳格な基準を作成し、現在は養成講座を認定したり、セラピストの大学院生に資格を与えているところだ。IAYTのエグセクティブディレクター、ジョン・ケプナーはこう語った「私たちのゴールは、ヨガの伝統に通じている人だけでなく、協力関係にある多くの医療現場からも認められる認定制度を作ることです」。
ヨガは従来の医療現場に次第に取り入れられてきている。ニューヨーク市のマンハッタン理学療法リハビリテーションでは、『Healing Yoga』の著者であるローレン・フィッシュマン医学博士が、脊柱側彎症や回旋腱板症候群などの神経・筋の問題を解消するのに、従来の治療法に加えて定期的にヨガを利用している。「多くの医師がヨガの効果を評価するようになりました」。
今では最も懐疑的だった患者でさえ、ヨガセラピーの効果をじかに経験している。ステイシー・ハルステッドは慢性的な不眠に苦しんでいた時に、ファミリードクターに睡眠導入剤を処方してもらおうと思った。だが医師は、ストレスの原因について話を聞いた後で、緊張をなくしストレスに対処するのに役立つかどうか、ヨガを試してみるよう勧めた。「すごく腹が立ちました。私は疲れ切っていて、すぐに役立つものが欲しかったのです」。うまくいかなかったら薬を処方してもらう約束を取り付け、ようやくステイシーは納得した。驚いたことに、ヨガは睡眠の改善に確かに効果があり、これまで薬を必要とせずにすんでいる。幾つかの研究結果から、ステイシーやヨガセラピーを受けた多くの患者が実感した効果が特別なことではないことがわかる。最新の科学的研究では、ゲノム発現や脳画像を利用して、ヨガが細胞や分子レベルでどのような影響を及ぼすか明らかにしようとしている。カルサ博士は言う。「ヨガを行う前と後に血液サンプルを採取して、どの遺伝子のスイッチが入り、どの遺伝子のスイッチが切れるか確認します。また、ヨガと瞑想をすることによって、脳のどの部分の構造とサイズが変化するか確認できます」。このような研究が、ヨガのプラクティスによって心理的生理的機能がどう変化するかを示したことにより、ヨガは「本当の科学」の領域に入ることができるようになったのだ。
アメリカにおけるヨガセラピーの未来
医療費が高騰する中、専門家たちはヨガが安全で比較的安価に利用できる補完医療であることを認めている。しかし、ヨガを利用しにくい人が利用できるようにすることが重要だ。「医療関係者とヨガのコミュニティが、引き続き有色人種や社会経済的に低い人たちに手を差し伸べていかなければなりません。ストレスが大きく、生活習慣病にかかる率が高いのです」とマックコール博士は語った。フィッシュマンは「そのための重要なステップが、保険適用範囲を変えることでしょう。医療機関と保険会社が、特定の症状に関してヨガを払い戻しの対象にすることを望んでいます」と述べた。ヨガに対する医師と患者の姿勢が変化するには時間がかかるだろう。医師も患者も未だに、ヨガを主要な治療ではなく、従来の医療を補完するものだと見ているが、ヨガセラピーの利用者は増えており、ヨガの効果を示す科学的証拠も増えている。ヨガセラピストたちは楽観的な見方をしている。「明るい将来を思い描いています。アメリカの医療制度が、限定的な病気のモデルからもっと見識のある健康のウェルネスモデルに移行し始めているので、ヨガをはじめとする心と体のプラクティスが、標準医療にもっと受け入れられると思います」とMDアンダーソン癌センター統合医学の教授でありディレクーターであると同時に、西側諸国の初期のヨガ指導者ヴァンダ・スカラヴェッリの孫でもあるロレンツォ・コーエン博士は語った。最も力強い変化は、私たち一人ひとりに見られる変化だろう。自分の健康に責任を取る時に、ヨガを行って、変化とヒーリングを経験してほしい。
退役軍人のデイビッドは、ヨガの指導者となり、勤務先の出版社でヨガのクラスをもっている。また、地域のクラスでも指導をしている。デイビッドは語った。「私たちは痛みやけがをすぐ治したいと思いがちで、西洋医学は処方や手術には大変適しています。しかし、ヨガは違います。スリ・K・パタビ・ジョイス師が言った通り、『プラクティスをしなさい、そうすればすべてが訪れます』なのです。ヨガはストレスに対処するのに役立ち、さまざまな依存やよくない行動を手放させてくれました。ヨガのおかげで痛みや苦しみから解放され、私の人生に平和と喜びと健康がもたらされました」。
※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く



