トラウマを語ることが怖かった私が、PTSDの治療を経て気づいたこと|連載 #こころをほどく
元アナウンサーの渡邊渚さんが、自身の心に宿る想いをひとつずつほどきながら、心身のつながりや揺れ動く気持ちを綴るエッセイ連載。前回に続き、スリランカでのアーユルヴェーダ体験を振り返ります。
10月10日は、世界メンタルヘルスデー。
今年も東京タワーをはじめ、全国各地の名所や施設で、シルバー&グリーンのライトアップが行われました。
私は昨年に引き続き、東京タワーで開催された点灯式の司会進行を担当しました。式典には、当事者やその家族をはじめ、精神医療の専門家や支援団体、治療の研究者や製薬会社の方など、精神疾患にかかわる人が参加しています。精神疾患に悩む当事者のお話や治療に携わる医師やカウンセラー目線でのお話を聞けて、勉強になることばかりでした。
私は毎年、この式典にくると、心の糸が解けるような安心感を覚えます。抱えている苦しみや、そこに至るまでの経緯は一人ひとり違うけれど、同じような景色を見てきたからこそ、言葉にしなくても通じ合えるものがあるからです。
いまだに精神疾患への偏見や間違った情報が蔓延り、当事者や家族にとって、生きづらさを感じる瞬間は多々あります。だから、なかなか普段は病気についてオープンに語ることはない、という方もいます。
しかし、この式典に集まる人たちは、あたたかくて、やさしくて、理解がある人ばかり。自然と病気について話したり、互いに励ましあったりできる、それが自然な空間なのです。
かつての私は、自分の病気について語るのを拒んだ時期がありました。トラウマに向き合うのが苦痛で仕方なかったからです。デリケートな話すぎて人に話すのも憚られるし、どうせ理解されないとか、話したところで何も変わらない、と思っていました。精神疾患であることを恥ずかしいとさえ感じ、隠したい気持ちもありました。
ただ、今振り返ってみると、トラウマや病気について話せるようになったことは、それらと向き合い、生きやすさを取り戻す上でとても大事なピースになったと思います。
今回は、私がトラウマや病気を話せるようになった経緯についてお話しします。あくまで私の経験談で、全ての方が同じような道を辿れるわけではないので、こういうパターンもあるという参考程度に読んでいただければ幸いです。
ずばり、私が病気について話せるようになったのは、認知行動療法の一つである持続エクスポージャー療法を受けたからです。
PTSDの治療における認知行動療法は、トラウマ体験によって生じた恐怖や自責の念、物事の捉え方などに向き合い、心の苦痛を和らげていく心理療法です。安全な環境で専門家のサポートを受けながら、トラウマに関連する記憶や感情、考え方を少しずつ整理し、過去の体験が現在の生活に与える影響を軽減していきます。つらい記憶を消すのではなく、その記憶に振り回されず、自分らしい日常を取り戻すことを目指して行います。
実際に私が行った持続エクスポージャー療法では、週に1回、90分のカウンセリングに十数回通いました。
まずは、治療の原理や病気について学び、呼吸法やグラウンディングを習得しました。その後、自分が避けていることと少しずつ向き合う現実エクスポージャーを行いました。
PTSDになると、トラウマを想起させる物事を避けることがあります。私の場合は、特定の食材が見られず、スーパーにも行けない状態でした。それを安全な状況下で段階的に慣らしていく訓練をしました。
そして私にとって最もつらかったのが、専門家のサポートのもとで、トラウマ体験を言葉にして振り返る、想像エクスポージャーです。
目を閉じて、そのとき何が起き、何を感じたのかを振り返り、口に出して話します。「過去の出来事を思い出すこと」と「今、危険な目に遭っていること」は違うと学んでいくのです。
頭の中で、当時の状況を想像し、そのトラウマの中にもう一度身を置いて、話していく。それは、トラウマをもう一度体験しているかのようなもので、どんな言葉を尽くしても伝えきれない苦しさでした。
本当につらくてつらくて、カウンセリングに行きたくない、やめたい、と何度も思うほど。想像エクスポージャーをやるたびに泣いていました。
また、カウンセリング中の会話を録音して、自宅に帰ってから毎日一回聞くことが宿題になっていました。かさぶたになりかけていた傷を、再度ほじくり返しているような、そんな気持ちでした。
ただ、そうして何度もトラウマに触れていくと、少しずつ自分の中に変化が訪れました。それまで、思い出すことすら苦痛だったトラウマを、少しずつ過去の出来事として捉えられるようになっていったのです。
もちろん、過去に起きたことが消えるわけではありません。つらかった記憶がなくなるわけでも、すべてを受け入れられるようになったわけでもありません。それでも、以前のように、トラウマに心を支配されることは少しずつ減っていきました。
そして、何より大きかったのは、自分のうちに抱えた苦しさを人に話せるようになったことです。
以前の私は、病気のことを口にすることすら拒んでいました。誰にも理解されないと思っていたし、一人で解決しなければいけないとSOSすら出せませんでした。けれど、治療を通して、自分の経験を言葉にすることへの抵抗が少しずつ薄れていきました。
実際に人に話すようになると、思っていた以上に、生きやすくなったのです。
自分の中に抱え込んでいた感情を言葉にすることで、頭の中が整理されたり、誰かに話を聞いてもらえることで、自分の経験や感情を受け入れてもらえたような安心感が生まれたり。何か特別な言葉をかけてもらわなくても、ただ話を聞いてもらえるだけで、救われることがありました。
さらに、病気について話せるようになったことで、人とのつながりも生まれました。同じような経験をした人と出会い、互いの苦しみを分かち合うことができるようになりました。
かつて精神疾患であることを知られたくないと思っていた私が、今では病気について人前で話し、世界メンタルヘルスデーの点灯式で司会を務めるまでになりました。以前の私には、想像もできなかったことです。
今もすべての苦しみから解放されたわけではありません。病気と向き合う日々は続いているし、心が苦しくなることもあります。それでも、以前よりずっと、生きやすくなりました。
だから私は、自分の経験を安心して話せる場所があることの大切さを、身をもって感じています。
もちろん、誰もが自分の経験を人に話す必要はありません。話したくないことは話さなくていいし、話せるようになるまでに時間がかかってもいいと思います。ただ、過去の苦しみを消すことはできなくても、誰かと分かち合うことで、その重さが変わることはあるのだと思います。
精神疾患について話すことが、特別な勇気を必要とする行為ではなくなること。
自分の苦しみを打ち明けたとき、偏見や否定ではなく、理解や思いやりが返ってくること。
そして、話したいと思ったときに、安心して耳を傾けてもらえる社会であること。
私はシルバーとグリーンに光る東京タワーを眺めながら、そんなことを願いました。
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