「食べることは楽しいこと」という感覚を思い出させてくれた、スリランカでの日々|連載 #こころをほどく
元アナウンサーの渡邊渚さんが、自身の心に宿る想いをひとつずつほどきながら、心身のつながりや揺れ動く気持ちを綴るエッセイ連載。前回に続き、スリランカでのアーユルヴェーダ体験を振り返ります。
アーユルヴェーダ旅でいろんな発見がありましたが、中でもよかったのが食事です!
ホテルの食事はビュッフェ形式。
各自、アーユルヴェーダで「ドーシャ」と呼ばれる体質を捉える考え方に基づき、医師から食べて良いものとダメなものが伝えられているので、それに則って選びます。
スリランカの食事といえば、カレーがメイン。
カレーというとかなりお腹にずっしりくるイメージですが、私が滞在したホテルで提供されるアーユルヴェーダのカレーは全く違いました。
私が滞在したホテルのカレーは、油や小麦粉を使わずに調理されていて、一般的なカレーよりも軽く、私にはとても食べやすく感じられました。
使う食材ごとに味付けが違い、毎食5〜8種類のカレーが並び、どれだけ食べても胃もたれしないのです。
例えば、ある日のランチでは
かぼちゃのカレー
にんじんのカレー
ゴーヤのカレー
オクラのカレー
豆カレー
魚のカレー
といったラインナップで、それらを少しずつお皿に盛り付けて、食べる際に混ぜてお好みの味を作り出すスタイルでした。
スパイスは辛いというより、香りとして楽しめる程度で、辛いものが苦手な私でも食べられました。(ちなみに、アーユルヴェーダではない、外のレストランで食べるカレーはかなり辛いと感じました!辛いものが苦手な人は注意です)
カレーは、スリランカの食卓で定番の米と一緒にいただきます。ホテルではアーユルヴェーダの考えに沿って選ばれた米が用意されていました。
カレーの他にも、ココナッツサンボルなどの副菜、太陽の光を浴びた甘いフルーツもたっぷり用意されていて、スリランカの食材を存分に楽しめました。
デザートには、キトゥル・トリークルという、キトゥルヤシの花序から採った樹液を煮詰めて作る甘味料が使われています。滞在中は精製された砂糖や小麦粉、油をほとんど口にしない食生活が続き、私は日に日に身体が軽くなっていくように感じました。
人体は、本当に口にするもので変わるのだな、と実感しました。
また、当時の私にとって、食材を見るとフラッシュバックすることが多かったので、カレーのように具材が見えづらいこと、スリランカ特有の食材が豊富だったことは、食へのハードルを下げてくれました。
私は、“食べるを楽しむ”を取り戻していきました。
滞在中は施設内でゆっくりすることを推奨されます。
私は元々体調や体力に不安があったので、午後の自由時間も基本は施設内にこもって過ごしました。
3週間も施設にこもっていたら暇になるのではないかと懸念していたのですが、そんなことは全くありませんでした。
広い敷地には様々なハーブや薬効のある樹木が植えられていて、日本では見ることができないものも多かったので、せっかくだから勉強をしたり。
プールでぷかぷか浮いてみたり、海をボーッと眺めながら本を読んだり、リスや猿、犬猫、オオトカゲ、いろんな動物を観察したり。
特別なアクティビティやエンターテインメントはありません。
何もない、けど、満たされている感覚になれる不思議な場所でした。
また、私のように多少体調に不安のある人も、医師が常駐していて何かあれば助けを求められるという安心感がありました。
朝のヨガや夕方の瞑想も、アーユルヴェーダ旅では重要なピースの一つでした。
スリランカに行く前の私は、ヨガや瞑想にスピリチュアルなイメージを持っていて、効果に懐疑的でした。
日本の自宅での療養では、朝は体調が悪く、昼過ぎにようやくベッドから這い出る、という起床スタイルでした。
スリランカでも、はじめのうちは起きられず、朝のヨガには参加できなかったのですが、食生活や身体のケアが功を奏して徐々に心が元気になり、ヨガをやってみたいという気持ちが芽生えました。
朝6時、日が昇る時間に起きて、動物の鳴き声と波の音、柔らかな日の光に囲まれて行うヨガは、固まった身体を伸ばすだけでなく、エネルギーをもらえました。
小さいことかもしれませんが、朝起きて、軽くヨガをして身体を動かすことができたことが嬉しかったし、私にとっては急成長でした。
瞑想についても、先生から原理ややり方を丁寧に教えてもらいました。
瞑想やマインドフルネスについては、ストレスや不安症状の軽減などとの関連を示す研究もあります。
私は3週間しかやってないので、瞑想を十分に身につけたとは言えませんが、心身の変化に気づきやすくなりました。
また、鼻に通る木々や土の香り、鼓膜を揺らす動物の音、肌を包む湿っぽい空気、そういった自分の感覚だけに集中することで、これまで頭の大半を占めてきたトラウマの濃度が少し薄くなった気がしました。
ここまでアーユルヴェーダのいいところばかりを述べてきましたが、もちろん慣れるまで大変なところもあります。
英語での診察、電気がよく落ちること、蚊やヤモリなどあらゆる虫たちが部屋にも出ることも。
施設によるのですが、日本とは生活環境が当然異なるので、合う合わないはあるかと思います。
私は電気が落ちたり虫が出たりするのも「異国にきた感じ!!!」とワクワクするタイプなので、平気でした。
英語も日常会話くらいの能力しかないのですが、診察は問題なく乗り越えられました。
ちなみに、私が滞在した時期・エリアでは、日本と比べて物価は安く感じました。また、昼間に女性一人で歩いている範囲では、個人的には危険を感じる場面はありませんでした。
水道水は口をゆすぐくらいならなら、私のお腹は問題ありませんでした(もちろん、水質や体質によるため、飲用を含め現地の案内に従うのが安心ですが……)。
さて、2回にわたって綴ったスリランカでのアーユルヴェーダ体験記。
実際に体験して思ったのは、アーユルヴェーダは、単に「癒される」ためのものではないということです。
食事、睡眠、薬草、施術、運動……生活そのものをアーユルヴェーダの考え方に沿って整えながら、時間をかけて身体を休ませるのです。
一度のマッサージで身体をほぐしても、生活習慣が変わらなければ、また元に戻ってしまいます。
けれど3週間、食べるものも、眠る時間も、身体の動かし方も変えてみると、自分の身体への向き合い方そのものが少しずつ変わっていきました。
そして私にとって、もうひとつ大きかったことがあります。
日本で療養していた時は、自宅で一人、ベッドの上で一日を終えることも珍しくありませんでした。
身体を休めているはずなのに、一人でいる時間が長くなるほど、心まで閉じていくような感覚がありました。
スリランカでも、私はほとんど施設の中にこもっていました。
けれど、不思議と”ひとりぼっち”ではなかったのです。
朝になれば鳥や猿の声がして、外に出れば誰かが挨拶をしてくれる。
決まった時間に食事をして、医師が常に体調を気にかけてくれて、ヨガの先生と身体を動かす。
海を眺めたり、木々の匂いを嗅いだり、今日のカレーは何だろうと考えたり……。
ものすごく特別なことをしていたわけではありません。
食べる。
眠る。
朝起きる。
身体を動かす。
外の空気を吸う。
誰かと言葉を交わす。
元気だった頃には当たり前すぎて意識もしなかったことを、一つずつ取り戻していった3週間でした。
アーユルヴェーダによって何かが劇的に治ったわけではありません。
日本に帰れば、また調子の悪い日もあるし、過去が消えたわけでもありません。
それでも、朝6時に起きてヨガに行けたこと。
カレーを「おいしい」と思えたこと。
海を見ながら、ただぼーっとしていられたこと。
トラウマのせいで毎日泣いて、生きるのが苦しかったあのときの私には、その一つひとつが十分な変化でした。
スリランカでの3週間のアーユルヴェーダは、私にとって、心身を正しく休むことを学び直す時間であり、新しい習慣を作っていくトレー
ニングになったのだと思います。
暗く曇った心に、どうしたら自分で光を届けられるのか。そのコツを少しだけ掴めた気がした3週間でした。
ありがとう、スリランカ!
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