病気になってから絶対に口にしないようにしている言葉と、その理由。|連載 #こころをほどく

病気になってから絶対に口にしないようにしている言葉と、その理由。|連載 #こころをほどく
photo by Azusa Hasegawa
渡邊渚
渡邊渚
2026-06-30

元アナウンサーの渡邊渚さんが、自身の心に宿る想いをひとつずつほどきながら、心身のつながりや揺れ動く気持ちを綴るエッセイ連載。

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病気になってから、絶対に口にしないようにしている言葉があります。

それは、
「あなたにはわからない」
という言葉です。

病気や心の不調を経験すると、「あなたにはわからない」と言いたくなる瞬間がたくさんあります。

「同じ病気になったことのないあなたにはわからない」
「この辛さ、あなたはわからない」
「私の気持ちなんてわからない」

私も何度もこれらの言葉が口から漏れそうになりました。

ここ3年くらい、無理解や偏見、間違った知識を言われたり、差別的な発言を投げかけられたりすることもありました。

傷つくのはもちろん、こんなやつとはもう関わりたくないと思って突き放すために、「あなたにはわからない」を使いたくなることもありました。

それでも、私は絶対にその言葉を自分の口から言わなかったのには2つ理由があります。

その理由の1つ目が、「そりゃ、わかるはずがないから」です。

私が3年前にPTSDと診断された時、名前は聞いたことがあるというレベルで、それほど馴染みがありませんでした。

私自身も、自分がなるとは全く思っていなかったので知識が全くなく、必死に調べました。

病気になると、希望を探したり、見通しが欲しかったり、自分だけじゃないと思いたいものですよね。

当時の私は、同じ経験をした人に、救いを求めていたのだと思います。

でも、どれだけ探しても患者本人が書く闘病記やブログは見つけられなかったし、SNSを見てもPTSDであることを公表している人はヒットしませんでした(当時)。

学術的な説明をするサイトはあっても、そこに患者の経験談や具体的な治療についての記載はなし。

その現実を前に、私は、“PTSDを患っても元気になった人”は存在しないのではないかと、ショックを受けました。

日本におけるPTSD罹患率は1.3%と言われています。

また、患者によって症状やトラウマの様態は異なるし、発症の原因も違います。

交通事故や災害、性暴力、虐待、戦争、重い病気や医療体験など原因はそれぞれで、PTSDであることを公表するのが難しい人もいるため、自分と同じ境遇の人と出会うことは困難を極めます。

自分と似た経験を経て同じ病気になった人を見つけることは、ほぼ不可能。

そもそもPTSDへの正しい知識をもつ人もごく少数。

そりゃ、私の気持ちなんて、誰もわかるはずがないのです。

当然だと思いました。

それに気づいた時、私は自分の殻に篭ることもできました。

偏見に満ちた人たちに「あなたにはわからない」と距離を置くことで、自分が傷つかない生活を取ることもできたでしょう。

病気を理解されない世界で生きるより、自分がこれ以上傷つかないように、できるだけ攻撃的な人と関わらず、自分の世界だけで生きていくのも正解だと思います。

というより、それがいいに決まってます。

でも、私にはできませんでした。

「あなたにはわからない」といった瞬間に、その先の対話が閉ざされて、それが結果的に、無理解や偏見を是正する機会を失ってしまうことになると感じたからです。

これが、私が「あなたにはわからない」と言わないと決めた2つ目の理由です。

このままでは、PTSD患者にとって、ずっと理解されない偏見に満ちた世界で生きることになるし、生きづらさは改善しません。

「あなたにはわからない」と閉ざしてしまったら、何も変わらないのです。

だから、私は、言葉を持って、丁寧に説明する道を選びました。

実際に経験しなければわからない苦しさや恐怖を、PTSDになってしまった人にも、そうでない人にも知ってもらうために、書くことを続けています。

「あなたにはわからない」という言葉は、事実としては正しいと思います。

病気の痛みも、治療のつらさも、失ったものの感覚も、経験していない人には完全にはわかりません。

時に心無い言葉を浴びせられることもあるけれど、それでも伝え続けるのは、3年前の私のように何の情報もなく絶望するPTSD患者さんが減って欲しい、同じような立場の人が少しでも生きやすくなる社会を願っているからです。

これからも、私の心がもつ間は、精神疾患をもつ人もそうじゃない人も理解し合える社会を作るために、「何度書いても社会は変わらない」と絶望せずに書き続けようと思います。

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