「いつか会おうね」の『いつか』は、当たり前に来るとは限らない。 母と親友の再会が教えてくれたこと

「いつか会おうね」の『いつか』は、当たり前に来るとは限らない。 母と親友の再会が教えてくれたこと
Getty Images
鈴木治美 終活プランナー
鈴木治美
2026-08-23

「終活」と聞いてあなたは何を想像するでしょうか?悲しい?縁起でもない?考えたくもない?それとも、まだ早い? 「その日」を考えることは、決して悲しいことでも悪いことでもありません。この連載では、終活スタイルプランナーの鈴木治美さんに、ご自身の体験を交えながら「身近にある・難しくない終活」について教えていただきます。

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「今年こそ会おうね」と言ったあの人に、もう会えましたか?

年始のLINEで「今年こそ会おうね」と送り合った人。オンラインで出会って、「いつかリアルでお会いしましょう」と話している人。電話やメールで「落ち着いたら会おうね」と言いながら、何年も会えていない友だちや同級生。

苦楽をともにした昔の職場の仲間、お世話になった先生、生まれ故郷に今も住んでいる幼なじみ。「いつでも会えるから」と思って、つい先延ばしにしがちな親や兄弟姉妹。

あなたが今、会いたい人は誰ですか? 会いたいなとずっと思いながらも、なかなか会えない人っていますか? 今、あなたが思い浮かべたその人に、いつ会いますか?

こう書いている私自身も、「会いたいね」「落ち着いたら会おうよ」と言いながら、何年も会えていない人がけっこういます。

「会いたいな」と思う気持ちは本物なので、いつか必ず会えると思っています。

わたしが想像しているその「いつか」の再会は、「うわぁ~、久しぶりー!」と笑い合いながら、ハイタッチしたり、ハグしたりするようなイメージなんですけど、あなたはどうですか?

私を含めて、きっと多くの人が、そんな「元気な再会のシーン」を思い浮かべているんじゃないかなと思います。

でも、その「いつかの再会」は、必ずしも私たちのイメージ通りではないことを、私は、母と、母の親友の再会を通して知りました。

何十年ぶりの再会の場所は、母の病室でした

母が脳幹梗塞で倒れ、動くことも、話すことも、できなくなってしまってから1年半くらい経った頃でしょうか。

このまま回復することは難しい……という現実を、私たち家族がようやく少しずつ受け入れ始めた頃、父が、母の高校時代の同級生Kさんに連絡してくれました。

母とKさんは、卒業後は離れた場所で暮らすようになったものの、ずっと連絡を取り合っていた親友同士。母の学生時代のお友だちの中で、私が知っているのはKさんだけです。

私が小学生の頃、母と一緒に飛行機に乗ってKさんの住む町へ行き、お会いした記憶があります。

その時から、30年以上。手紙や電話ではつながっていたけれど、ずっと会えずにいた2人の再会の場所は、母の病室でした。

知らせを受けたKさんは、すぐに母に会いに来てくださったのです。

「A子ちゃん、ごめん」

ベッドで眠っている母と再会した第一声。手を握りながら、「ずっと会おうって話してたのにね」「もっと早く会いに来ればよかったね」「A子ちゃん、ごめんね」と。

母のことを「A子ちゃん」と呼ぶのは、Kさんだけかも……なんて思っていた時、それまで眠っていた母が目を覚ましました。そして、目の前にいる人がKさんだと分かったとたん、母の顔が真っ赤になり、くしゃ~っと表情が崩れ、「おぅ……おぅ……」と声にならない声を漏らしたのです。

病気になってから、笑うことも、泣くことも、声を出すこともできなくなってしまっていた母の、この時の表情と声は、今でもはっきりと覚えています。

母も、Kさんも、きっと話したいことがたくさんあっただろうなぁ。病気じゃなかったら、会話が止まらないほど盛り上がっていただろうなぁ。昔話をして、近況を話して、めちゃめちゃ笑っていただろうなぁ。

きっと昔と同じように、いっぱい話しかけてくれるKさんのことをひたすら見つめている母を見て、いろんなことを思いました。

母はKさんに会えて嬉しかったかな。こんな姿で会うとは思わなかっただろうな。もっと早く会いたかったと思ってるかもしれないな。自分に残された時間を感じてしまったかな。

この日この時、母がどう感じて、何を思っていたのか、本当のところは分かりません。私は今でも「……だったのかな」と思い巡らすばかりです。

その翌年、母は旅立ちました。実は先日、命日を迎えたばかりです。亡くなってから15年が経ちますが、この時のことを思い出すと、いまだに胸がギュッとします。

この記事を書くことで、私なりに母を偲ぶ時間を持つことができました。

「いつか会おうね」の「いつか」は、当たり前に描いている「いつか」ではないかもしれない……。それを、母とKさんが教えてくれました。

会いたい人に、会えるうちに会う。それは、日常の中でできる小さな終活。

会いたい人に、会えるうちに会うこと。伝えたいことを、伝えられるうちに伝えること。「また今度」と思っている約束を、ほんとうの約束に変えていくこと。

それもまた、日常の中でできる小さな終活のひとつだと思います。

とはいえ、「会いたい人に会いましょう」と言われても、すぐに会いに行ける人ばかりではないですよね。

距離があったり、仕事や家族の事情があったり、体調のことがあったり、何年も連絡していなくて少し気まずかったり。誰しも、それぞれの事情があります。

でも、もしこの記事を読みながら、「いつか会おうね」と言いながら会えていない人があなたの頭に浮かんだなら、メールでも、LINEでも、短いメッセージだけでも送ってみませんか?

「元気にしてる?」「来月あたり会えたらいいな」という一言でも。

今年も後半。でもまだ半年あります。会う日はすぐじゃなくても、今年のうちに、「いつか会おう」を実現できますように。

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