〈京都→青森移住〉第一子子育てをよく知らない土地ですることへの不安。どのように解消した?
近年、テレワークの普及やライフスタイルの多様化により、都市から地方へ完全移住をする人々は増加傾向にあるのはご存知でしょうか。自然豊かな環境でのびのびと生活ができる、住宅費などの物価の安さ、あるいは子育てのメリットなども魅力の地方移住。一方で、実際に移住した人たちのリアルな本音はどうなのでしょうか。自らの価値観に基づき「暮らしを選ぶ」たちから、その魅力や課題、リアルな日常を深掘り。理想と現実の狭間で見えてくる移住者たちの「暮らしの選択肢」の今を伝えます。
今回お話を伺ったのは、2024年に京都から青森へ移住した管理栄養士mioさん。生まれも育ちも京都のmioさんが、青森へ移住したのは、夫の仕事の都合によるもの。「いつかは青森に行くだろう」という覚悟はあったものの、思った以上にその時期は早く、1歳になったばかりの幼子を抱えたmioさんは、第一子をよく知らない場所で育てることに不安があったそう。第一子子育てで、誰もが感じる孤独感と、mioさんはどのように向き合ったのでしょうか。mioさんの #暮らしの選択肢に迫ります。
〈移住者プロフィール〉mio
0歳と3歳のお母さん|管理栄養士|東北暮らしの関西人
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青森移住は覚悟はしていた。それでも、戸惑ったのはなぜ?
本州の最北端に位置する青森県。青森ねぶた祭をはじめとする伝統文化や、全国トップクラスの生産量を誇るりんごなどの特産品などで知られている。加えて、世界遺産の白神山地や十和田湖など豊かな自然は、今世界中から注目を集めているポイントだ。一方で、青森市は世界有数の豪雪地帯としても知られ、例年11月中旬から4月上旬の5ヶ月間もの期間、雪に見舞われる。
そんな青森県に2024年に移住したのが、京都出身の管理栄養士のmioさんだ。結婚当初から「青森は、切り離せない場所という感覚があった」とmioさんがそう語る理由は、青森出身の夫がいずれは家業を継ぐはずだったから。一方で、そのタイミングはかなり早く訪れたという。
「子供が生まれたばかりの頃は、しばらくは京都で子育てしていくという方向性で話していたんです。第一子だったので、私の実家のサポートがあった方が何かと安心だと思っていました。けれど、上の子が1歳の誕生日を迎えて、少しした頃に夫から「青森に戻りたい」と言われたんです。夫の親族から、すぐに後をついでほしいと申し出があったので」
それまでにも青森には何度も訪れたことはあり、行くたびに「人は優しいし、自然豊かで良い場所」と感じていた。一方で、住むとなると話は別。馴染みのない場所、知り合いもいない、そんな中で子育てをする自信はなかった。そのため、少しの間は母子で京都に残ることに。しかし、1歳の1年間は、歩きはじめや「パパ」「ママ」などの発語、また「自分でやりたい」「イヤだ」と言った自我の芽生えなど、体も心も大きく成長する時期。ダイナミックに成長していく我が子の姿に後押しされ、夫が青森に戻ってから3ヶ月後、家族3人の時間を一緒に過ごそうという決意につながった。
そして、2024年5月に、mioさんの青森での新生活がはじまった。
子供と二人きりでの暮らし。第一子子育ての不安や子育ての不安や孤独はどのように解消した?
青森移住に際して、mioさんが最も不安だったこと。それは、子供との暮らしだった。友達もいない、知り合いもいない、頼れるあてがない中で、どのような暮らしになるのか、全く想像ができなかった。まだ意思疎通がしっかりできない子供との密室状態、大人と話す機会が極めて限られてくる第一子の子育てにおいて、新米ママやパパが孤独感を感じるのは決して珍しいことではない。それが、よく知らない土地であれば、尚更。そんな不安や孤独感を解消するために、mioさんがしたことが「散歩」だった。
「青森に移住してきたのが5月だったので、気候が良かったということもあり、よく子供と一緒に散歩に出かけました。特に友達作りを目的に散歩をしていたわけではないのですが、それでも散歩をしていると小さな赤ちゃんを連れいてるということもあり、よく話しかけてくれて。家の中だと子供と二人っきりだし、家族以外の人と関わるというのも気分転換にもなりました」
そのようにして、気持ちが外に向く時には、なるべく色々な場所に足を運ぶようにした。車社会の青森では、歩いている人はまばらなため、頻繁に人に出くわすということは少ない。一方で、すれ違えば会釈をしたり、「こんにちは」と言って、ちょっとした会話が生まれる。そんな環境がとても心地よい。生まれも育ちも京都のmioさんにとって、京都のような都会では、道すがらで知らない人に声をかけるということはほぼない。けれど、青森に来てからは、誰とでも仲良くしていいんだと思うようになった、という。
「青森の方々って、会えば誰とでも気軽に話すんです。特にその人のことを知らなくても。そういうのが苦手な人もいるかもしれないんですが、私は、それが好きなタイプなので。そこがすごく心地いいと思っています。青森に来てから、今まで自分が持っていた人と人とのつながり方がアップデートされたような気がします。京都にいた頃は、近所に住んでいて相手のことをよく知っているとか、一緒に働いている、あるいは学校が同じといった、濃厚な共通点があるべきだと無意識に思っていたのかもしれません。でも青森では、相手のことをよく知らなくても、会話が生まれ、人間関係が始まる。それが私には心地よく、本来の人間関係って難しいものじゃないし重くなくてもいいなと思いました」
地方によっては、都会から来た人を、よそ者というように見ることも少なくない。一方で、青森の人々は誰でも快く受け入れている寛容さがあるとmioさんは感じるという。それは、北海道や東北地方の人々がよく使う「なんもなんも」という方言が人柄にも反映されているのではないかと。「なんもなんも」とは、「いいよいいよ」「気にしないで」を意味する方言。それは、1年間の内、約5ヶ月間は雪が降る豪雪地帯である青森ならではの厳しい環境から、大抵のことは許容できる、気にしない器の広さがあるのではないかと、mioさんは考えている。
「厳しい冬に耐えて、ただ目の前のことをやる。冬の間って、本当に外を歩けないくらいなんですね。だけど、冬が終わって、雪が完全に溶けると、みなさんお散歩に繰り出されるんです。そんな窓の外の風景を眺めるのが好きです。みんなで「こんにちは」と挨拶している姿が朗らかで、微笑ましい。「長い冬を乗り越えたよね」という空気感があります。長い冬を耐え忍んで、みんなで春の訪れを喜び合っていって」
青森の壮大な自然は、人々がコントロールできないことに意識を向けるのではなく、どんなことでも、人でも受け入れる強さを教えてくれるのかもしれない。
>> 後編へつづく
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