9)死に神と戦いつつも、正常性バイアスにハマっていた頃……【父の認知症から学んだ、幸せの秘密】

9)死に神と戦いつつも、正常性バイアスにハマっていた頃……【父の認知症から学んだ、幸せの秘密】
Saya
Saya
2026-01-03

親の老いに向き合うというのは、ある日突然はじまるものです。わたしの場合、それは父の“夜間の徘徊”というかたちでやってきました。これまでは京都での暮らしや移住生活のことを書いていましたが、その裏では東京にいる父の認知症が進行し、家族で介護体制をどう整えるかに奔走していました。介護というと、大変そう、重たそう…そんなイメージがあるかもしれません。でも、わたしにとっては、家族とのつながりを見つめ直し、人の優しさに心動かされることが増えた、そんな時間でもありました。 この連載では、認知症介護の体験を通して、わたしが出会った「幸せの秘密」を、少しずつ綴っていきたいと思います。

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父の突然の徘徊から1年を過ぎた頃というのは、ケアマネジャーも3人目にして、ようやく患者本人や家族との信頼関係が生まれていましたし、訪問診療と訪問看護についてもよいスタッフに恵まれ、介護体制はまわり始めていました。でも、脱水症状についてもそうですが、父の残り時間が確実に少なくなっていくなかで、わたしたち家族のどこかのんびりした楽観性というものがマイナスに働いてもいた気がします。

家からついていかなくても、乗り換えなく座っていけるから、現地待ち合わせで大丈夫だろう。(お風呂の転倒後、訪問診療の代表にはデイサービスの入浴を勧められていたのに)お風呂が大好きな父は毎日入りたいわけだから、家でないと嫌がるだろう。そんなふうに、易怒性や興奮はあっても、穏やかなときには以前と変わらない父を前にして、認知症の進行スピードにまったくついていけていませんでした。

慣れた自宅にいると、この頃の父はまだ自分でトイレにも立つし、お風呂掃除をしようとしたりもする。母は、やってもらえると嬉しいものだから頼んでしまうし、食事も介助なしでしていました。それで、ついうっかりしてしまうのですね。大学病院で待ち合わせた前日も、実家に寄ったときの父は、ソファでうとうとしつつも、目覚めるとごく普通だったのです。家族はどこかで、「正常性バイアス」にハマっていたのかもしれません。

実は、この少し前に知り合った方も父親を亡くしたばかりで、「亡くなる前というのは、ちょっとしたことで体調が悪くなって、救急車のお世話になることが増えていくのよね。そうやって、だんだんに死に近づいていくものなの」と教えてもらっていました。なにげない言葉だったとは思うのですが、それが常にわたしの頭のなかにもあったものの、お別れはまだ先だと信じ込んでしまっていました。

野口さとこ

病院での脱水症状によって、両親ふたりだけでは外出させてはいけないことがよくわかりました。でも、このあと、父を連れていこうとする死に神との戦いはますます熾烈なものになっていきます。それはまた次回、お話しさせていただきます。

文/Saya

東京生まれ。1994年、早稲田大学卒業後、編集プロダクションや出版社勤務を経て、30代初めに独立。2008年、20代で出会った占星術を活かし、『エル・デジタル』で星占いの連載をスタート。現在は、京都を拠点に執筆と畑、お茶ときものの日々。セラピューティックエナジーキネシオロジー、蘭のフラワーエッセンスのプラクティショナーとしても活動中。著書に『わたしの風に乗る目覚めのレッスン〜風の時代のレジリエンス』(説話社)他。
ホームページ sayanote.com
Instagram     @sayastrology

写真/野口さとこ

北海道小樽市生まれ。大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、個展・グループ展をはじめ、出版、広告撮影などに携わる。ライフワークのひとつである“日本文化・土着における色彩” をテーマとした「地蔵が見た夢」の発表と出版を機に、アートフォトして注目され、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどアートフェアでも公開される。活動拠点である京都を中心にキラク写真教室を主宰。京都芸術大学非常勤講師。
ホームページ satokonoguchi.com
Instagram  @satoko.nog

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