「いいよ、私は大丈夫」ばかり言う女性が陥りやすい落とし穴。ヒューマン・ギバー・シンドロームを克服するためにできること
エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。
彼氏の予定に合わせるために仕事を制限する。
同級生男子の夢をサポートするために、雑用を引き受ける。
他人を不快にさせないように、怒りを抑圧して笑顔で微笑む。
こんな風に「他者のニーズ」を満たすために、いつも笑顔で頑張る女性は少なくありません。しかし、その優しさが行き過ぎると──自分自身を消耗させてしまう「ヒューマン・ギバー・シンドローム」に陥ることもあります。
『与えすぎてしまうあなたへ。 もう無理…崖っぷちから自分を救う処方箋』(エミリー・ナゴスキー アメリア・ナゴスキー著 稲垣みどり訳 主婦の友社)では、多くの女性は「与える人(ギバー)であるべき」と信じ込まされていると言います。
「与える人であれ」という社会的欲求は、女性に自らの気持ちから目を逸らさせる効力があります。そうして他者のニーズに応え続けた結果、バーンアウト(燃え尽きる)ことも珍しくありません。
では、どうすれば、「与える人(ギバー)であるべき」というプレッシャーから脱することができるのでしょうか?
ヒューマン・ギバー・シンドロームとは?
ヒューマン・ギバー・シンドロームとは、女性の“人生の意味”はかわいくて幸せで穏やかで寛大、他の人たちのニーズに気を配ることにしかない、という個人的、信念や行動の集合体です。
例えば、ヒューマン・ギバー・シンドロームにかかっている人は、子育てのために自分がやりたい仕事を諦めたり、自身の受験勉強そっちのけで高校球児のためにおにぎりを握ったりする女の子を賛美するでしょう。
ヒューマン・ギバーというワードは哲学者のケイト・マンによって提唱されたものであり、曰く、家父長制社会において人間は、ヒューマン・ビーインごとヒューマン・ギバー二つに分けられると言います。
1. ヒューマン・ビーイング(人間)=男性
ヒューマン・ビーイングは自らの人間性の存在感を示したり表明したりすることが求められる。
2. ヒューマン・ギバー=女性
ヒューマン・ギバーは自分の人間らしさをヒューマン・ビーイングに与えることが道義的に求められる。
ヒューマン・ギバーは、ヒューマン・ビーイングにとって、“気遣いのある、愛情深い従属者”です。
ヒューマン・ギバーの役割は、自分の人間性を丸ごと差し出して、ヒューマン・ビーイングがその人らしくいられるようにすることです。ヒューマン・ギバーが手に入れた、仕事や愛、体などのリソースは、すべてヒューマン・ビーイングに捧げることが期待されます。
ヒューマン・ギバーはいつでも可愛く、幸せそうで穏やかで、寛大かつ他人のニーズによく気づくことが期待されます。逆に、醜くなったり、怒ったり、野心を持ったり、自分のニーズに注意を向けたりするはずがないと思われています。
このように女性はヒューマン・ギバーであるべき、という信念は性別や年齢に関わらず老若男女が抱きがちです。
それゆえ、同じ野心を抱いていても、男性の場合「やる気があって頼もしい」、女性の場合、「自分のニーズを優先してわがまま!」と叩かれがちなのです。
ヒューマン・ギバー・シンドロームは、女性を他者への奉仕者に押し留め、人間扱いしません。
しかし、家父長制下の社会通念に反し、女性は人間であるため、ヒューマン・ギバーであり続けることには遅かれ早かれ無理が生じます。そうして、バーンアウトなどの症状として現れることになるのです。
もしかして私も?ヒューマン・ギバー・シンドロームのチェックリスト
ここまで読んできて、「もしかして私もヒューマン・ギバー・シンドロームにかかっているかも」と思われた方もいらっしゃるでしょう。
以下で、本書で紹介されている症状を列挙します。当てはまっているかどうか、確認してみてください。
・自分には道義的な義務があると信じている。つまり、パートナー、家族、世界、あるいは自分自身に対してさえも、かわいくて幸せで穏やかで寛大、他の人たちのニーズに気を配る“べき”だと信じている。
・かわいくて幸せで穏やかで寛大、他の人たちのニーズに気を配ることができなければ、人として失格だと信じている。
・自分が“失敗”したら、罰を受けて当然だと信じている。自分自身を痛めつけることさえある。
・こうしたことは症状ではなく、ふつうで真っ当な考えだと信じている。
上記の項目に身に覚えがあるなら、あなたはヒューマン・ギバー・シンドロームにかかっていると言えます。
ヒューマン・ギバー・シンドロームによる悪影響
ヒューマン・ギバー・シンドロームは厄介です。自分自身のニーズを押し殺すだけではなく、他者に対しても批判的になってしまう傾向もあります。
例えば、ヒューマン・ギバー・シンドロームにかかっている人は、子育て中のママが子供を預けて働くことを“わがまま”だと感じたりします。男性が子供を預けて働いていても何も思わないのに、です。
また、無意識に「他の女性も自分と同じように苦しむべき」だと考えます。だから、“女性らしい”身なりに整えておらず、他人の幸せではなく自分の幸せのために時間やお金、労力を使っている女性を見ると、「私はルールを守っているのに、あいつは何!?」と苛立つのです。
つまり、ヒューマン・ギバー・シンドロームは、あらゆる女性の可能性を制限する症状だと言えるでしょう。
どうしたらヒューマン・ギバー・シンドロームを克服できる?
では、どうしたらヒューマン・ギバー・シンドロームを克服することができるのでしょうか?
克服への第一歩は、女性はギバーであるべきという信念は、当たり前のことではなく、家父長制下で植え付けられた症状である、と自覚することでしょう。
また、本書の作者は、人生の意味を作り出しているとき、ヒューマン・ギバー・シンドロームが癒える、と述べています。“人生の意味”とは、つまり、自分自身よりも大きな何かと繋がっているという豊かな体験を指します。
“人生の意味”は「HIVの治療薬を発見する」といった、野心的な目標かもしれませんし、他人にとってはどうでもいいことだけれど自分にとっては譲れない何か、かもしれません。
“人生の意味”を作り、積極的に関われば、他者のニーズに奉仕しようという気持ちは薄れるはずです。
ただし、あなたがヒューマン・ギバー・シンドロームを克服したとしても、周囲にいるヒューマン・ギバー・シンドロームに罹患した人が全滅するわけではありません。人間として行動しているだけなのに、「わきまえろ」と釘を刺され、理不尽に感じるかもしれませんし、ヒューマン・ギバー・シンドロームなんて知らなければこんな不公正に気づかなかったのに! と思うかもしれません。
「真実はあなたを自由にするが、その前にまずはあなたを怒らせる」(グロリア・スタイネム)のです。
笑顔でいるのをやめ、一通り怒ったら、そこから、変革が始まるでしょう。
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