MEDITATION & MIND

70歳からでも“脳は変わる”｜音楽習慣で認知症リスク最大40％減─最新研究が示した意外な効果とは

山口華恵 2025-11-22

「もう年だから」とあきらめる必要はないかもしれない。70歳を過ぎてからでも音楽に触れる習慣を持つことで、認知症のリスクを大幅に下げられる可能性があることが、最新の研究で明らかになった。

“音楽を聴くだけ”でも脳が動く。音楽が認知症予防に効く理由とは？

オーストラリアのモナシュ大学による最新の大規模研究によると、音楽をよく聴く高齢者は認知症リスクが39％低下、楽器を演奏する人では35％低下することが明らかになった。そして、音楽鑑賞と演奏の両方を取り入れている人では、さらに強い「相乗効果」が見られたという。この研究は1万人以上を対象に10年以上追跡したもので、生活習慣が脳の健康にどれほど影響するのかを示す貴重なデータとして注目されている。研究を担当したエマ・ジャッファ氏は「音楽活動は特別な準備もなく、日常の延長で続けられる点が大きな強みです。高齢者にとってもっとも取り入れやすい認知症予防のひとつと考えられます」と話す。

音楽が脳に良い影響を与える理由は、脳の複数の領域を同時に刺激する点にある。メロディを聴くと聴覚野が働き、リズムを理解する際には前頭葉が動く。音楽から感情が揺さぶられると扁桃体が活性化し、過去の思い出がよみがえると海馬が刺激される─音楽を聴いている数分間のうちに、脳全体が“ネットワーク”として動き出すのだ。さらに、楽器演奏をする場合はその効果がより顕著になる。指先の細かな動き、呼吸のコントロール、楽譜を読む視覚情報の処理など、多くの作業を同時に行う必要があり、脳の処理能力が自然に鍛えられるためだ。モナシュ大学のジョアン・ライアン教授は「音楽は“マルチモーダル刺激”と呼ばれる複数刺激の集合体です。脳の維持に最適な条件がそろっており、年齢を重ねても取り組みやすい点が大きな魅力です」と解説する。

懐かしい曲で思い出がよみがえるワケとは？記憶と音楽の深い関係

音楽が記憶と強く結びついていることも認知症予防に役立つ要素となっている。たとえば、若い頃によく聴いた曲を耳にした瞬間、その時の情景が鮮やかによみがえることがある。これは、音楽が海馬に作用して“エピソード記憶”（出来事の記憶）を呼び起こすためと考えられている。今回の研究でも、音楽習慣のある高齢者ほどエピソード記憶の成績が高かったことが示された。研究チームは、「記憶の活性化が脳のネットワーク維持に寄与した可能性がある」と分析している。デンマーク・コペンハーゲン大学の老化学専門家モーテン・シェイブ＝クヌーセン准教授は「特に楽器演奏は社会的つながりを促し、孤立による認知機能低下を防ぐ効果も期待できます」と話しており、脳科学だけでなく心理学の面からも音楽の有効性が支持されている。

軽度認知障害（MCI）も22％減　手軽に始められる“脳への投資”

調査では、音楽習慣が軽度認知障害（MCI）リスクを22％下げることも示された。特に、聴く・演奏する両方に取り組む人で効果が大きく、研究者たちは「楽しみながら継続できる生活習慣として非常に優れています」と評価する。また、教育年数が長い人ほど効果が強い傾向も確認された。ただし、これは「音楽が教育レベルの高い人にしか効かない」という意味ではなく、日頃から脳を使う習慣がある人ほど影響が出やすい可能性を示すものだ。研究チームも「音楽は誰にとってもプラスに働く活動です」と強調している。

今日からすぐにできる！“音楽”で始める認知症予防

世界保健機関（WHO）によると、認知症は世界で約5,700万人が影響を受けており、高齢化が進む社会では予防が大きな課題となっている。今回のモナシュ大学の研究は、音楽がその解決策のひとつとして大きな可能性を持つことを示した。ライアン教授は最後にこう語る。「音楽を聴くこと、楽器に触れること。どちらも、人生の後半をより豊かに、そして健康にしてくれます。」お気に入りの曲を流す。若い頃に好きだったアルバムを聴き返す。気軽に鍵盤やギターをさわってみる—。そんな“日常の小さな音”が、脳を守る大きな一歩になるのかもしれない。