認知症を招く「脳のゴミ」は睡眠中に排出される|認知症と睡眠負債の関係|医師が解説
睡眠不足と認知症の関係とは?医師が解説します。
「睡眠負債」は静かに脳を蝕む
「寝不足は美容や体に悪い」とよく言われますが、実は認知症のリスクにも関わっています。近年の研究では、慢性的な睡眠不足(睡眠負債)が、認知症のひとつとされるアルツハイマー病の発症リスクを高めることがわかってきました。
アルツハイマー病は、脳に「βアミロイド」という老廃物がたまることで進行します。この物質は日中の活動で生まれ、睡眠中に排出されます。したがって、眠りが足りないと、この“脳のゴミ”が蓄積し、記憶力や判断力の低下につながると考えられています。
睡眠不足と認知症の関係
米国・国立老化研究所の報告によれば、1日あたりの睡眠時間が6時間未満の高齢者は、将来的に認知症を発症するリスクが高いことが示されています。
*Lack of sleep in middle age may increase dementia risk:NIH Research Matters, April 27, 2021
また、2021年に発表された英国の大規模疫学研究では、中年期における睡眠時間が短い人ほど、約25年後に認知症を発症する確率が20〜30%高くなるという結果も示されました。これは単なる相関ではなく、実際に睡眠が脳の代謝と老廃物処理に深く関わっている証拠でもあります。
つまり、「今はまだ大丈夫」と思っていても、今の睡眠習慣が将来の脳に大きな影響を及ぼすということなのです。
脳の掃除機「グリンパティック・システム」とは?
脳には老廃物を片付ける「お掃除システム」があります。これは「グリンパティック・システム」(*)と呼ばれ、睡眠中に働き、脳内をめぐる脳脊髄液が不要なものを洗い流してくれる仕組みです。
特に深い眠りのときにこの働きが活発になり、脳の細胞が一時的に縮小し、間質液が行き来しやすくなることで、ゴミとなる物質(βアミロイド)をきれいにしてくれます。
睡眠不足が続くと、脳の掃除が不十分になり老廃物(βアミロイド)が蓄積しやすくなります。慢性的な睡眠不足の人は記憶を司る海馬の萎縮が早く進む傾向があるとの報告もあり、将来の認知症リスクにもつながると言われています。だからこそ、しっかり眠ることが脳にとっての大切なメンテナンスになるのです。
*The Sleeping Brain: Harnessing the Power of the Glymphatic System through Lifestyle Choices: Oliver Cameron Reddy et. al, Brain Sci. 2020 Nov 17;10(11)
睡眠負債を改善するための生活習慣
① 朝・昼・夜の時間帯別アプローチ
睡眠の質を高めるには、「早く寝る」だけでは不十分です。日中の過ごし方、食事、光の取り入れ方や運動、ストレスとの向き合い方などが、夜の眠りに大きく影響します。
【朝の過ごし方】体内時計をリセットして「眠れる体」をつくる
- 起床後30分以内にカーテンを開けて屋外の光を浴びる
- 朝食で体温を上げ、トリプトファンを含む食材(大豆製品、卵、バナナなど)を摂取
- ストレッチや10〜20分の散歩など軽い運動
【昼の過ごし方】活動と休息のバランスを意識する
- 午後のウォーキングやストレッチ(夕方までに)
- カフェインは午後2時までに
- 15〜20分の短い昼寝(パワーナップ)
【夜の過ごし方】脳と体を「おやすみモード」に切り替える
- 夕食は寝る3時間前までに軽めで温かい物を
- 就寝1〜2時間前からスマホ・PCを控える(ブルーライトカットも活用)
- 間接照明やオレンジ系の照明でメラトニン分泌を促す
- ぬるめの入浴、ハーブティー、ヨガやストレッチなど眠りの儀式を習慣化
- 体内の深部体温を下げて、メラトニン(睡眠ホルモン)の分泌を促すために、寝室環境は18〜22℃、湿度50〜60%を目安に
② 間欠的な断食(Intermittent Fasting)
脳の健康維持や老化予防、炎症の制御、記憶力や認知機能の改善に関わるとされる食事スタイルです。
(1) 16時間断食(16:8メソッド)
- 1日のうち16時間は食べず、8時間だけ食事をとる
- 例:20時に夕食→翌日12時まで断食、12〜20時の間に2〜3回食事
- 朝の断食時間に水、無糖の炭酸水、ブラックコーヒー、夕方以降はノンカフェインハーブティーはOK
(2) 5:2ダイエット
- 週2日は500〜600kcalに制限、残り5日は通常の食事
- 例:月・木を低カロリーデーに設定
- 野菜スープや豆腐、たんぱく質中心の食事で空腹を和らげる
脳をサポートする栄養素
- ビタミンB群(B6、B12、葉酸):ホモシステイン代謝を助け、神経伝達物質の合成に不可欠
- オメガ3脂肪酸(DHA、EPA):神経細胞の膜の柔軟性を保ち、抗炎症作用を持つ
- ビタミンD:神経発達やシナプス形成に関与。天然型(D3)推奨
- 鉄と亜鉛:脳への酸素供給、神経機能やホルモンバランスの維持に重要
睡眠と栄養は、未来の脳への投資
どれほど栄養を摂っていても、眠りの質が悪ければその効果は十分に発揮されません。逆に、しっかり眠っていても脳に必要な栄養が不足していれば回復は進みません。睡眠と栄養は、どちらも欠かせない両輪です。
認知症は20〜30年かけて静かに進行します。予防のカギは「今」の習慣の見直し。深く良い眠りと必要な栄養、間欠的断食やヨガ、瞑想で心身のバランスを整えましょう。「眠りは脳のクリーニングタイム」。今日の食事と今夜の眠りが、未来の脳を守る小さな一歩になります。
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