再出発を誓う。粮理家・ウェルネスフードスタイリスト松見早枝子さんの生き方

 再出発を誓う。粮理家・ウェルネスフードスタイリスト松見早枝子さんの生き方
Photo by Naoki Yamashita
関早保子
関早保子
2019-02-02
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――料理というフィールドにおいては実績があったわけではない中、素晴らしいスタートですね。
「不思議な気分でした。あっという間に2冊のレシピ本を出版後、包丁ブランドさんとの年間契約で、大好きな食雑誌でレシピを紹介する連載を持ったり…また色々なことがトントン拍子で進んでいきました。そうやって先に仕事が進んでいき、あとから料理研究家になったという印象です」

――料理研究家としてはどのくらいの期間、活動をされたのでしょうか。
「20代半ばから30代半ばまでの約10年。いつも手探りで、恥もたくさんかきました」

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Photo by Naoki Yamashita

――そしてご結婚とご妊娠を経験されるわけですね。
「はい。31歳で結婚し、32歳で長男を出産しました。出産で半年ほどお休みをいただき、その後すぐに仕事に復帰しました。まわりには心配もされましたが、そんなに休んでもいられず、すぐに復帰の道を選びました。」

――順風満帆な30代のように感じますが、今年に入り、社名や肩書きを変更し、新たな道を歩もうと考えたきっかけは何かあったのでしょうか。
「2年ほど前から、料理研究家の仕事に疑問を持ち始めました。こだわりの強い自分が、妥協しなければいけないことも多く…。もちろん仕事なので割り切れることもありますが、今後ずっと続けていったときの未来が想像できなくなってしまいました。そこで、メーカーさん主催の料理教室はたくさん担当してきましたが、完全に自分がプロデュースした、自分主催の料理教室をやってみようと考えました。まずはそこから始めようと。テーマや内容を考えることはもちろん、集客や当日の準備、対応まで、すべて自分で行う料理教室です。そうしたら、楽しかったんですよね。会員制で細々とですが、この料理教室を続けていくことにしました。」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Saeko Matsumi officialさん(@saekomatsumi)がシェアした投稿 - 2018年12月月17日午前12時58分PST

――ひとりで全て対応するのは、大変なことも多かったのでは?
「もちろんそうですね。自分ひとりでやってみて、まわりの方の力をより感じつつ、それでも自分らしくこだわり抜いて開催する教室を行う意味を考えました。でもそんなときに、息子が珍しい病気ではないかという疑いが出てしまって。そこで仕事を休むことにしました。これまで、少しは立ち止まることも大切だと思いながらも、どうしても踏ん切りが付かず、ノンストップで駆け抜けてきた仕事人生。でもこのときばかりは、一切の仕事を延期またはお断りすることにしました。でも実際にやめてみると、自分が思っていたほど、やめることが大変ではなかった。仕事をすべて手放したら、自分がなくなってしまう気がして、少し恐さのようなものがあったのですが、『もっと早くにやめても良かったかも。』と思ったほどです」

――息子さんのお病気はとても苦しく辛かったかと思いますが、それをきっかけに、考えも大きく変わったようですね。
「自分を見直すきっかけになりました。これまではそんなこともできていなかったのだと、反省もしましたね。息子のことは、もちろん不安がたくさんありました。毎日神社にお参りに行きました。自分が中途半端な生き方をしてきたから…と悔やんだりもして。もしも息子が助かることができたら、『皆のためになることを一生懸命、人生かけてやります。息子も世の中の役に立つ人間にします。』そう約束しました。だから、やらなきゃいけないんです。言い方が悪いかもしれませんが、息子の病気が後押ししてくれました。神様からいただいた反省の期間だったのかもしれませんね。そこで考え方も大きく変わりました」

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Text by Sahoko Seki
Photos by Naoki Yamashita



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