(4)病院で父を受け取り、母を上野のモネ展に送り出す。ふたりで食べた忘れられないヒレカツの味

(4)病院で父を受け取り、母を上野のモネ展に送り出す。ふたりで食べた忘れられないヒレカツの味
Saya
Saya
2025-10-28

親の老いに向き合うというのは、ある日突然はじまるものです。わたしの場合、それは父の“夜間の徘徊”というかたちでやってきました。これまでは京都での暮らしや移住生活のことを書いていましたが、その裏では東京にいる父の認知症が進行し、家族で介護体制をどう整えるかに奔走していました。介護というと、大変そう、重たそう…そんなイメージがあるかもしれません。でも、わたしにとっては、家族とのつながりを見つめ直し、人の優しさに心動かされることが増えた、そんな時間でもありました。 この連載では、認知症介護の体験を通して、わたしが出会った「幸せの秘密」を、少しずつ綴っていきたいと思います。

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父に怒られ続けている母のフォローも、どうしたらいいのかと頭を悩ませた点でした。もともと対人関係が得意ではなく、短歌と山、美術展を愛している人です。ひとりになれる時間を作らないとパンクしてしまうのは目に見えていたので、手すりなどの設置が終わったあたりで、家族は、父の半日デイサービスへの通所を願っていました。週に2回だけでも、母が息抜きできればと思ってのことでした。家族とケアマネジャーでなだめすかし、「嫌だったら、やめていいから」と父をデイサービスに送り出したのは突然の徘徊から8ヶ月、入院からは3ヶ月が経っていました。

仕事人間だった頃の名残でしょうか。父は、目標がわかりやすいほうがいいと、リハビリ型の施設を希望しました。またこの頃は体調に波があり、週に2回の通所を数ヶ月がんばると、腰を痛めて休むことも。結果、行ったり行かなかったりではありましたが、週に2回、わずかな時間でも息抜きができるようになったことで、母もひと心地ついたようでした。

デイサービスで父が留守の間に電話をすると、母とふたりで話もできるようになったので、「何かやりたいことはないか」と尋ねると、「無理だとは思うけど、上野のモネ展に行きたいわ」と。そこで、わたしが考えたプランは、23区内の大学病院の眼科に父が健診に行く際、病院までは母が付き添う。その後、わたしが父を引き取り、母がひとりで上野に行くというもの。それが2024年の11月末、突然の徘徊から9ヶ月が経過した頃でした。

野口さとこ

病院で落ち合った父が何と言うか心配したのですが、意外にもすんなりと母を送り出しました。わたしに対しては、認知症になっても父であろうとしてくれるのか、待ち時間の間、十数回も「自分の番号があの電子掲示板に出るから」と教えてくれます。食道癌で入院したこともある父にとってはなじみの病院ですし、このときはまだ、わたしにも病院内のことをあれこれ指示するほど、しっかりしていたのですね。その後、病院内のレストランで、ふたりでヒレカツ定食を食べたことは忘れられません。帰り道も、わたしのほうが体重は重いにもかかわらず、「女の人には優しくしなければ」と思っている父は、わたしのリモワのスーツケースを代わりに引いてくれる。電車のなかでもすっかり覚醒して、まるで現役に戻ったように、いろいろな思いを話してくれました。認知症であっても、こちらが諦めずに接していると、シナプスがつながって、普通に会話ができるのを実感しました。父の場合は、年寄り扱いしないほうがよいようでした。

弱っていく父を見るのはつらいことでしたが、認知症によって、老人特有の頑固さがやわらぎ、少年時代、青年時代の父はこうであっただろう、可愛らしさを見せてくれることもあり、それがことのほか嬉しかったですし、時たまの父との交流は喜びにもなっていきました。突然の発作や事故などで父を奪われることがなかったこと。こうした最後の時間がもてたことは、神さまがくれたプレゼントのようにも思えたものです。家族に心の準備ができるというのは、認知症のよい点でもあるかもしれません。

→【記事の続き】(5)なかなかうまくいかなかった かかりつけ医や認知症外来の医師との連携 はこちらから。

文/Saya

東京生まれ。1994年、早稲田大学卒業後、編集プロダクションや出版社勤務を経て、30代初めに独立。2008年、20代で出会った占星術を活かし、『エル・デジタル』で星占いの連載をスタート。現在は、京都を拠点に執筆と畑、お茶ときものの日々。セラピューティックエナジーキネシオロジー、蘭のフラワーエッセンスのプラクティショナーとしても活動中。著書に『わたしの風に乗る目覚めのレッスン〜風の時代のレジリエンス』(説話社)他。
ホームページ sayanote.com
Instagram     @sayastrology

写真/野口さとこ

北海道小樽市生まれ。大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、個展・グループ展をはじめ、出版、広告撮影などに携わる。ライフワークのひとつである“日本文化・土着における色彩” をテーマとした「地蔵が見た夢」の発表と出版を機に、アートフォトして注目され、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどアートフェアでも公開される。活動拠点である京都を中心にキラク写真教室を主宰。京都芸術大学非常勤講師。
ホームページ satokonoguchi.com
Instagram  @satoko.nog

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