アメリカのダイバーシティとDEI:アメリカの“多様性”の現在地
アメリカにおけるダイバーシティ政策、特にDEI(多様性・公平性・包括性)の現状について、さらにはDEIの枠組みの中で見過ごされがちなボディ・インクルーシビティ(体型の多様性)やプラスサイズ衣料をめぐる動きを、ニューヨーク在住の筆者が肌で感じた動向を交え、前後編に分けて報告します。
DEI政策の撤退・後退の動き
アメリカでは2025年1月に第二期トランプ政権の発足以降、さまざまな政策が見直されています。その一つがダイバーシティ、特にDEI政策です。
DEIとはDiversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性)の略です。人々の個性を尊重し、公平な機会が与えられ、包括的な環境で活躍できる社会を目指すもので、バイデン前政権下の政府機関、企業、教育機関で広く導入されてきました。
しかし新政権下では、このDEI推進方針の撤回を命じる大統領令が発令され、連邦政府機関におけるDEI関連プログラムや雇用・労働の環境下での優遇措置の多くが「不要」や「行き過ぎ」といった批判を理由に廃止や見直しの対象となっています。
政治的対立にまで発展
こうした政策の見直しの背景には、アメリカの企業や大学において、有色人種や女性などマイノリティの人々を積極的に採用・受け入れる取り組み(アファーマティブ・アクション=積極的格差是正措置)が長年行われてきたことがあります。しかし近年、「逆差別ではないか」「公平性を欠くのではないか」と批判が強まり、保守派を中心に真の公平・成果主義を求める声が高まっていました。
例えば2025年1月上旬にカリフォルニア州で発生した山火事が広範囲に燃え広がり、制御不能に陥ったときも、右派のメディアや一部の政治家は「DEI政策が行き過ぎた結果、適任でない人材が消防や行政に配属された結果だ」として、DEI政策を非難しました。しかしこのような主張に明確な根拠はないとされていて、州政府(民主党)は事実無根だと反論。DEIを巡る認識の違いが火災対応にまで及び、政治的対立の象徴ともなりました。
DEIを巡って変わる世界的企業
今年に入り、DEI政策を巡って変化する大手の企業も現れています。
Google、Amazon、Metaからウォール街の大手銀行まで、2020年のBLM運動で導入されたDEI関連のポリシーの見直しを行い、DEI部門の縮小や再編成を進めています。
一方でこうしたDEI撤回の動きに抵抗を見せる大企業もあります。Apple、Costco、Patagoniaなどがそうです。政治的・社会的な圧力の中で、各企業においてもDEIをめぐる企業文化の「二極化」「分断」が見られるのです。
衣料サイズの選択肢が幅広いアメリカ
アメリカでは2025年以降、DEI(多様性・公平性・包括性)をめぐる企業文化の二極化が顕著になっていて、その動向については前編で述べました。後編では、DEIの中でも見過ごされがちな「ボディ・インクルーシビティ」についてお伝えします。
ボディ・インクルーシビティとは、多様な体型の人々を尊重し、受け入れる社会の取り組みや考え方のことです。移民国家アメリカでは元来、日本以上にサイズのバラエティが豊かなのが特徴です(靴を例にとっても、日本ではジャストサイズが見つからない人がアメリカで見つかることが多いです)。
多くのアパレルショップではS(スモール)、M(ミディアム)、L(ラージ)に加えて、「XXS」(double extra small)から「XL」「5X」などさまざまなサイズの選択肢を設けています(XXSより小さいサイズ:「00」や「0」なども存在。量産されていないものはすぐに売り切れますが…)。
サイズチャート参考
※ヨーロッパ表記に準じて「32」や「2」など数字でサイズ表記しているブランドもあります。
ボディポジティブの時代へ
一方で、アメリカをはじめとする西洋のファッション業界では「thin ideal」(痩せ願望、痩身美)の価値観が昔から存在しているのもまた事実です。長年にわたり細身でスリムなモデルに活躍の場が与えられてきたことからもわかります。代表的なモデルは、ケイト・モス、シンディ・クロフォード、ナオミ・キャンベルなどです。
SNSが台頭する現代において、間違った美的感覚が若者に与える悪影響は深刻です。多くはメンタルヘルス問題(過度なダイエット、摂食障害、自己肯定感の低下)に発展し、問題視されるようになりました。そして特定の体型を理想として押し付けないことの大切さが意識されるようになりました。どんな体型でもポジティブに受け入れて愛すという意味の「ボディ・ポジティブ」(もしくはボディポジティビティ)という言葉もよく耳にします。次第に「プラスサイズ」モデルが登場し、注目を浴びるようになり、近年はレギュラーサイズとプラスサイズの中間の「ミッドサイズ」モデルもSNSのトレンドに浮上するようになりました。もともとアメリカは移民国家なのでさまざまな考えの人が共存しています。ニューヨークのような多文化都市では多様な魅力の基準が共存しています。ぽっちゃり体型や健康的なふくよかさを魅力と捉える人も実際には多いです。
プラスサイズのシュリンクフレーション
DEIの衰退が気になる昨今で、気になる動きも見られます。
『Vogue Business』によるとニューヨーク、ロンドン、ミラノ、パリといったファッション都市で今期、ミドルサイズとプラスサイズのモデルの起用率が減少しているとのこと。
2025秋冬シーズンでは97.7%が標準(US 0-4)サイズで、ミドルサイズは2%、プラスサイズは0.3%。前シーズンの起用比率は、ミドルサイズが4.3%、プラスサイズが0.8%だったので、さらに減少したことがわかります。
プラスサイズ専用の小売店でも動きが見られます。大きめサイズ専門のTorrid(トリッド)は、600店以上の実店舗の中で業績不振の180店(全体の30%)を年内に閉鎖する予定であると発表しました。長期成長への取り組みとしての固定費削減が理由とされています。ネット販売が70%を占めるという同社にとって、AI&デジタル時代の事業戦略の転換期なのでしょう。
このようにファッション業界におけるプラスサイズの減少は顕著で、このような現象を米『Business Insider』(7月8日付け)は「プラスサイズのシュリンクフレーション」と報じました。
その背景には、アメリカ社会に根強く残る「痩せ願望」と「プラスサイズファッションへの抵抗」があることを無視できません。前述の通り、ファッション業界は歴史的に「痩身美」を優先してきました。さらにパンデミック中はZoom会議が増え、人々が見た目をより気にするようになりました(Zoom醜形恐怖症)。そして、近年欧米における痩せ薬ブーム(糖尿病治療薬を肥満解消薬として服用)も関係していそうです。
ほかにも企業側の事情があります。小売業者がプラスサイズの服を販売したがらない理由は、より多くの生地が必要になり製造コストが高くなるためです。
多様性に優しい未来と逆行?
言わずもがな、アメリカは肥満大国です。人口は約3億4,000万人(2024年時点)で、うち18歳以上は約2億4000万人。ある統計ではこの41.9%に相当する約9800万人(約1億人近く!)の成人が肥満、重度の肥満は2200万人以上と見られています。そしてそれらの数は近年より増えているのです。
「それほどの肥満大国でありながら」です。日本でプラスサイズの服の選択肢が減っているのとはわけが違うのです。
プラスサイズのシュリンクフレーションは今に始まったことではありません。2021年、米大手アパレルのLOFTが「プラスサイズコレクション」のローンチから3年後に商品を廃止し、22年にはOld Navyが一部の商品を撤去しました(現在、プラスサイズのほとんどはネット販売)。
DEIが後退しつつある今、ファッション業界の動きもまた、多様性に優しい未来と逆行しているような気がしてなりません。
参照:
トランプ政権の発足と大統領令―「多様性」推進方針の撤回など
山火事巡り加州知事らに批判、トランプ氏「無能」 政治対立に
These U.S. Companies Are Not Ditching DEI Amid Trump’s Crackdown|TIME
Vogue Businessのレポート
Apparel Resources
The shrinkflation of plus-size clothing|BUISINESS INSIDER
IBM Reportedly Walks Back Diversity Policies, Citing ‘Inherent Tensions’: Here Are All The Companies Rolling Back DEI Programs|FORBES
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