病気になると失うものの方が多い。それでも私は、生きることを諦めない。#生きるを綴る
ピラティスインストラクターの宮井典子さんは、全身性エリテマトーデス(SLE)患者としてメディアで啓蒙発信しながら、心地よい暮らしと働き方を模索しています。そんな宮井さんによるエッセイ連載『"生きる"を綴る』です。
SLEを発症しなければムーンフェイスに悩むこともなげれば、大腿骨頭壊死症で股関節の激痛を経験することも、おそらく人工股関節の手術もしなかったはず。
そう思うと、つくづく病気になるということは人生そのものが大きく変わるし、失うものの方が多いと感じます。
昨年末、私は、特発性大腿骨頭壊死症の確定診断を受けました。特発性大腿骨頭壊死症は年間約2000人が発症し、男女比では男性が多い指定難病です。診断を受けたとき、正直なところ「年間2000人、しかも男性の方が多い病気なのになんで私なの?」と思わず泣いたことを思い出します。
人工股関節の手術をしてから、4カ月。
私は現在、リハビリに通いながら、インストラクター活動を再開しました。回復具合は良好で、「精神が崩壊しそう」だった激痛の右股関節の痛みはゼロ。
術前の1カ月は自分で自分の爪を切ることやくつ下や靴を履くことさえままならなかったのですが、不都合だった日常でのあれもこれもほぼ解決。とはいえ、左股関節の手術を1年後に控えているので、あまり消耗させないようにうまく付き合いながら無理のない範囲で様々なことにチャレンジしていこうと思っています。
この4カ月は、人間を1からやり直したのか?と思うほど、立つことも歩くことも体の感覚や記憶から消されてしまったかのようでした。
術後4日目に歩行器で歩いたときは、右足はまだ引きずっていた状態。それが4カ月で日常生活を過ごし、仕事復帰もし、こんなに動かせるなんて。術後、ベッドの上で天井を見上げるだけの数日、管で繋がられているときには想像できなかったことです。
手術後は、連日、傷の痛みが現れてつらい日もありましたが、「傷の痛みやつらさは治るための通過点。治るための痛みやつらさだよ」の言葉通り、振り返ればまさに通過点。今はそれが体を通してよくわかります。
人工物を体内にいれる大きな手術。当然、時間だけでは回復しません。股関節のあの痛みに耐えた私たちの体のくせは、そう簡単には改善しませんがリハビリを継続していく程に体はちゃんと応えてくれます。
この経験があったからこそ、インストラクター復帰を目指して頑張れましたし、次の60歳に向けて活動していきたいというパワーに繋がったのです。
手術にあたって再燃の不安があった全身性エリテマトーデス(SLE)の活動性も落ち着いています。
SLEの中でも厄介な症状である倦怠感。なんとも言えない重だるさで動けなかったであろう季節の変わり目も寝込むことはありませんでした。
症状は落ち着いていますが完治はないので、症状は出ているのかもしれません。それがSLEの影響なのか、年齢の影響なのか、寝不足や疲労の影響なのか実際のところわかりません。
たとえ病気の症状だったとしても数値は安定していますし、運動や食事をはじめとするセルフケアでコントロールして日常を過ごせているのなら、それでよしと捉えています。
全てにおいて原因や理由が特定できるはずもなく、またわかったところで私の場合は現状は変わらず、悪化しないようにコントロールして生きてくだけのこと。
50代という年齢も大いにあるかもしれませんが、周りを見ても病気の有無に関わらず「毎日すこぶる体調がいいよ!」という人はごくわずか。
季節の変わり目に体調が落ちる人もいれば影響を受けない人もいるし、更年期の症状が強い人もいれば軽い人もいます。
人と比べるよりも自分はどう過ごすか。心身共にすこぶる良い日を目指すよりも「この程度ならまっいいか」と思える日を増やしてく。幸せのハードルを低くしておくことも幸せを感じやすくする方法だと思います。
退院後、仲良しのインストラクター仲間に、「両足が人工股関節のインストラクターなんて最強じゃない?」って言ったら「あなたが最強!」って力強い言葉をかけてもらいました。
「インストラクターは健康でなければならない」という時代に、膠原病予備軍になり、その約10年後に病気を発症したことで、インストラクターとしてどうするか…と悩んだけれど、今の私には迷いは一切ありません。
経験を糧にして、私なりの健康とはを多くの方に伝えていきたい。
生きることを諦めない。
人生を諦めない。
ポジティブに生きる。
私が私に向けたメッセージ。
人生は晴れてる日ばかりではないし、どんよりしたお天気や雨風で大荒れの日もあるけれど、同世代のみなさんも若い世代のみなさんも先輩世代のみなさんも、これからも笑顔で健やかに過ごせますように。
お互いにからだを大切に、人生楽しく謳歌していけたらいいですね。
AUTHOR
宮井典子
SLE Activistとして活動。37歳のときに膠原病予備軍と診断される。38歳で結婚し、39歳で妊娠、出産。産後4カ月で仕事復帰し、ピラティスのインストラクターとして精力的に活動。46歳のときにSLE、シェーグレン症候群を発症。現在は、誰もが生きやすい社会を目指してSNSを中心に当事者の声を発信。
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