【心療内科医に聞く】褒め言葉を素直に受け取れない。「謙遜さん」がラクに生きられるヒント

 『「どうせ私なんて‥‥‥」がなくなる「謙遜さん」の本』(飛鳥新社)より
『「どうせ私なんて‥‥‥」がなくなる「謙遜さん」の本』(飛鳥新社)より

自分の失敗ばかり気になってしまう・自分の良いところなんて思いつかない・いつも「私なんて」と思っている……こういったことに悩んでいるのでしたら、あなたは「謙遜さん」かもしれません。『「どうせ私なんて‥‥‥」がなくなる「謙遜さん」の本』(田中遥・加藤紘織著、飛鳥新社)には、ネガティブな気持ちを切り替える方法や、自分を認められる方法など、謙遜さんがラクに生きられるヒントが書かれています。本書に関連して、著者の一人であるベスリクリニック院長の田中遥先生にインタビューしました。後編では、褒められるのが苦手な場合の対策や、心療内科を受診すべきタイミングなどを伺っています。

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褒められると裏があると思ってしまう

——実は私自身、褒められるのが苦手なんです。今まで上司から面倒な仕事を頼まれる前や、注意される前にクッションとして褒められたことが何度かあって、褒められると「裏がある」と思ってしまいます。

そういう仕事の依頼の仕方は、ビジネスのテクニックとして社会に共有されている情報ですよね。実際に裏があった経験はどのくらいありますか?

——そう言われると……「あれは裏があった!」ということだけ覚えているので、トータルで見たら意外と少ないかもしれません。

その気づきはすごく大切です!私たちは一度嫌な経験をすると、「同じようにはなりたくない」と不安に感じるんです。なので、「裏があるかもしれない」と思う感情は自然なもの。

防衛反応として、一度経験した嫌なことを記憶に残そうとするはたらきもあります。なので、褒められたとき全てに裏があったわけではない、という認識に戻すことが重要です。

たとえば、部長はいつも自分の嫌なことを頼む前に褒めてくるのであれば、それは部長がそういう人なだけですよね。他の人にもそういうコミュニケーションを取っているかもしれません。それならば、部長の褒め言葉には警戒すればいいだけです。でも課長はそうじゃないなら、課長の褒め言葉はそのまま受け取れますよね。そうやって振り返りを行い、感情と事実を分けていき、認識の偏りを戻していくイメージです。

ちなみに、裏があるとして、その結果、どうなるのが怖いですか?

——最初は本気で受け取ったのに、その後で本題があると「褒めたのは本音じゃなかったんだろう」とショックを受けます。

悲しいですよね。その状況ですと、褒められた時点では本心かわからなくて、後から上辺の言葉だったと判明する。褒められた瞬間には評価ができません。

後からしかわからないものは、今評価することを手放すのも重要です。予測して不安になるのではなく、そうなったときに対処を考えるということです。

もう一つ、嫌な気持ちになったときの対処法を持っていることもポイントです。嫌な気持ちにならないようにすることは難しいですが、嫌な気持ちになったこと自体は自分の感情なので、自分で対応ができるんです。美味しいものを食べるとか、家の中で好きな時間を持つようにするとか……自分の癒し方を覚えておくといいですね。

——起きた出来事と感情を記録していくことで、整理できそうなイメージができました。

あと、仕事とプライベートの人間関係は別ですよね。プライベートでしたら、その人とは距離を置くことができますが、仕事は関わらなきゃいけない場面もある。

極端な話ですが、褒められて乗せられているのかもしれなくても、その人のミスの肩代わりをさせられているなどの実害がなく、自分の仕事で重要だったり、自分の成長に繋がるのであれば、乗ってしまうという考え方もあります。

私はどちらかというと、人に頼めなくて悩んでいるんです。お願いごとをすると、その人の仕事が増え、大変な思いをさせるのが嫌だなって、自分で抱えてしまう傾向にあります。せめて気持ち良く仕事をしてもらいたいと思って、「○○さんのこういうことが良かったです」など伝えることもあるのですが、うさん臭くなってしまうこともありますね。

——そう言われると、私は上司の褒め言葉をただのクッション言葉で嘘だと思いましたが、状況として起きたことは、上司に褒められただけですね。

褒め言葉を使った意図や、その人の人となりを見てもいいかもしれません。また、クッション言葉として使ったものの、褒め言葉自体は本気である可能性もありますね。

かつて私も「謙遜さん」だった

——本書では、田中先生も謙遜さんだったことが書かれていました。

一般的に、院長になるのは早くても30代後半。28歳でクリニックの院長になった当初は、自分の経験や能力が十分でないと思い、悩みました。

院長先生たちが集まる会へ行くと、「自分なんかが院長についてしまって」と自己卑下したり、患者さんが良くなったときも、自分の力ではなく、運が良かっただけと思ったり。

振り返ってみて、努力したり、日々困ったことを解決する経験が積み重なって得た成果があると気づき、少しずつ自分を信じられるようになり、「できることをしっかりやっていこう」と思うようになりました。

今でも不安を感じたり、「自分ってできてないな」と思うことはあります。その都度、自分を冷静に見つめ直し、できていない部分に感情を支配されるのではなく、何ができるのかに注目するよう気をつけています。

苦しさを他人と比べないで

——謙遜さんは「私よりもつらい人がいるから頑張らなきゃ」と考えてしまいそうですが、つらさを感じているとき、どんなタイミングでクリニックへ行ったらいいのでしょうか?

自分の心の負担が大きくなり、日常生活や仕事に大きな支障が出てきたときが心療内科を受診するタイミングです。

謙遜さんであることは、決して悪いことではないと強調したいです。ただ、過剰な自己批判や不安が強くなり、心身の疲れが取れなくなったり、眠れなくなったりしたときには、心療内科を受診してみてください。

他者の視点が入ったり、比べることができるのは謙遜さんの良いところですが、自分の苦しさと他人の苦しさを比較するのではなく、今の自分にとって何が必要か、という視点で動いていただくことが大事です。自分の状態を基準に受診を考えてみてください。

——先生のプロフィールに「単に病気が良くなる医療ではなく、どのように生きるかを追求する医療を目指している」とあります。

治療を行う際、症状を解消するだけでなく、どう原因を解決したらよいかを大事にしています。たとえば、深夜までの残業が長期間続いているのに、朝も通常の始業時間に出勤しなければいけないと、体が壊れたり、仕事をしたくないという気持ちになるのは当然です。

このとき多くの場合は「仕事の意欲が落ちたので薬を使いましょう」となります。確かにお薬が必要な場合もあるのですが、服薬しても「仕事量が多すぎる」という不調の原因は解決していません。

そこで、今後どのように働きたいかを聞きます。転職だけが全てではなく、繁忙期がどうしてもハードワークになるのであれば、帰宅後の回復の時間をどう充実させるかなどを可視化させます。薬を使って症状をなくすだけでなく、原因の解決に向けて、自分にとってどんな生き方が理想なのかを、一緒に話しながら明らかにすることを大切にしています。

私の医院は約40人のカウンセラーと連携しており、一人の患者さんに対し、チームで対応しています。診察では原因を特定し、原因の解決はカウンセラーと一緒に行っていくという形です。

——日本ではカウンセリングを受けることはまだ一般的とは言えない状況ですよね。

海外の方が興味深い発言をしていたことがあって、「アメリカだとすぐ相談できる弁護士・医師・カウンセラーがいることはステータスになるけれども、日本だと何かトラブルに巻きこまれていたり、大変な思いをしていたりするのではと、マイナスに捉えられる」と。それほどアメリカではカウンセリングが身近なものなのですよね。

自分が何を考えているか、今の自分がどういう状態か、自分が一番わからないときもあります。なので、定期的に、客観的に自分を見られる場所や時間が大切だと思います。

『「どうせ私なんて‥‥‥」がなくなる「謙遜さん」の本』(飛鳥新社)
『「どうせ私なんて‥‥‥」がなくなる「謙遜さん」の本』(飛鳥新社)

【プロフィール】
田中遥(たなか・はるか)

医療法人ベスリ会理事長・ベスリクリニック院長・心療内科医・産業医
福島県立会津高等学校、東京慈恵会医科大学医学部卒業。ベスリクリニック、ベスリTMS横浜醫院にて勤務。医師、産業医としてビジネスパーソンのメンタルヘルスに従事している。単に病気がよくなる医療ではなく、どのように生きるかを追求する医療を目指している。

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AUTHOR

雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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『「どうせ私なんて‥‥‥」がなくなる「謙遜さん」の本』(飛鳥新社)