フェミニストのための本屋「エトセトラブックスBOOKSHOP」が目指す世界とは?
女性として生きるにあたって日常生活の中で時々感じる、違和感やモヤモヤ… 「女性だから」「男性だから」といったジェンダーによる制限や差別、悲しいかな、無限にあります。しかし、そんな小さい、あるいは声にならないエトセトラ(その他)な声に、焦点を当てた方々がいます。「どんな自分であっても、いい感じだよね」そんなふうに自分を肯定できることって良いと思いませんか?今回は、東京都世田谷区にあるフェミニストのための本屋「エトセトラブックス」の竹花帯子さんにお話を伺ってきました。
「フェミニストのために物理的な場所があることが大事」その理由は?
– エトセトラブックスさんの「エトセトラ」の名前の由来について教えて下さい。
竹花さん: エトセトラブックスという名前は、作家の松田青子さんがつけてくれました。現代のフェミニズムを語るときに外せない哲学者ジュディス・バトラーが書いた『ジェンダー・トラブル』に登場する「無限のエトセトラ」という言葉が由来です。バトラーは、フェミニズムはあまりに多様なのでいつも「その他」とされてしまう、そこに「無限のエトセトラ(その他)」があると書いています。じゃあ、私たちは「その他」とされてきた人たちの声を届けていこうと、名前に意味を込めました。
– 「エトセトラ」という言葉があるのは知っていましたし、私もこれまでに何度も使ってはいたんですが、そのような意味を込められたんですね。
竹花さん: 私たちは、代表の松尾さんが出版社を立ち上げた時から、これまでの歴史の中で、取り上げられてこなかった女性やセクシャルマイノリティの人たちの声を伝えたいという思いを持っていて、今もその思いを持って運営しています。
– 2019年に出版社としてはじまって、書店を開いたのがコロナ禍の時だったとお伺いしています。書店を開いた経緯を教えて下さい。
竹花さん: エトセトラブックスは、松尾さんと、私、そして書店の店長をしている寺島さんという女性3人で運営しているんですが、実は、松尾さんが、最初から書店もやりたいという思いを持っていたんです。たまたま寺島さんが前職で担当していたフェミニズムのブックコーナーを見た松尾さんがすごく感動したそうで、出版社を立ち上げる時に寺島さんのところに行って、「一緒にやりませんか?」と声をかけました。
– コロナ禍の時は規制もたくさんあって本当に大変だったと思うんですけど、それでも計画通り書店の立ち上げは遂行したんですね。
竹花さん: 私は、松尾さんと前職で一緒に働いていて、その繋がりで出版編集のお手伝いから入ったんですが、書店の方にも興味があったので一緒にやることになったんです。もちろん、コロナ禍に入ってしまって「どうしようか」という話し合いもしたんですが…最終的に「コロナ禍だからこそ作りたい」ということになりました。オンラインでスペースを作ったり、オンラインで繋がりを持ったりすることもできるんですけど、物理的に場所があることがフェミニストにとって大事だと考えていて…それで、「コロナ禍だからこそ、今やるしかない」という思いではじめました。
– 物理的な場所があることがフェミニストにとって大事というのは、どういうことでしょうか?
竹花さん: お店をやっていて、ここ2−3年で「私はフェミニストです」と言えるようになった方が増えてきたと感じるのですが、書店を立ち上げた2020年は、まだそうでもありませんでした。例えば、オンラインでフェミニストに出会う機会はあったけれど、生のフェミニストに会ったことがある方ってすごく限られていたんですよね。書店をオープンしてしばらくした頃にフェミニスト活動家の笛美さんが来店されたのですが、その時「初めて生きているフェミニストに会ったと思った」と、後で聞きました。日本にもフェミニストがいるんだってことを知ってもらえる。それに、面白いことに、場所を持ちはじめたら、ここに集まってくる人たちが仲間になっていって、そこからワークショップや勉強会、展覧会といった活動が広がっていきました。
– いいですね。良い出会いって、やはり物理的に出会える場所で起こることが多いような気がします。対面の方が打ち解けるスピードも早いですし。それに、仲間が増えると自分に自信が持てるというか、一人じゃないんだという安心感も生まれると思います。オンラインでも事足りることはありますが、やはり直接生身の人間に会うのは、温かみが違うなと思います。
竹花さん: そうですね。やはり周りにフェミニズムについて話せる人がいないと言う方もいらっしゃいます。そういう方にとってはお店に来てみたら、実はフェミニストはたくさんいるということに気づいてもらえます。それに、フェミニズムはすごく多様で、例えば1冊の本を読んだだけで「フェミニズムはこうだ」というのは分からないと思うんです。エトセトラブックスの本棚には、本当にすごいたくさん本があって、来た方みんなにびっくりされます。「フェミニズムの本って、こんなにたくさんあるんですか?」というように。色々なフェミニズムがあるということを実際に棚に並んだ本を見てもらえれば分かるかと思います。
楽しくフェミニズムを知るための書店
– 書店には、どういったお客様が多くいらっしゃいますか?
竹花さん: 客層は幅広くて、10代の学生さんから60代、70代の方もいらっしゃいます。女性やセクシュアルマイノリティの方が多いかな。
– フェミニズムの本を扱っていると聞くと、一般の方々からはテーマが限定されているのかなとイメージすることも多いと思うんですが、お客様は、「フェミニズムの本が読みたい」という方がらいっしゃることが多いんでしょうか?
竹花さん: 遠方からいらっしゃるお客様は、やはり「エトセトラブックスに来たかった」という方が多いんですけど、通りがかりにふらっと立ち寄ってくれる人も少なくないし、女だけで書店をやっていることを面白がって来てくれる近所の方もいます。エトセトラブックスは、フェミニズム書店とは謳っていなくて、「フェミニストのための本屋」と言っているんです。棚に並んでいる本も本当に多種多様です。本の選書は、店長の寺島さんが行っているんですが、寺島さんの選ぶ本はすごい面白いんですよ。中には「これもフェミニズムの本だったの?」というものもたくさんあります。小説や漫画、絵本、エッセイは多くて、専門書の数はそこまで多くありません。人気があるのはエッセイとか、読みやすい本の中にフェミニズムのエッセンスが入っているような本ですね。ですので、とりわけフェミニズムについて詳しくなくても、楽しんでもらえると思いますね。
– 「フェミニズムの本」と聞くと、難しい言葉がたくさん並んでいるのかとイメージしますが、漫画や小説、エッセイなら、読みやすいですね。お客様からはどんな声をいただくことが多いですか?
竹花さん: 最初の頃は、とにかく「頑張って下さい」「応援しています」とか「日本にこういう場所ができて良かった、嬉しい」と言ってもらうことが多かったです。あとは、先程も言ったんですけど、「こんなにたくさんフェミニズムの本があるんだ」っていうことは本当によく言われます。本棚がぎゅーぎゅーなんですよ(笑)
– 現在は何冊の本を取り扱っているんですか?
竹花さん: 今は、3000冊ほどですね。私たちのお店では、新刊書店には並んでいない絶版になった古書なんかも扱っているんです。特に、最近は本が出版されても絶版になるスピードもすごく早いので、ついこないだ手に入った本が手に入らなくなるということもよくあります。40〜50年前の本も置いています。
– 絶版になった本を取り扱っているのはどうしてでしょうか?
竹花さん: フェミニズムは、思想でもあり運動でもあります。運動ということは歴史があるということなんですよね。過去の女性、マイノリティーとされてきた人たちが、どのように戦ってきたのかということを知らないといけない、という思いを私たちは持っています。歴史は伝えていかないと忘れられてしまって、なかったことになってしまう。だから、今はあまり読まれない本も並べて、自分たちよりも前に同じように戦ってきた人たちもいるし、私たちもそこに続きたいし、皆さんも続きませんか?という思いがあります。
– ここ半年はイスラエルによるパレスチナ侵攻のこともあって、歴史はきちんと知らないといけないし、伝えていかないといけないなと思います。フェミニズムに関しては、私は#MeToo運動以降のことは概要を掴んでいる程度ですが知っていますが、それ以前のことについては正直知らないことはすごくたくさんあって…けど調べてみると、すごく昔から女性が声を上げていたんだということを知って驚きました。そういった方々のおかげで、私たちの今があるんだなと思います。
竹花さん: そうですよね。それこそ今NHKで放送されているドラマ「虎に翼」のように、あの時代の女性たちの運動や頑張りが注目されていると思うんですけど、フェミニズムという言葉が日本にやってくる前から女性解放のために動いてきた人たちがいるということは伝えていきたいですね。
エトセトラブックスの伝えたい声は無限
– エトセトラブックスさんが、独自で伝えていきたいと考える「エトセトラの声」にはどんな声がありますか?
竹花さん: それこそ、本当にフェミニズムは一つではないんですよね。よく一人一派と言われるんですけど、それぞれが思うフェミニズムは違うと思います。私たちは『エトセトラ』という雑誌を作っていますが、毎号、新しい方をゲスト編集長に迎えて一緒に特集を編集をしています。その都度、テーマを絞って伝える形をとっていて、それはある特定のテーマを一番伝えたいというよりは、問題がたくさんあって、そのどれもがフェミニズムの視点で考えられるということを伝えるのが大事かなと思っているからです。私は、編集長ではないので、代弁にはなってしまうんですが。
– おっしゃる通り、社会の問題とされていることもそうですし、日常生活を送っている中でモヤっとすることの中には、実はフェミニズムの視点で考えられる事柄がたくさんあると思います。
竹花さん: そうですね。例えば、今、「パレスチナとつながる写真PROJECTマクルーバ」というグループの写真を店内に展示してパレスチナの写真展を開催しています。いらっしゃったお客さんに「どうして、フェミニズムのお店でパレスチナの写真展をやっているんですか?」と聞かれることがあるんですが…例えば植民地主義と言われるようなことや、戦争、暴力の問題というのは、「パレスチナの女性の解放なくして、女性の解放はあり得ない」という言葉があるように、フェミニズムの問題でもあるんですよね。一人ひとりが抱えている困難や生きづらさはばらばらで、フェミニズムには色々な考え方があるとは思うんですけど…私が思うのは、フェミニストとして連帯して、色々な問題に対して、それぞれ一緒に抵抗していこうという運動だと思っています。ですので、特別この声を伝えたいというよりかは、どんな声でも伝えていきたいと思っています。
– ガザ地区の犠牲者の割合は女性や子供が非常に多いと言われていますよね。竹花さんご自身は、エトセトラブックスで様々な声を聞いていく中で、どんなことを感じてこられましたか?
竹花さん: 私は、エトセトラブックスに勤める前から「自分はフェミニストだ」と、ずっと思っていましたし、フェミニズムについてもある程度は知っているつもりだったんですが…実際にエトセトラブックスで様々な声を聞くようになって自分は何も知らなかったんだと思うようになりました。もっと多様なフェミニズムがあること、そして歴史についてももっと学ぶ必要があると感じました。また、エトセトラブックスに関わるようになる以前は、女性が受ける差別に抵抗することをフェミニズムだと思っていたんです。けれど、今は女性の中でも差別や、違いがあるということに目が向くようになりました。女性=被害者という視点で考えることが多かったのですが、誰しも被害者になることもあるし、加害者になることもある。そして、立場が変わっていくこともある。エトセトラブックスに関わるようになって自分の中の差別心に気づけたし、より複合的な視点で捉えるようになりました。
– 先程、2020年に書店をオープンした時には、まだフェミニズムがそこまで世間に浸透していなかったとのことでしたが、4年たった今では、何か変化を感じますか?
竹花さん: 変わってきたと思います。お店をオープンした時にはすでに#MeToo 運動の後だったので、その頃からフェミニストと名乗る人は少しずつ増えてきたと思うんですけど、お店をオープンしたばかりの頃に通りかがりで入ってこられたお客様で「フェミニズムって何?」と聞かれたり、説明をしても通じなかったこともありました。今はきちんと通じるというか、フェミニズムを知らない人が少なくなった気がします。一方で社会的にはバックラッシュもありますが、仲間が増えるイメージの方が強いです。
目指すのは「自分が自分であることを肯定できる世界」
– エトセトラブックスの書店の方には、どんな方々に来ていただきたいですか?
竹花さん: 自分は一人だと思っている方だとか、まだ言葉にできない違和感のようなものがある方は、本を読むことで言葉を得られると思うので、ぜひ来てほしいなと思います。日常生活の中でなんとなく感じる「これはおかしいことなんじゃないか」ということは、他の人も経験していたり、この経験に言葉を与えてきた人がいます。本を読むと私だけじゃなかったんだとか、これってこういうことだったんだとか、自分の問題じゃなくて、社会の問題だったんだとか、そういうことに気づけるはずです。それによって、世界が開けていくと思います。
– 確かに、本は気づきを与えてくれることがすごく多いですし、行動や受容のきっかけになることも多いです。言葉のパワーは、すごいですね。今後は、どんな世の中を目指していきたいと思っていますか。
竹花さん: ジェンダーやセクシュアリティで誰も差別されない世界になってほしいと思います。社会が一気に変わることは難しいので、一歩ずつですよね…。まずは自分のアイデンティティを自分で肯定できる世の中になってほしい。「私は女性」「私は男性」「私はトランスジェンダー」「私はノンバイナリー」「私はレズビアン」といったように、自分のアイデンティティを嬉しいこととして受け入れられるようになればいいなと。
– 自分という存在を肯定できることってすごく幸せなことですよね。
竹花さん: 宣伝になってしまうんですが(笑)『じぶんであるっていいかんじ きみとジェンダーの本』というエトセトラブックスから出している絵本があるんです。この本はジェンダー・アイデンティティー(※)についての本で、「どんな自分であっても自分でいることはいい感じだよね」というようなことが書かれています。こういう世の中を目指していきたいなと思います。こういった捉え方はヨガにも通じるのじゃないでしょうか?
※ジェンダー・アイデンティティー: 性自認。自分のジェンダーをどのように認識しているかを表す概念
– 素敵ですね!確かにありのままの自分、つまりどんな自分であってもいい感じだなと思えることをヨガも説いていると思うので、そこはフェミニズムとヨガが共通するポイントかもしれませんね。
竹花さん: 実は、フェミニズムの運動の中で、体を一緒に動かすワークショップをやるところも結構あるんですよ。海外とかだと特にそうやってみんなでヨガをやったりということもあります。フェミニズムは身体の話でもあるので。
– 面白いですね!最後に、フェミニズムの本で何かおすすめの1冊を教えて下さい!
竹花さん: めちゃくちゃたくさんあるんですけど…(笑)『飢える私 ままならない心と体』というロクサーヌ・ゲイというハイチ系アメリカ人作家による回顧録をおすすめします。ロクサーヌ・ゲイは、『バッド・フェミニスト』という本が有名ですが、こちらもとても読み応えのある本です。性暴力の被害、その後の過食、体重増加といった経験を書きながら、自分の身体と欲望に向き合っていく。「太っている黒人女性」に向けられる視線、食欲を制御できず自分の体を管理できないことへの自己嫌悪、そして見つけた「自分の声」。暴力の辛い体験も綴られているので読むときは注意が必要ですが、自分と自分の身体の関係を考え抜いたすごい本だと思います。「自分とは何か」ということに向き合うことは苦しいことでもあります。でも、苦しいけど、それが肯定できるようになるといいですよね。
エトセトラブックス
住所:東京都世田谷区代田4-10−18 ダイタビル1F
アクセス:京王井の頭線・新代田駅徒歩1分、下北沢駅徒歩10分/小田急線・世田谷代田駅徒歩8分
営業時間: 木・金・土 /12-20時
AUTHOR
桑子麻衣子
1986年横浜生まれの物書き。2013年よりシンガポール在住。日本、シンガポールで教育業界営業職、人材紹介コンサルタント、ヨガインストラクター、アーユルヴェーダアドバイザーをする傍、自主運営でwebマガジンを立ち上げたのち物書きとして独立。趣味は、森林浴。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く