「もちろん家事は女の仕事」の世界を、土居善晴とBLが解体する

 「もちろん家事は女の仕事」の世界を、土居善晴とBLが解体する
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エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。

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面白い漫画が読みたいと思った。最近、ウェブトゥーン(縦読み漫画)なるものが人気だと聞き、普段は通常の漫画(横読み漫画?)ばかり読んでいるのが、試してみることにした。「ウェブトゥーン ランキング」と検索して、上位に表示された記事をクリック。そこには、ウェブトゥーンがランキング形式で掲載されていた。

ツッコミ不在の「もちろん家事は私の仕事♪」

漫画サイトcomicoの人気No1の国内作品(2022年5月時点ランキング)は『転生した異世界で家政婦になりました』というラブコメだった。試しに一話を読んでみた。冒頭、主人公で女子高校生のえれなのモノローグはこうだ。「うちは父子家庭で、兄が三人と弟が二人、もちろん家事は私の仕事」……え、父は?兄は!? 兄が三人もいるのに、「もちろん家事は私の仕事」て、おい!……二話も無料だったが、読み進める気力はおきなかった。

えれなは、大家族の料理、掃除、洗濯、すべてを「手に職がつくから」と喜んで担っていた。女は自分ひとりだから、自分がするのが当然だと思っているのだ。兄たちはえれなを溺愛しているという設定だったけれど、高校生の妹にだけ、こんな大仕事をやらせておくとは……愛って、なに?

驚いたのは、レビューに、この点を指摘している人が皆無だったことだ。本作は女性向け漫画なので、読者の大半は女性だと思われるが、それにも関わらずツッコミが入っていない。ということは、「もちろん家事は私の仕事」に違和感を抱かない女性は多数存在するということだろう。

こんなこともあった。2020年、YouTubeにて、お笑い芸人のオズワルド伊藤と、蛙亭岩倉の住むシェアハウスに、新しい芸人を入れるための入居者オーディションが公開された。「もうひとり自由に入居者を選べるとしたら?」という大喜利のお題に対し、ひとりの男性芸人が漫画家の富樫義博の名前を挙げ、「岩倉さんは女性だから、その身辺の……コーヒー出したりとかできるし」とシェアハウスで唯一の女性だった岩倉が、富樫のお世話をするのが当然という論調で語っていた。その男性芸人は20代半ばだ。近年でも、そして若い人でも、「女性は家事を含むケア労働をするのが当然」だと考えている人は、珍しくないらしい。

土居勝は「おふくろの味」、土居善晴は「料理せんでええやん」

しかし、いまは専業主婦家庭よりも共働き家庭が増えている時代である。女性は外で働いている。それにプラスして、家事をするとなれば、当然、女性の仕事量は増える。仕事量が増えると、家事は疎かになる。しかし女性自身が、「家事は女性がやるべき」という考えを内面化していると、罪悪感が生まれる。そこに現れた救世主が、料理研究家・土居善晴とBLなのではないだろうか。

土居善晴は父親も有名な料理研究家であることがよく知られている。父・土居勝は、「おふくろの味」「かあさんの味」といった書籍を出していたが、息子の代は違っている。土居善晴のレシピ本の購買層は女性の方が多いと思われるが、タイトルには、「母」の文字は見つからない。土居善晴は、女性がどれだけ「料理をしなければ」というプレッシャーを感じているかを知っているように思う。それゆえに、一汁一菜というシンプルな料理を提案したり、ときには、「料理なんかせんでもええやん。食べるものなんていくらでも売ってる。好きなように自分に合ったもん選べるし。めちゃやすいんもある。おいしいし、満足できるし、手間もかからんし、合理的やし」(2023年6月、Xにて)と言い切るのだ。

「料理せんでええやん」「味付けせんでええやん」「一汁一菜でええやん」……プロの料理研究家が語るこれらの言葉に癒される女性が多いことは、「料理しなあかん」「味付けしなあかん」「品数多くせなあかん」というプレッシャーを感じている女性が多いことの証左だろう。

罪悪感を薄められる効果が「ええやん」にはあるのだが、だからといって内面化した性別役割から完全に自由にはなれるわけではない。内面化した性別役割から自由になれる場所……それは、BLの世界だ。

BLワールドでは、家事を仕方なくする主婦は存在しない

ひとはなぜBLを読むのか。もちろん人それぞれ理由は異なるだろう。早稲田大学文学学術院准教授の溝口彰子は、著書『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(太田出版)でBLについて以下のように述べている

”女性の様々な願望が投影された男性キャラたちが、「奇跡の恋」に落ちる物語群であり、女性が、家父長制社会のなかで課せられた女性役割から解き放たれ、男性キャラクターい仮託することで、自由自在にラブやセックスを楽しむことができるのがBLである、と。つまり、キャラが読者とは異なる性別であるからこそ可能な、現実逃避が約束されたジャンルなのだ”

溝口はまた、BLの世界では、家事を仕方なくする主婦は存在しない、と断言している。家事を男性キャラたちがする場合、男性だからすべきもの、としてではなく、好きでしているものだったり、自己表現として描かれるのだ。

BLの世界に浸るとき、女性読者は、女性という性別の役割から解放される。現実で家父長制にひもつく女性の性別役割(女性を家事をしなければならず、子どもを生まなければならず、性的にアグレッシブであってはならない等)を内面化している人でも、BL世界では、そういった抑圧を感じずに自由に生きることができるのだ。

性別役割にツッコミを入れ、「もちろん」を解体する

土井善晴の「ええやん」主義やBLへの耽溺は、女性を一時的にプレッシャーから解放するオアシスのような存在になりえるだろう。しかし、そのオアシスは、一時的逃避や気休めではなく、現実的に女性を家事という労働のプレッシャーから解放する一助となりえるだろうか。なりえる、と私は思う。

「もちろん家事は私の仕事」とヒロインが明るく語るとき、「いや、せんでええやん」と心の中の土井善晴がツッコミを入れたり、家事を楽しむBLカップルが脳裏に浮かんだりするようになれば、「もちろん」を少しずつ解体していくことができるだろう。

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AUTHOR

原宿なつき

原宿なつき

関西出身の文化系ライター。「wezzy」にてブックレビュー連載中。



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